お嬢様とメイド① セレーナ視点「メイドの日」

「ねぇ、ノア。世間一般では今日を『メイドの日』と言うそうよ。ほら、何かやって」

「何か、ですか。難しいですね。セレーナお嬢様にご希望はありますでしょうか」

「それを自分で考えなさいと言っているのよ。あなた、メイドでしょ」

 あ、ほら。また、ノアの体が震えた。怯えた顔も可愛いんだから。

 硬直しているノアを横目に、私はわざとつまらなさそうに窓の外を見る。窓からは、花の手入れをしている庭師が見えた。屋敷の花は今日も綺麗に咲いている。完璧なほどに。

 ノアは可愛い。誰よりも可愛い。肩までのストレートな黒髪も、丸くて大きな瞳も、細くて柔らかい体も。

 そう。ノアの全てがあたしのもの。本人はあまり自覚していないみたいだけど、そこがまた可愛い。でも、いずれは分からせてあげなきゃ。

 あたしはベッドの隅に腰を降ろし、あえてゆっくり、見せつけるように足を組む。あとは、ノアに向かって右手の甲を差し出すだけ。でも、彼女は鈍いからこれだけじゃ分からないかも。

「はい」

「え、えっと、これは・・・・・・どういう意味でしょうか」

「手を差し出しているのに意味が分からないの? あたしより十も年上のくせに」

「す、すみません」

 あたしは大きな溜息を吐いてみせた。うふふ。やっぱりノアには怯えた顔がよく似合う。何て可愛らしいのかしら。こうやって彼女を困らせるのが、癖になっちゃうわ。

「申し訳ありません、セレーナお嬢様。どうしたら良いのか、教えて頂きたく思います」

 ノアが縋るような目つきでこちらを見てくる。それは反則。可愛すぎる。

 やっぱり今すぐあたしのものにしたい。誰にも取られないように、逃げられないように。 

 ちょっと揶揄うだけのつもりだったけど、本当にしてもらおうかしら。

 あたしにだけ、誓わせよう。あたし以外の人間に永遠を誓うなんて許さない。

「はぁ。仕方ないわね。一度しか言わないからよく聞きなさいよ」

 はっきり意識させるために右手をひらひらと振る。ちゃんと意識してるわよね。

 怒られると思って夢中で首を振っている姿も素敵。

「誓いのキス」

「・・・・・・え」

 今の言葉を理解できなかったのか、短い言葉を発して固まった。察しが悪いなんて、手のかかるメイドね。ほんと、あたしが傍にいなきゃダメなんだから。

「すみません。聞き取れませんでした。もう一度お願いします」

 ノアは引きつった笑顔をこちらに向ける。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い―。

 意識してないと頬が緩んじゃいそう。あたしは今まで通りの冷たい表情を崩さないよう、気を引き締めた。

「何度も言わせないで。あたしの前に跪いて。ほら、早く」

「うっ、はい」

 ノアは理解できないという表情を浮かべ、言われた通りに跪く。あたしより身長の高い彼女が今、あたしに見下ろされている。それだけで幸せな気持ちになれる。

「そ、それでは、失礼します」

 ノアはあたしの右手を取って、そっと口づけを落とす。

 彼女の唇は柔らかく、温かかった。

 これで「誓い」は済ませた。ノアはあたしのもの。誰の手にも渡らないし、逃げられない。他に目移りすることだって。

「ふん。ノアにしては上出来じゃない」

「あ、ありがとうございます」

 嬉しさのあまり、思わず少しだけ顔が綻ぶ。逃げられなくなるとも知らないで、よくやってくれたわ。さすが、あたしのノア。

 怒られると思っていたノアは、褒められたことで安堵した様子を見せる。さっきまでの硬い表情が少し崩れていた。

 うふふ。あたしの可愛い可愛いノア。これからもずっと、一緒にいましょうね。

 どうやったって逃げられないんだから。

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