第7話 外伝2 従者

今日は雨が降っており、外に出られないお嬢様方が退屈そうにしておられる。

 「あー。暇だわー。お爺様とお婆様に言われたトレーニングはきつくてやりたくない時もあるけど、今や日課みたいな感覚があるから、出来ないなら出来ないで、もやっとするわねー」

 屋敷の一室で、椅子に座り天井を見つめながらサリアお嬢様が言った。

 「そうですね。でしたら、何かしますか?テレビゲームとかカードゲームとか」

 対面に座っているマリアお嬢様はにこやかに言う。

 「んー。そうねー」

 気だるそうにしながら椅子を傾けては戻し傾けては戻しを繰り返している姿は、とてもお嬢様とは呼べない。この街のお金持ちの子供は全員こんななのだろうか。まぁ、うちのお嬢様のこの姿は慣れましたけど。

 「お嬢様方。私は掃除がありますのでこれで」

 「あーい」

 「はい。後で手伝いに行きますね」

 私は一礼をして部屋から出て行く。

 窓から外を見てみる。雨粒が窓を激しく打ち付けている。台風が来ている訳ではないようだけど、本日の雨は強いようだ。こういう日は不意に思い出す。私がここに来た時の事を。



 私が、まだ子供だった頃。一日を生きるのも大変だった。盗みは当然の様にやった。街の西側には、当時の私の年齢の子を商品として見てくれる店もあると言うので行った事もある。まぁ、見付からなかったんだけど。

 後は、何をしたかな。でも、誰かを殺してお金を奪うとかは生きるのが大変だとは言え流石に出来なかった。お店の商品は盗んでも、人の家に入っての盗みもしたこと無い。だからって、許される訳ではないのは分かっているけど。

 そんな私が日課にしていたのは、大きな屋敷を遠くから見る事。そこの屋敷には老夫婦と一人の使用人が住んでるのは見た事あるけど、それ以外の人を見た事が無い。あんなに広いのに、掃除とかどうしているんだろうとか、どんな生活をしているんだろうとか思ったりするけど、私には関係ない話だ。別に恨めしくて見てる訳じゃ無い。羨ましくも無い。ただ、表の世界があれば裏の世界もあるんだと金持ちの奴らに認識させたかった。どうせもう、這いあがれないし這いあがる気も無いし。死んだら死んだでそれまでの事。来世に良い人生を送れれば良いと思ってた。

 ある日、その屋敷に二人の女の子が一緒に暮らし始めたみたい。姉妹なのかな、金髪が綺麗でいかにも裕福そうに見える女の子達だ。

 その子達が来た頃からだろうか、うめき声のような悲鳴の様な声が聞こえる様になった。中で一体何が行われてるのやら。金持ちが考える事は良く分からない。

 ある時、二人の女の子の内の一人と、どこかに出かけるのだろうか、その時によく目が合うようになった。とても勝ち気そうな感じの子で、こちらを睨みつける様に見てくる。むかつくので睨み返していると、いつも誰かに呼ばれて悔しそうにしながらどっかに行ってしまう。なんなんだろうと思いながらも金持ちの考える事は分からないと何時もの考えで片付けていた。

 そんな日が何日も続いた。毎回毎回悔しそうにどっかに行く姿を見て、こんな事をしていて飽きないのかなと思いながらも付き合い続けた。

 その日は雨だった。いつものように睨み合いが始まったんだけど、いつもと違って今回は長いの。全然諦める感じがしない。

 私はめんどくさくなって顔を背けたわ。そしたらその子、急にこっちに向かって走ってきて、目の前に来てこう言ったの。

 「今!目を逸らしたわね!やっと私が勝ったわ!ざまぁみなさい!おーほっほっほっ!」

 この子は何を言っているんだろう?別に勝負でやっていた訳じゃ無いんだけど。

 「お姉様!いきなり走り出してどうしたんですか!?」

 後ろから、お姉様って呼んでるって事は妹さんなのかな?が追いかけてきた。

 「マリア!私は勝負に勝ったのよ!」

 「そ、そうなんですか?」

 マリアって言われてる子の顔が、物凄く分かりやすい苦笑いを浮かべている。そして、私の方を見て微笑んでお辞儀をした。その顔は、汚い物を見る目とかではなく、ただ、同じ人として見ている目だった。そう、嫌悪感とか軽蔑とか、そんな、負の感情が入っていない、久しく見ていなかった。綺麗な目。

