ハッピーエンド

「君、僕についてきて。」

私は頷いて、王子の後ろを歩いた。

「ねぇ、名前が知りたいな。」

「…」

(喋れない、ってめちゃくちゃ不便だ)

「ああ、今回も喋れないのか。」

(は?今回もって何?)

「君の名前は、人魚姫だろ。そして、僕に恋をしていて、最期は泡になって死ぬんだ。」

(こいつ、笑顔で何言ってるの?)

「本当に、参っちゃうよ。僕はもう何百人もの人魚姫と会ってる。全員顔が違う。人魚姫が消えるたびに難破船の夜に時が戻るんだ。」

王子はとても綺麗な顔を悲痛に歪め、私の脳みそが処理落ちしそうな情報をつらつら吐く。

魔女が言っていた、「設定と粗筋」という言葉が頭に浮かぶ。

(まさか、私が生まれ変わったのって…)

が、概念?人魚姫の概念?

「この世界で意思がある人間は主要人物である僕と、魔女と、君だけなんだ。他のやつらは意思や意識を持たない。君や僕の記憶通り動くだけなんだ。」

(じゃあ、私が死なないようにあなたを殺せばいいじゃない)という言葉は私の喉からは出せなかった。悔しい。

「だから、君が僕を殺してくれ。これはお願いだ。三日後に、君の姉がナイフを持ってやってくる。それで僕を刺し殺せ。頼む、気が狂いそうなんだ。」

私の頭には、一つの疑問が浮かんできた。

『もし私がこの人を殺したら、人魚姫である私はどうなるの?』

そもそもここは人魚姫という概念の世界だ。童話や絵本とは全く訳が違う、だからループが起こる。

実際、結末に納得がいかなかった私がこうして、『概念』に生まれ変わっている。

それなら、概念である転生者自身が納得のいく結末を掴めた場合は?

だめだ、全く予想が立たない。

私は紙を持ってきて質問を書いた。

『今まであなたを殺した人魚姫はいた?』

「いや、一人もいなかったよ。だから僕は今もここにいるんじゃないか。」

それもそうか、と思った。

「もしかして、僕を殺した後のこと心配してるの?」

私は頷く。

「はは、君はとても賢いんだね。今までの人魚姫たちとは全然違う。」

王子のその言葉に私は少し動揺した。

「僕にはっきりとわかるのは、人魚姫が消えるとループが始まるってことだけだ。話のタイトルであり、主人公だからね。」

『それは理解した、あなたの死後の自分がどうなるか知りたいの。』

またメモを見せる。

「申し訳ないけど、僕の死後がどうなるかはわからない。ただ、二パターン予想できる。

まず、君が僕を殺した後、人魚として死ぬまで生きる場合。次に、君が僕を殺した瞬間、

君という概念が本懐を遂げて消失する場合。」

『もし後者なら、喜んであなたを殺そうと思う。でも前者だったら困るわ。』

「心配することはないよ。人魚として生きるのに飽きたら、魔女に自殺薬でも作ってもらえばいいから。」

『待って、あなたが一人でも人魚姫を愛せばループは止められたんじゃないの?』

「…」

王子は黙った、さっきまであんなに饒舌だったくせに。

『黙らないで答えて』

「そりゃたしかに、僕が誰かを愛せたらループは止まったかもしれないよね。だけど、だけど僕は人を愛せないんだ。百人目あたりでその設定を思い出して、『愛してるよ』って言ったんだ。でも全く気持ちは伴っていないから、効果はなかった。僕を責めるのか?人を好きになれない僕を!」

『責めてなんかないわ、あなたはアセクシャルなのね。』

「そうだよ、僕はアセクシャルだ。恋愛感情なんか持ち合わせてない。だから君に殺してほしい。」

私は頷いた。

「ありがとう。君はお姉さん達が来るまで城にいるといい。」

そう言って王子は、私を客室らしき部屋に案内した。

(すっごくきれいな部屋。夢の国みたい。)

「おやすみ、人魚姫。」

王子はそう言うと、手を振って立ち去った。

やっぱり私、この人の顔は好きだ、と思った。


その晩、夢を見た。

私が王子を殺せなくて、泡になって消える夢。

(きっと逆夢だよね。)

人魚姫が王子を殺さないと、彼は来世へいけないし、私も納得できない。

王子の話によれば、明後日には姉が来る。

それまでに彼を殺すシミュレーションをしておこう。

 私は王子に貰ったスケッチブックを広げると、自分が知っているこの世界のルールを書 きだした。


『・私は人魚姫の概念に転生した。

 ・私と王子と魔女には意思がある。

 ・王子は人を愛せない。

 ・私が王子を殺せなかった場合私は消滅し、

 王子は物語を繰り返すことになる。』


(うーん、私が殺せれば丸く収まるような気がする。)

「おはよう」

王子の爽やかな声が響いた。

『あなたや魔女に意思があるのはどうして?』

「僕は地獄からここへ来たんだよ。飛ばされた、と言えばいいかな。」

(え…なんで地獄に?)

「はは、なんで地獄に?って顔してるね。僕は前世、罪人だったんだ。何の罪を犯したかは、内緒。」

(確かに失礼なところはあるけど、そんなに悪い人には見えないんだけどな。)

「僕が今ここにいる理由は、現実世界でいう終身刑を受けるためなんだと思う。」

(なるほど。死にたくても死ねないから、終身刑か。)

「君は王子を殺せた人魚姫になりたくて、僕は死んで王子をやめたい。利害は一致しているよね?」

私は大きく頷いた。

長い睫毛を伏せて、彼は微笑んだ。

「うん、やっと僕は解放されるんだ。次こそ天国へ行けるんだ。」

(そうまでして天国へ行きたいものかな?)

「前世は罪人だったから、地獄にいたっていっただろう。罪って、なんだと思う?」

『法律で罰される行為』

「うん、それも一理あるね。けど、本当にそれだけが罪かな?」

『何が言いたいの?』

「例えば、心中に失敗した人は捕まるよね。でも、成功した人は捕まらない。」

『それは捕まえようがないからでしょ』

「じゃあ自殺は?」

『罪じゃない』

「僕は」

彼はそこで言葉に詰まった。

『自殺したんだ、それで地獄行き』

「そうだよ。自分が嫌いな自分を殺して何が悪いんだよって思ってた。今も思ってる。」

『この世界で自殺を試したことは』

「百回は試したけど、死ねないんだ。」

『あなたが、この世界に必要不可欠な役だからかな』

「主人公さまが殺してくれるのを心待ちにしてるよ。」

『ねぇ、あなたは前世と同じ性格なの?』

「は?そんなの分かるわけがないだろう。僕が覚えてるのは前世での死因だけだよ。」

(私、なんでこんなに難しいところに転生しちゃったわけ?)

「君はいいよな、天国から自発的にここへ来てるんだろ。」

『どうして分かるの』

「人魚姫側は全員そうなんだよ。女子ってやたらお姫様に憧れるだろ。だから人魚姫も割と人気あんの。」

(はぁ…)

私は声が出ないのに溜息をついた。

『私はこの物語の結末を変えたいだけ』

「知ってる、君は珍しいタイプだよ。そんなことのために人魚姫になるなんて。原作が納得いかなくてもさ、ハッピーエンドの魔法がかかってる二次創作だってあるだろ。」

『それじゃあ駄目なの!』

私は、原作の、絵本の、名前もない彼女を救いに来たんだから。

「ねぇ、僕を殺した後、どうするつもり?」

『人魚に戻って海中で生きる』

「自殺すればいいのに」

『地獄行きは嫌』

「案外悪いとこじゃないよ、ここよりも。」

『私はこの子の身体で幸せになるよ』

「ほんっとに変な人だな、きみ」

彼はおかしそうに眉を下げた。

『王子様を殺した後の人魚姫が、海中で幸せに暮らす世界線、素敵じゃない?』

「さぁね。僕は婚約者のところに行かなきゃなんだ。」

彼は手を振ると私の前を立ち去った。


 あれから何時間眠っていたんだろう。

何だか無性に海に行きたい気分だ。

私はこっそり城を抜け出して、この前王子を運んだ砂浜へ向かった。

岩陰に短髪の綺麗な女の人がいるのを見つけると同時に、「これが私の姉だ」と確信した。

姉に駆け寄ると、

「このナイフで王子を刺すのよ。」

そう言われた。

私は大きく頷き、姉からナイフを受け取った。

(あぁ、ついに物語は終盤なんだな)

そんなことを思いながらお城へ戻る。

王子の部屋ってどこなんだろう、私案内されてないけど。


自分の部屋に戻ろうとしている途中、すごく豪華絢爛な扉が目に飛び込んできた。

(絶対この部屋じゃん!!)

