うそつきマミカのお茶会ごっこ

倉井さとり

うそつきマミカのお茶会ごっこ

断末魔だんまつま> それがいっさいはっせられない空間。

その中央に陣取じんどるのは、木製もくせいのおおきなティーテーブル。金属部品ゼロ。純然じゅんぜんたる植物由来ゆらい代物しろもの

ティーテーブルを囲むのは、ご想像どおり、木製のイス。そしてごらんのとおり、四方しほうにきれいに並べられている。


このつくり話の主役――マミカは、北に位置するイスに腰かけている。

マミカがしきりにすするのは、睡眠薬すいみんやくをたっぷりまぜた――人肌でペールオレンジの紅茶。

「アタシって不眠症ふみんしょうなのよねぇ」、マミカの口癖くちぐせはこれ。

マミカはどこか夢心地ゆめごこちで、<ビスケットの屍骸しがい>や<死にかけたアップルクランブル>をポリポリとほおばりながら、昼間ひるまに読み終えたマンガのことを考えていた。「時間のムダとは、まさにあのマンガのことよね」――「いけない、この回想かいそうだってそうじゃない」――「忘れなきゃ」――「いますぐ忘れなきゃ」


ティーテーブルのまんなかに放置されたままの人工じんこうパンケーキは、ことの始まりからずっと、ヒソヒソと独り言をつぶやくことに余念よねんがなかった。――「なんだってオレはこんな日に、信仰しんこうになど目覚めてしまったんだ?」――「オレにはもう……明日あすなどないというのに」――


西がわのイスにしばりつけられたハンドメイドの首切れ少女のぬいぐるみは、その鋭利えいりな切り口から、アプリコットジャムのような汁をたらたらとこぼしている。口につぎつぎと押しこまれる菓子かし類に悪戦苦闘あくせんくとうし、懸命けんめいにモグモグゴックンするものだから、傷口は目に見えて広がってゆき、いまにも頭がボトリと落ちそうだ。おいしいもの」おいしいもの」おいしいもの」


マミカはいきおいよく頭をふりおろし、ティーテーブルにひたいを打ちつけた。うすれゆく意識のなかで、マミカは思う。「『死』とはなんだ?」――「たしかに言えるのは、それは、『セカイの外がわ』じゃあ、ないってこと」――「それにしたって、なぜこうも……アタシ、の……人生は……右肩あがりな……の?……」

他方たほう、パラレルワールドに存在する<場違いマミカ>は、旅行先にえていたリンゴの木を人殺しのためのナイフで斬りつけながら、自身の心がだんだん落ち着いてゆくのを感じていた。「――まったく、なぁぁにがカクテルパーティーだ。しゃらくせぇええ! いまに見てろッ!?」



――アイキャッチ――



三羽さんばガラスのコマーシャル。〝ヒトリゴトダイスキ!〟三位一体さんみいったいのコマーシャル。〝ヒトリゴトダイスキ!〟つ首のコマーシャル。〝ヒトリゴトダイスキ!〟「ペンギンのことを考える人」〝あとはお湯をそそいでデキアガリ!〟「『この門をくぐるものはいっさいの<ポイて>を捨てよ』」〝あとはお湯をそそいでデキアガリ!〟「ずっと味のでるガム」〝あとはお湯をそそいでデキアガリ!〟



――アイキャッチ――



ティーテーブルの北西ほくせいをご覧ください。

すみに追いやられるように置かれたシュガーポットのなかには、だれかをおどろかせてやりたいイタズラ好きの眼球がんきゅうが入っているわけだが、みなこのところお砂糖さとうなしのレモンティーにっていて、だれもシュガーポットに目もくれないので、眼球はふてくされていた。また、身を隠してからなにも食べていないので、栄養失調えいようしっちょうで目をまわしてもいた。かといいみずから姿を現すのは沽券こけんにかかわるし、ご主人の砂糖をめるなんてことははなから論外ろんがいとのこと。かれの忠誠心ちゅうせいしん生半可なまはんかではないのだ。

「思えばありふれた話だよな。歴史書れきししょに目をとおしてみりゃあ、じぶんのプライドと心中しんじゅうしたニンゲンのなんと多いことか。――ここで餓死がしってのも、あんがいと面白いかもしれないぞ?」

眼球はそう結論けつろんをだすと、ちょうど半分夢心地で息をひそめた。

眼球がその盲点もうてんでみる夢というのは、

言うまでもないことであろうが、

まばたきの夢だ。


これ見よがしに給仕きゅうじいそしむのは、若死わかじにの地縛霊じばくれいども。そのにこやかな勤勉きんべんさとは裏腹に、おのおの、いまでも生前と変わらないグロテスクな私利私欲しりしよくをかかえている。こいつらを見ていると、ヒトにとって、生き死になんてものは些末事さまつごとでしかないと思わされるな。