 「さっ、行きましょう。お姉様」

 「いいえ。今日のお出かけは中止よ」

 「えっ?」

 そう言って、お姉様って言われてる子が私の方を見て私を指さしながら強く宣言した。

 「貴女は今日から私の従者よ!これは決定だからね!」

 「……はっ?」

 何を言っているのか理解出来なかった。

 「お姉様、いきなり何を言っているんですか?」

 そうだそうだ、言ってやって欲しい。

 「何も難しい事は言ってないでしょうよ。こいつは、今日から、私の従者に決定。ね?難しくないでしょ?」

 いや、難しいとかじゃなくて、意味が分からないから理解が出来ないんだけど。

 「んー……まぁ、お姉様がそういうのであれば、私は否定はしませんけど」

 えっ?妹さんもおかしい子なのかな?てか、姉妹だから考え方も似るのか?

 「ですけど、お爺様とお婆様にもちゃんとお話にならないと駄目ですよ?」

 「分かってるわよ。でも、あの二人だったら許可してくれるはずよ」

 「まぁ、しそうですけどね」

 えっ、何。この姉妹の周りっておかしい人しかいないの。

 「取り敢えず来て。ほら早く」

 姉の方に手を掴まれてしまう。まともに食べてないから振りほどこうにも力が出せない。

 「ちょ、ちょっと!離して!」

 「うっさい!従者なんだから言う事聞け!」

 「そっちが勝手に言ってるだけでしょ!」

 「勝手に言ってませんー!もう決定しましたー!」

 「子供か!」

 「子供だけど!悪い?」

 言い合いながら強引に引っ張られていき、とうとう、いつも見ていた屋敷の敷地内に入ってしまった。木々が茂ってて見えていなかった所、広い庭に家庭用の屋外プール、想像していたまんまの光景で、寧ろ面白みが無い。

 その内、屋敷の扉の前まで来てしまう。それを力一杯開け放ち高らかに叫んだ。

 「お爺様!お婆様!ちょっといいですか!」

 入ってすぐに大声で呼ぶって、ここはどういう教育方針なんだろう。それとも、これがお金持ちの子供の姿なんだろうか。今までの人物像が想像だったから判断がつかないけど、品位の欠片も無い。

 「どうしたのじゃ?サリア。そんな大声で」

 「まぁまぁ。傘を持っていったはずなのに、どうしてそんなに濡れているの?」

 「ごめんなさい!それよりも、こいつを私の従者にしたいんだけど良い?」

 「ん?どういうことじゃ?」

 言って、私は前に差し出される。二人は驚いた顔をしている。凄いおしゃれなお爺さんとお婆さんだなって言うのが第一印象だった。

 「ほう。サリアは、どうしてその子を従者にしたいんじゃ?」

 とても優しい声で訊ねている。しかも二人共、私を見る目がさっきのマリアと一緒だ。全然、負の感情を感じない。なんなんだ、この家の人達は。

 「私にガン垂れてきたの!何日も負けてたんだけど、今日勝ったの!だから!」

 「うむ。全く意味が分からんの」

 うん。まぁ、そういう反応になるよね。

 「取り敢えず、そのままだと風邪を引いてしまうから、お風呂に入ってきなさい。話はそれから。エミリーさん。準備をしてあげて」

 「分かりましたー」

 いつの間にかいたメイドが、走ってどっかに行く。

 この流れに飲まれていて忘れていたけど、私は従者になるつもりは無い。その事を伝えないと。

 「あの!私、従者になるつもりはないんです!」

 「おや、そうなのかい?」

 「勝手に引っ張ってこられただけで!」

 「ふむ。じゃが、帰るところはあるのかえ?見た感じだと、とてもそうとは思えぬが」

 「そ、それは……」

 返す言葉も無い。確かに、従者として迎え入れて貰えるのは嬉しいし美味しい話だ。でも、なんだろう、なんか嫌だ。なんなんだろうこの気持ち。出会いが悪いんだろうか。そして何より、この屋敷の人達、全員ある意味で危険な香りがする。何か只者じゃない空気を感じる。

