お嬢様とメイド② セレーナ視点「甘いデザート」
「ねぇ、ノア。このデザートの毒見は済んでいるのかしら」
「へ」
「毒見よ。ど、く、み。聞こえなかった?」
「い、いえ。聞こえております」
あたしの可愛い可愛いノアは、声を絞り出して答えた。落とさないように、必死でお盆を持つ姿も愛らしい。本当は、ノアを脅かして、お盆を落とさせて、泣いて謝る姿を見たい。でも、食べ物を無駄にはできないものね。仕方ないから、それだけは我慢しているわ。
恐怖に満ちた、ノアのか細い声が何よりも好き。だからこうして、彼女の前では怖い主を演じている。本来のあたしは、もっと優しくて寛大なのよ。まぁ、あなたが気づくことは一生ないけどね。ふふ。自分が嫌われているって勘違いしてるみたいね。それを意識した時になる、捨てられた子犬みたいな瞳。それが、世界で二番目に綺麗なの。因みに一番は、あたしに対して恐怖を感じた時の瞳よ。その感情を、瞳を、他の人間に向けることは許さない。そのために、彼女が一番恐怖を抱く対象になるよう接している。演技もできちゃうあたしって、本当に完璧な人間だわ。
ノアが黙ったまま動かないから、こちらから行動を促してあげることにした。行動の一つ一つを命令して、彼女を意のままに動かす。この「ノアを征服させている」感覚が堪らない。
大きくため息を吐くだけで、ノアの体はビクリと震えた。
「はぁ。毒見なんだから、ノアがそのデザートを食べれば終わりでしょ。違う?」
「ご、ごもっともです!」
取れるのではないかと思わせるほど、ノアは首を上下に振った。あたしに対して一生懸命反応を示すところが、これまた可愛くて堪らない。これが見たくて、言葉の至る所で圧をかけているんですもの。
ノアが、一歩また一歩とあたしの近くまで歩いてくる。テーブルの横に到着すると、そっとお盆を置いた。小さく、ふぅと息を吐く音がする。気が緩んだのね。あたし、あなたのことなら何でも分かるし、お見通しよ。スカートで隠れていても、足が震えているって気づいてるわ。お父様やお母様に料理を運ぶ時は、こんなに力まないわよね。もっとしっかりした足取りで、せっせと仕事をこなしている。ちゃんと知ってるわよ。あたしに対してだけ、こうなるのよね。
あたしとしたことが、ノアがあまりにも可愛すぎるから、うっかり表情筋を緩めてしまったわ。すぐにいつもの冷めた顔に戻したけど、気づかれてしまった。そのせいで、ノアがあたしに笑顔を見せた。気に入らない。
彼女の笑顔を崩すため、普段よりもいくらか低い声を出す。
「なぜ笑っているの。あたし、許可したかしら」
「ひえっ。も、申し訳ございません」
服や髪が乱れるのも構わず、ノアは大慌てで頭を下げた。綺麗な黒髪がふわふわと揺れる。ノアは毛先までもが可愛らしいものね。それが、あたしの言葉一つでで乱れるんだもの。クセになっちゃう。それと、あたしは見逃さなかったわ。頭を下げる瞬間の、彼女の怯えた表情。ちゃぁんと、見てたんだから。ほら、怖いだけの主じゃないでしょ。
ノアが頭を下げている間に、運ばれたシュークリームを手に取った。その端を千切り、親指と人差し指で持つ。少しの欠片にも、生クリームがたっぷり詰まっていた。それを見て、これから起こす行動に胸が高鳴った。あたしったら、変に少女趣味なところがあるみたい。こういうドキドキって、まるで少女漫画みたいじゃない?
ノアの前に、シュークリームの欠片を差し出す。その数秒後に、彼女が顔を上げた。
「ほら、早くしなさい。何をグズグズしているのよ」
「へ」
素っ頓狂な声を出し、ノアは大きな瞳を丸くした。あたしの行動が理解できずに困惑しているのが伝わる。そうよ。あたしの行動だけに振り回されて、その度に可愛らしい顔を見せてね。ちゃんと分かっているかしら。あたしにだけ、よ。主として、ノアの人間関係は把握している。今のところ、彼女の周りにそんな人間はいないから大丈夫ね。まぁ、現れたら排除すればいいだけ。そもそも、このあたしが負けるはずないわ。彼女のこととなると、不要な心配までしてしまう。恋する乙女ってところかしら。
またしても動かなくなったノアに、仕方なく言葉で教えてあげる。駄目駄目な彼女には、あたしが道を示さないといけない。手のかかる子ほど可愛いとは、まさにこのことね。
「固まってないで、早く食べなさい。毒見のためよ。あなたがトロいから、特別に食べさせてあげるわ。感謝しなさい」
ノアにシュークリームの欠片を近づける。顔中を真っ赤にした彼女は、テーブルの横にそっとしゃがみ込んだ。あたしが持つシュークリームの欠片に顔を近づけ、一息にそれを食べる。
体が震えて、片膝でのバランスが取れていない。恐怖と緊張と羞恥心がある中、こんなにも一生懸命になってあたしの命令を聞いている。その必死さが愛おしい。愛らしい。可愛らしい。もっともっともっと、あたしのためだけに彼女を使役したい。
シュークリームを飲み込んだノアは、静かに立ち上がった。
「えっと……その……毒はないかと思われます。変な味も苦しさもありません」
「そんなことより、舐めてよ」
「……なっ……ふぇっ!?」
あたしは、生クリームのついた指をノアに見せつけた。
うふふ。可愛いあたしのノアが、混乱しているわね。失礼なことはできないけど、クビにはされたくないって顔してる。そうよね。この仕事がなくなれば、あなたの生活は壊れる。辞めたくはないわよね。あたしは、権力を使って彼女を支配している。最高だわ。
ノアが、震えながらあたしの指を触ろうとした。さて、そろそろかしら。
「冗談よ。そんなはしたない真似させるわけないでしょ。それくらい気づきなさい。これだからノアは、いつまで経っても成長できないメイドなのよ」
サッと手を上げ、ノアが触ろうとするのを阻止する。このまましてもらっても良いのだけど、自分の恥ずかしい勘違いで真っ赤になる彼女が見たい。ノアを翻弄したい。思い通りの反応をさせ、操りたい。
思惑通り、ノアは茹で上がるのではないかと思うほどに赤くなった。
「も、申し訳ありません。私、気づけなくて……」
「ふんっ。もう仕事に戻って結構よ。行きなさい」
「かしこまりました」
お辞儀をして、ノアは逃げるように部屋から出ていった。
安心しなさい。あなたが勘違いした行動は、いずれしっかりやってもらうわ。
お嬢様とメイド 咲谷 紫音 @shionnsakuya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。お嬢様とメイドの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます