お嬢様とメイド

紫音咲夜

お嬢様とメイド① ノア視点「メイドの日」

「ねぇ、ノア。世間一般では今日を『メイドの日』と言うそうよ。ほら、何かやって」

「何か、ですか。難しいですね。セレーナお嬢様にご希望はありますでしょうか」

「それを自分で考えなさいと言っているのよ。あなた、メイドでしょ」

 背中まで伸ばした金髪を弄びながら、セレーナお嬢様はつまらなさそうに呟いた。窓の外を見ながら髪を触る仕草は、誰が見ても絵になる。

 お嬢様の素晴らしいところは見た目だけではない。十歳という若さで頭脳明晰、社交界のマナーも完璧、運動神経は抜群。上品な所作もさることながら、身を守るための武道も心得ている。

 しかし、そんなお嬢様にも一つだけ。たった一つだけ理解できないところがある。

 それは、私に対してだけ扱いが厳しいこと。他の使用人には優しいのに、専属メイドの私にだけ雑な扱いをするのはどうしてなのか。何か嫌われるようなことでもしてしまったのだろうか。全く心当たりがない。

 これ以上嫌われないためにも期待に応えなければ。固い意志を定め、お嬢様の部屋を見渡す。何も見つからない。というか、思いつかない。

 行動を起こさない私に耐えかねたのか、お嬢様はベッドの端に腰を降ろした。そのまま足を組んで、右手の甲をこちらに差し出す。

「はい」

「え、えっと、これは・・・・・・どういう意味でしょうか」

「手を差し出しているのに意味が分からないの? あたしより十も年上のくせに」

「す、すみません」

 目の前で大きな溜息を吐かれ、寿命が縮まるかと思った。セレーナお嬢様の言い分は最もかもしれない。十歳も年下の、それも同性の子の気持ちが分からないとは。

 私は縋るような目つきでお嬢様を見た。

「申し訳ありません、セレーナお嬢様。どうしたら良いのか、教えて頂きたく思います」

 段々と声が小さくなる。我ながら情けない。それに、怖くてお嬢様の顔を直視できない。どんなお叱りを受けるのか、想像するだけでこの場から逃げ出したくなる。

「はぁ。仕方ないわね。一度しか言わないからよく聞きなさい」

 そう言いながら、自分の右手を何度か振ってみせる。その様子を見ながら、私は無我夢中で首を縦に振った。

「誓いのキス」

「・・・・・・え」

 チ、チカイノキス? ん? 私の聞き間違いかな。まさか、そんな。ねぇ?

「す、すみません。聞き取れませんでした。もう一度お願いします」

 苦笑いをしながらセレーナお嬢様を見る。しかし、いつもと変わらない冷めた視線だけが返ってきた。

「何度も言わせないで。あたしの前に跪いて。ほら、早く」

「うっ、はい」

 訳も分からず、私はお嬢様の前に跪いた。普段は下に向けるはずの視線が、今だけは上へ向けざるをえない。

 何故だか分からないが、無性にどきどきしてしまう。いつもより鼓動が早くなる。

「そ、それでは、失礼します」

 セレーナお嬢様の右手を取って、そっと口づけを落とす。

 お嬢様の手は白くてすべすべしている。唇に当たる感触が心地良い。私はそっとお嬢様から離れた。

「ふん。ノアにしては上出来じゃない」

「あ、ありがとうございます」

 よく分からないが、セレーナお嬢様は満足されたらしい。普段の冷たい、不機嫌な顔と比べると、幾分か口角が上がっているように見える。

 セレーナお嬢様から合格を言い渡され、ほっと胸を撫でおろす。よ、良かった。今日もクビを言い渡されずに済む。

 ただ、一つだけ疑問が残った。

 どうして、セレーナお嬢様は私に「誓いのキス」なんてさせたのだろうか。もしかして、お嬢様から逃げられないようにするためとか? いやいやまさか、そんなわけないよね。 

 私は背筋が寒くなるのを感じた。

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