 そうやって葛藤していると、さっきのメイドが帰ってきた。

 「準備出来ましたよー」

 「ありがとね。さあさあ、お風呂に入ってきちゃいなさい」

 「ええ。ほら、行くわよ!」

 「ちょ、ちょっと待って!?」

 また、人の話も聞かずに強引に引っ張っていく。この子はあれだ。自分勝手なんだ。だけど、なんでなんだろう。嫌な気持ちにならないのは。こんなにも小さい背中なのに、付いて行きたくなるのは。って、私は一体何を考えているんだ。

 その後は凄かった。見た事も無いくらい広いお風呂で体を洗ってもらったり大きな浴槽に入ったり、見た事も食べた事も無い豪勢な食事をごちそうになったり、食事したとことは別の大きな部屋でまったりしたり……って、完全にくつろいでしまっている。この人達の出す雰囲気に完全に流されてしまっている。どうしよう……出て行くタイミングを完全に見失ってしまった。

 「そう言えば、貴女の名前をまだ聞いて無かったわね」

 サリアだったっけ、座っていたソファーから降りて、私の前に立ち、両手を腰に当てて偉そうに言った。

 「名前……名前は忘れた」

 本当に自分の名前は忘れてしまった。名乗る必要も無かったし。名乗る相手もいなかったし。そんな物無くても生きていけてたし。

 「忘れたの?ふーん。そっか」

 サリアは顎に手を当てて何かを考え出したみたい。

 目の前を歩きながらぐるぐる回っていたサリアが、急に近付いて来て考え出した案を披露した。

 「名前が無いんだったら新しく付けてあげるわ!」

 なんてシンプルな考えだろう。すぐに思いつきそうな気もするけど。

 「うーん。そうねー。何が良いかしら」

 私が答える前に考え始めるって。まぁ、なんか慣れてきたから良いんだけどさ。

 「『リア』は入れたいわね」

 「どうしてですか?」

 さっきまでサリアが座っていたソファーで紅茶を飲んでいたマリアも入ってきた。

 「だって、私とマリアに入ってる文字よ。絶対必要だわ」

 そんな理由なんだ。もっと特別な何かがあるとかじゃないんだ。

 「後はー……あっ、今日は雨だったわね。アメ……リア……そうだ!アメリアにしましょう!そうしましょう!」

 うわー……なんて単純な決め方。

 「お姉様……単純過ぎませんか?」

 そうだそうだ。もっと強く言ってやって欲しい。

 「でも、お姉様が考えた名前です。とても素敵ですね」

 あっ、分かった。やっぱこの二人は姉妹なんだ。どうしようもないや。

 「アメ!貴女は今日からアメリアって名乗りなさいよ!分かった?」

 もう略称で呼んでるじゃん。こっちの意見ガン無視で決定しちゃってるじゃん。でも、別に拒否する気も無いから、取り敢えず同意しとこう。

 「はぁ……分かった分かった。受け入れるわ。その名前」

 「よっし決まり!」

 「良かったですね。お姉様」

 凄い良い笑顔。名付けってそんなに嬉しいものなのかな。

 「で、どうするの?これでもまだ、従者にならないって言うの?」

 「へっ!?」

 唐突に話が戻って、ついびっくりしてしまった。

 「それは……その……」

 「従者にならないにしても、その名前は名乗り続けなさいよ。せっかく付けてあげたんだからね!」

 「そこ重要なの?」

 呆れた。でも、自然と笑みがこぼれてしまった。

 「あら。ちゃんと笑えるんじゃない。良い笑顔よ」

 「う、うるさい」

 「でも!私の妹の笑顔に比べたらまだまだだけどね!」

 「どこ張り合ってんの……」

 なんか……一気に緊張の糸が切れたのかな……眠気が……



