天使転生記

有栖川ヤミ

王子との邂逅

  十八歳の誕生日、私は死んだ。

 大型トラックに轢かれて、即死だった。

 私は走馬灯の代わりに、幼いころ読んだ人魚姫の話を思い出した。

 人魚姫は、どうして王子様を殺せなかったんだろう?

 もし私が人魚姫なら―。

「天使ユマさん、天空五階へお越しください」

 無機質な声のアナウンスで目が覚めた。

「ん、んんー」

 上に伸びをしてから違和感に気が付く。

 あれ?私死んだんじゃなかったっけ。

 状況がうまく飲み込めずにいると、聞きなれたハスキーな声に話しかけられた。

「お姉ちゃん、呼ばれてるよ!」

 え、何でナナがここに?

 一緒に事故に遭ったんだっけ。

「ほら、早く行きなよ。」

 ナナに背中を押されてエレベーターに乗った。

 えっと、五階って言ってたよね。

 5と書いてあるボタンを押す。

「何で死んだ後にエレベーターなんか」

 思わずそう呟く。

 五階につくと、さっきいた場所とほとんど変わらない、真っ白な景色が広がっていた。

 ここで何すればいいの?

 ふと、フロアの左端に真っ青な機械を見つけた。ATMみたいだ。

 タッチパネルには、「画面にタッチしてください」の表示。

 人差し指で軽く触れると、「死者登録」や「来世希望調査」の文字が出てきた。

「えー…情緒がない天国だなぁ。」

 仕方なく、死者登録を済ませ来世希望調査に答える。


 1. 生まれ変わりたいですか?

 2. 1ではいと答えた方は、来世の希望を教えてください。(複数回答可)

 3. 1でいいえと答えた方はずっとこの場所にいることになります。本当によろしいですか?


 ちなみに私の答えは「はい」、「人魚姫かお姫様」である。

 …ナナのところ戻るか。

 こうして私は用事を済ませ、元居た階へと戻ってきた。

「しかし、本当に暇だね。」

 ナナに話しかける。

「良いじゃん、ずっとこのままでも。」

「げ、それ本気で言ってる?」

「うん」

「このままだと暇すぎて死んじゃうよ。」

「お姉ちゃん、もう死んでるから。」

 あ、そっか。

 天国というのは想像以上に暇な空間だった。

 真っ白で、何にもなくて、死者同士会話をすることでしか暇を潰せない。

「早く生まれ変わりたいなぁ」

「私はもう少しここにいようかな。」

 ナナはそう言って、眠りについた。

 私もすることがないので、寝ることにした。


 ―苦しい、息が、できな、い。

 落ち着いて辺りを見渡すと、粉雪のようなものが降っていることに気が付いた。

 分かった、これ、マリンスノーだ。

 つまりここは水深二百メートルくらいの深海。

 ハッとして自分の下半身を見ると、それは足ではなくなっていた。

 あ、鱗すごい、尾びれじゃん。

 私はそれで、来世希望調査のことを思い出した。

 そして、あのアンケートが機能していることと、転生が思ったより早く来たことを理解した。

 それなら私がすることは一つだ。

「王子様を探さなきゃね」

 私は上へ上へと泳いでいった。

 水面から顔を出すと、豪華客船の上にいる綺麗な顔の男性を見つけた。

 かっこいい、何故か私は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 これはやばい、一目惚れしちゃったかも。

