お嬢様とメイド② ノア視点「甘いデザート」

「ねぇ、ノア。このデザートの毒見は済んでいるのかしら」

「へ」

「毒見よ。ど、く、み。聞こえなかった?」

「い、いえ。聞こえております」

 お盆に乗せたデザートを落とさぬよう、姿勢を正した。「いつもは毒見なんて仰らないのに」という言葉は、即座に飲み込む。どうやら、私はお嬢様に嫌われているらしい。口答えをしようものならクビにされてしまう。

 お嬢様の不機嫌そうな顔とお盆の上のデザートを見比べる。お嬢様が望む「毒見」の真意を、しっかり見極める必要がある。もし間違えた選択をしようものなら……。うぅ、こんな怖いこってあるかしら。

 黙ったままデザートを見続ける私に、痺れを切らしたお嬢様が大きなため息を吐いた。

「はぁ。毒見なんだから、ノアがそのデザートを食べれば終わりでしょ。違う?」

「ご、ごもっともです!」

 取れるのではないかと自分でも心配になるほど、首を振って肯定を示す。セレーナお嬢様の静かな「違う?」に、大きな圧を感じた。怖すぎる。

 ロングスカートの下では、微かに足が震えている。デザートを落とさぬよう、進む足一歩一歩に力を入れた。お嬢様が座る窓際のテーブルまで近づき、そっとお盆を置く。ちょっとだけ肩の力が抜けた。

 私を見ていたお嬢様が、ふっと一瞬だけ微笑んだ。年相応の可愛らしい笑顔に、無礼にもきゅんとしてしまう。これが、母性本能というやつなのかな。

「なぜ笑っているの。あたし、許可したかしら」

「ひえっ。も、申し訳ございません」

 服や髪が乱れるのも構わず、大慌てで頭を下げた。先ほどの可愛らしい笑顔とは打って変わって、凍えるように冷たい表情をしている。どうやら、私の笑顔はお嬢様にとって不快らしい。それほどまでに嫌われているとは思わなかった。

 お嬢様は怖いお方だけど、私は尊敬しているし、お慕いもしている。だって、努力で何もかもを完璧にこなすお姿を、誰よりも近くで見ている。怖いと思うだけで、嫌いになることはない。だから、お嬢様に嫌われているかもしれないと思うとショックだった。それはそうよね。私は、お嬢様にとって都合の良いメイドにすぎない。その他大勢。ううん。ドジで気が利かない分、他のメイドより嫌われて当然だわ。

 これ以上、お嬢様に嫌われたくない。そう思いながら頭を上げた。

「ほら、早くしなさい。何をグズグズしているの」

「へ」

 目の前に、シュークリームが一欠片差し出されていた。どうやら、頭を下げている間にお嬢様が千切ったらしい。人差し指の腹より二周りほど大きい欠片には、シューとクリームの両方があった。ここで作られるシュークリームには、たっぷり生クリームが詰まっている。端から少し千切るだけでも、クリームがちゃんと入るようになっている。

 いや、そんな冷静に分析している場合ではないわ。一体何を考えていらっしゃるのかしら? お嬢様の手から直接頂けということ? でも、そんなの失礼よね。それに、この小ささだとお嬢様の手に私の口が当たってしまう。

「固まってないで、早く食べなさい。毒見のためよ。あなたがトロいから、特別に食べさせてあげるわ。感謝しなさい」

 お嬢様は、手に持ったシュークリームの欠片をズイッと近づける。

 恥ずかしいけど、これ以上ノロノロして嫌われたくない。私はお嬢様のことを尊敬し、お慕いしている。少しでも、好感度を上げたい。私のことを好きになってもらいたい。

 テーブルの横にしゃがみ、お嬢様が持つシュークリームの欠片に顔を近づける。緊張で、体中の熱がいっきに上がった。床に着いた膝が震えて、上手くバランスが取れない。それでも、ちょっとの勇気と力を振り絞り、シュークリームの欠片を食べた。お嬢様の指の腹に、私の唇が触れてしまう。その感触があった時、体中の血が沸騰するのではないかという感覚に陥った。

 これはただの毒見であって、深い意味はない。こんな変なことを考えていると知られては、呆れられてしまう。何とか平静を装って、ゆっくりと立ち上がった。

「えっと……その……毒はないかと思われます。変な味も苦しさもありません」

「そんなことより、舐めてよ」

「……なっ……ふぇっ!?」

 お嬢様は、未だに手を差し出している。よく見ると、指には生クリームがついていた。

 お嬢様の仰ることが理解できず、頭が混乱した。そんな失礼なこと、ただのメイドにできるわけがない。でも、言われたことをやり遂げないとクビにされてしまう。もっと嫌われるかもしれない。最悪、クビにされることは構わない。ただ、お嬢様に嫌われることだけは避けたい。

 震える手を伸ばし、お嬢様の指を取ろうとした。

「冗談よ。そんなはしたない真似させるわけないでしょ。それくらい気づきなさい。これだからノアは、いつまで経っても成長できないメイドなのよ」

 お嬢様は、自分の頭の位置までサッと手を上げる。そこでやっと、揶揄われていることに気づいた。羞恥心で、顔中が真っ赤になる。

「も、申し訳ありません。私、気づけなくて……」

「ふんっ。もう仕事に戻って結構よ。行きなさい」

「かしこまりました」

 その場でお辞儀をして、逃げるように部屋から出た。

 私って、本当にダメなメイドだわ。少しでもお嬢様に好いて頂けるように、もっともっと頑張らなくちゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る