私は深呼吸をして、そっと扉を引いた。

ギィ…という音、王子の寝息、秒針の音、すべてが五月蝿く聞こえる。

今日は満月で、いつもより眩い月の光が、端正な男の寝顔を照らしていた。

(はやく、ころさなきゃ)

私はナイフを彼の心臓めがけて振り上げた。

が、腕が言うことを聞いてくれない。

(どうして)

悔しくて目から涙が落ちてきた。

「泣いていないで早く殺してくれよ。」

王子はそう言い放つと、ナイフめがけて私に飛び込んできた。

目を瞑っていても分かる。

ドスン、という鈍い感覚。

すぐそばで、人が死ぬ音。

目を開くと、彼の鮮血が目に染みた。

「最悪。」

血を浴びたせいか、私は人魚に戻っていた。

早く海に戻らないと、脱水症状で死ぬだろう。

けど、私は思い出してしまった。

この人はたぶん、私が前世で好きだった人だ。

顔や声、恋愛に無関心なところ、死因が自殺なところ。

ここまで共通しているのだから、彼の生まれ変わりで間違いないだろう。

「もう一人にしないよ。」

私は彼の死体に優しく声をかけ、まどろむ意識を手放した。

(バッドエンドをメリーバッドエンドにしただけの一生だった…)

 

私は、無機質なアナウンスで目を覚ました。

「前世が人魚姫だった方、天空五階へお越しください」

…なんかこれ、デジャヴな気がする。

私は仕方なくエレベーターに乗り、5というボタンを押した。

真っ青な機械で死者登録やら来世希望調査やらを済ませる。

「情緒がないな。」

私の前世は人魚姫で、干からびて死んでしまったらしい。

人魚姫が干からびるシーンなんてあったか?

私は、来世は人間を希望した。

次こそ、好きなひとと結ばれたいからだ。

次こそ?

天国はあまりに無機質すぎる。

真っ白な天井に真っ白な壁、真っ白な服を纏った住人たち。

私は何だが暗闇が恋しくなって、ベッドルームに向かった。

毛布を深くかぶる。

「おやすみ」


 何、ここ。

私は温水の中にいた。

あったかい…なんも見えないけど。

私はそうして、狭い産道を滑り降り、めでたく人間に転生した。

「おぎゃあ!おぎゃあ!!」

どうやらこのうるさい泣き声は自分から出ているらしい。

「かわいいねえ」

私を優しい目で見つめているこの女性が、どうやら私の母親らしい。

これが、人生で最初の記憶。

大人たちは信じてくれないけど、中学生になる今でも、私ははっきりと覚えている。


 今日は、中学校の入学式だ。

会えるかな、私の運命。

入学式は退屈で、私は半分以上寝ていた。

クラス編成が発表され、担任の先生が紹介される。

その中に、二回も自殺した王子様を見つけた。

私、絶対にこの人を生かさなきゃ。

それはもう決定事項だった、二回失敗した私にとって。


 それから毎日、私は先生に好きだと言った。

時々、結婚してほしいとも言った。

先生はいつも聞こえないふりか、無視をした。

けど、私は思っていた。これは運命だと。この人が私を好きにならなくても、この人が長生きしてくれればいいと。

一回り以上年が離れたのは初めてだったけど、

私は前々世や前世と変わらず接した。

そうして、あっという間に、卒業式の前日になった。


 桜が舞い散る三月十四日。

他の生徒たちが完全に帰るのを待って、私は先生の所に行った。

「好きです。」

いつも通りの、告白をした。

「ありがとう。」

先生はそれだけ言って、私に手紙を渡した。

「え、これ…」

「しーっ」

先生は人差し指を唇に当てた。

ああ、この人は本当に、どの世界でもかっこいいんだ。

「ねぇ、先生。人魚姫の結末、知ってる?」

「知ってるよ。俺、あのラストが大好きでさ、何か救われた気になるんだよな。」

「…やっぱり結婚してください!」

めでたしめでたしな、私の現世です。



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天使転生記 有栖川ヤミ @rurikannzaki

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