 ううん、私は近いうちにあの人を殺さなきゃいけないのよ。

 そんな葛藤をしていると、海が荒れてきているのを肌で感じる。

「まずい、難破するぞ!」

 人間たちが騒ぐのが聞こえる。

 えっと、たしか、私は王子を助ければいいんだよね。

 見つかると面倒なことになりそうなので、しばらく潜って身を潜めることにした。

 風はびゅうびゅう吹いていて、海はばしゃばしゃ言っている。

「そろそろかな」

 再び水面に戻ると、金髪蒼眼の美青年が溺れているのを見つけた。

 はぁ、水も滴るなんとやら、じゃん。

 私は王子をおんぶしたまま、岸まで泳ぐと、

 そっと降ろした。

「ふふ、綺麗な顔」

 思わず声が漏れた。

 瞬間、王子が目を覚まして、パチリと目が合った。

 あ、やばい。私、今は人間じゃないんだった。

「ばっ、化け物!」

 王子はひどく素敵な声で、そう叫んだ。

「何ですって!助けてあげたのに!!」

 私もつられて叫んだ。

 こいつぜったい殺す、はっきりとした殺意を抱えながらその場を去った。

「はぁ、はぁ…」

 人魚になったとはいえ、成人男性を運んで泳いだのだ。

 なのにあの恩知らずな男は、私を化け物と言った。

「なんでよ、わたし結構かわいいじゃんね」

 鏡に向かって独り言を吐く。


 えっと、次はどうすればいいんだっけ?

 私がふらふら水中浮遊していると、後ろからどつかれた。

 思わず振り返る。

「さっさと契約しに来なさいよ」

 薄紫の肌に白髪の女がいた。

「あ、魔女ですか?」

「アンタ、設定と粗筋忘れちゃったわけ?」

「え、なに?ここって絵本の中なの?」

「もう!いいからこっち来て契約するわよ」

 訳も分からぬまま、魔女に引きずられていく。

「アンタを人間にする代わりに、その美しい声をもらうわ」

「いや、ちょっと待ってよ!」

「何?」

 魔女の顔は呆れきっている。

「声じゃなくってさ、腎臓とかじゃダメ?」

「はぁ?」

「駄目よ、腎臓なら誰からでも取れるでしょうが!」

「こわ」

「はい、声、奪うからね」

「えー」

「最後に何か言いたいことは」

「わたしは王子がキライだし、必ず殺す」

「…」

 魔女は緑色の液体を私にぶっかけた。

(雑なのよ…)

 あ、本当に声が出ない。

「二時間経ったら人間に戻るから、それまでに陸へ上がりなよ」

 私は頷くと、魔女に手を振って泳ぎ始めた。

(はやく陸へいかなくちゃ)

 とにかく泳いで、尾びれがはち切れるくらい泳いだ。

(あ!光が見えてきた!)

 おそらく水深五十メートルくらいのところまできた。

 あとちょっとだ。

 尾びれが筋肉痛を起こしながらも、私は泳ぎ続け、やっと陸へたどり着いた。

(えっと、王子はどこにいるんだろう。)

 私は遠くに見える城へ向かうことにした。

 町並みはぼやけていて、どこに何があるのかいまいちわからない。

 城門までくると、門番の兵士達に止められた。

「関係者以外、入ることは出来ません。」

「お引き取りください。」

「―!!」

 どれだけ頑張っても声が出せない。

 どうしよう。

「お嬢さん、僕らも女性に武力行使はしたくないんです。」

「!!」

(王子に会わせて)

 私が彼らに対して、身振り手振りでそう伝えていると、一人は痺れを切らして声を荒げた。

「いい加減にしろ!さっさとここを去れ!」

 自分より遥かに身体の大きな男に怒鳴られ、

 思わず泣きそうになるが、やはり声が出ない。

「なぁ、さっさと去れよ!」

 一人の男が腕を振り上げた。

「おい!何をしてるんだ?」

 この世で一番素敵なバリトンボイスが響いた。

「お、王子!」

 怒っていた兵士が頭を下げ、傍観していた兵士も頭を下げる。

「この娘が、なかなか帰らないもんでして…」

「その子は僕の友人だ。丁重に扱ってくれ。」

「はっ、承知いたしました。」

 兵士たちは王子に敬礼し、私にこう言った。

「お嬢様、お通りください。」

(手のひら返しやがって)

 私は男たちを睨みつけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る