――前触れだとか、予感だとか……そんなのはみんなウソツキ!――


マミカは右脚が「ビクッ」となるので目覚めた。

「……ムニャムニャ……ここはいったいどこの監獄かんごくぅ? アタシはだれを殺したのー?」


きっかり二秒後。

マミカはハハアと思いだす。

ここはアタシ以外。アタシはセカイのラチガイ。


「……人殺しなんて、気の持ちようよね……」と独りごちるマミカをよそに、ティーテーブルの向こうがわにすわ腐乱ふらん死体が、目を細めて口をひらく。「 しらない しらない 生きた心地なんてわからないよ 」

マミカは空耳に誘発ゆうはつされ、胸の前で、右のてのひらに左こぶしを打ちつけた。パンッ、かわいたカワイイ音。ちなみにマミカは、つくられた左き。「おじいちゃんのフェティシズムがそうしたのよ」


マミカは、明晰夢めいせきむより飛来ひらいした花粉かふんを吸った反射はんしゃから、直前までいだいていた感情をぶつ切りにして、アニメ調の効果音とともに起立した。そしてすぐさま原初げんしょの言葉をゲロし、虚空こくうのわだかまりから、――銀色で軽いもの――マミカの背丈せたけふたつ分もある長さの――バターナイフをとりだした。

「いっくよー」

そう言ってマミカ、バターナイフを頭のうえにかかげ、すぐにふりおろす。

ティーテーブルごと真っ二つになった人工パンケーキ、なぜかしゃべりだす、「おいっ!」「なんだよこれ?」「オレが――ふたつになっているじゃないか……」「でも」「なにやら」「……ラブだし」「ピースでもある」


マミカ、頭を左右にゆらゆらさせる。マミカの首のスジはゆるいので、首の骨がコリコリと鳴る。「あ~あ、甘いのはもうあきちゃった。その生けにえとして、塩辛しおからいものが食べたーい」言ってマミカ、首を思いきり「バキッ、バキバキッ」とひねった。

胃からせりあがるたましい奔流ほんりゅうをよだれで押しもどしながら、マミカはふと、なにか仄暗ほのぐら物憂ものうい感情をおぼえた。


「ハハーン、さてはこのセカイ、ちょっぴり重曹じゅうそうが足りないなぁー?」


<真理>を得たマミカ、

  左拳を天に突きだし、

   手中しゅちゅうのカチドキをにぎつぶした。

   「これはとにかくセカイのピンチよ。

     もうアタシの私情しじょうどうこうの話じゃないわ。

      ここはアタシが、ひと肌がねばなるまーい!」


死ぬほど深い心変わり。それは秋の空の地位を低め、地上にひきずり落とし、結果として天国を凋落ちょうらくさせた。

「いまだから言うけどさ、

  天国なんて、

パンフレットを見るだけでおなかいっぱいなんだ」


塩辛きものたちの甘美かんびな手まねきを肩口から斬り落とし、


  完全に吹っ切れたマミカ、


     ついに、


 <おとぎの国のマミカ>へといたる。


必殺の後光ごこうはなつマミカのボディーは、森羅万象しんらばんしょう脈絡みゃくらくを置き去りにしながら、ポジティブに戦慄せんりつした。身から出たサビ、あるいはそれは、ときに黄金おうごんなのだろうか。光りかがやく天命は、マミカの無垢むくな魂をくらませ、不可逆ふかぎゃく啓蒙けいもうをほどこし、先蹤せんしょうなき行動者の道へといざなった。やどる頑冥不霊がんめいふれい神聖しんせい焼身体しょうしんたい昇華しょうかされ、不退転ふたいてんに燃える軍歌ぐんかが、マミカの頭をガンガンと打ち鳴らした。


「みんな、いままでありがとう」、マミカ、セカイにひとつ投げキッス。


 ――チュ――


ちょっとだけ湿しめった、カワイイ音。


「そんじゃあ、いっくよぉ~……いっさいがっさーい……死なばもろともぉ~……みぃんなまとめてぇ~…………ぶちのめしてやるぅーーッ!!」

そう言ってマミカ、奥歯をフルパワーで「ガチッ!!」とみしめ、頭のなかの自爆じばくスイッチを押した。


その瞬間セカイは中心を失い、<キュートな断末魔>をあげながら大爆発を起こした。

あとにはただ、焼け野原となった高次元空間こうじげんくうかんだけが残った。

それからオマケに、<おおきな話のたね>も。

しかし、話者わしゃがいないのでまたたにその意味は失われ、みるみると観測かんそくの内がわへと裏返ってゆき、やがて「バイバ~イ」と消滅しょうめつし、「ポクポク――チーン……」と成仏じょうぶつした。


そして、こんがりと焼け目のついて食べどきな空間を、デジャブを鼻で笑うような静寂せいじゃく支配しはいしつづけた――未来永劫みらいえいごうにわたり――宇宙うちゅうの終わりを知らせるチャイムが鳴りひびくまで――

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うそつきマミカのお茶会ごっこ 倉井さとり @sasugari

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