 次に目覚めた時、久しぶりのまともな寝具の上だった。外は明るくなっていて、雨も上がっているみたい。隣には、サリアが大口をあけて寝ている。無防備だな。自宅だからしょうがないか。その時部屋の扉が開いてマリアが入ってきた。

 「あっ。起きてたんですね。おはようございます。アメリアさん。よく眠れましたか?」

 笑顔でそう聞いてきた。

 「うん。まぁ」

 「そうですか。それは良かった」

 昨日と変わらない。負の感情が入っていない。綺麗な瞳。優しい笑顔。

 「お姉様。起きてください。お姉様」

 サリアの傍に移動して体を揺らして起こそうとしてる。

 「お姉様、朝が弱いんです」

 私がその行動を見てたら苦笑しながら言った。

 「そ、そう」

 「あっ。私はお姉様を起こしてから行きますので、先に食堂に行っててください。場所は分かりますか?」

 「うん。大丈夫」

 私はベットから降りて部屋を出て行こうとしたその前に「んー。爆発物の音で起こした方がいいかなぁ」って後ろの方で聞こえた気がするけど、絡むとめんどくさそうだったので無視をした。

 食堂に着くと、エミリーがテーブルの上にナイフやフォークをセットしている。テキパキとしていて、流石この大きな屋敷のメイドだなと思う。

 「あっ、おはようございますー」

 「おはよう、ございます」

 「アメリアちゃんの席はここですよー」

 「どうも」

 示された席に座って大人しくしておく。でも、傍で仕事してる人がいるのにじっとしているのは、申し訳なく思う。かと言って、何をやればいいかも分からないし。

 そんな作業を大人しく見ていたら、続々と人が集まってきた。お婆さんにお爺さん、まだ夢の中の様なサリアとその手を引くマリア。

 各々が席に座り、料理が並べられて食事が始まる。また知らない食べ物だ。昨日も思ったけど、こういう所での作法とかは良いのだろうか。そういうのは全然知らないから適当にしてるけど。すると突然、お爺さんが私に喋りかけてきた。

 「唐突だがアメリアよ。今後どうするのか決めたのかね?」

 まぁ、その質問はくるよね。そう言えば、もう私の名前が広まっている。決めたその場に居なかったはずだけど、私が寝た後にでも言いに行ったのかな。

 「えっ?まだ決まってなかったの?」

 サリアが不思議そうな顔をして私の方を見ながら言った。

 「わし達は迎え入れる気でおるよ。メイドが一人増えると助かるしの。何よりも、サリアが連れてきた子じゃからな。後は、本人の意思次第じゃ」

 皆の顔が一斉にこっちを向く。その圧に耐えれなくて、顔を伏せてしまう。

 「じゃあ、こうしたらどうですか?」

 手を叩いてから言ったのはお婆さんだ。

 「昨日はお客様として一日対応しました。今日はここの従者として一日を送ってみると言うのは」

 「それいいですね!」

 「はい。私もいいと思います」

 「ほほ、では、それでいくとするかの」

 家人達が次々に同意していく。

 「仲間が増えるのは助かりますー。殆ど人も住んでないのに無駄に大きいお屋敷を一人でお掃除するの大変なんですもん」

 エミリーが毒を含みながら言ってるけど、大丈夫なんだろうか。

 「あんたが一人で掃除してるとこなんか見た事無いわよ」

 否定したのはサリアだ。

 「そ、そんな事ありませんよ!?」

 「だって、ほぼ毎日マリアが庭掃除してるじゃない」

 「ぎくっ!?」

 「この前も、何部屋かマリアが掃除したって言ってたし」

 「ぎくっぎくっ!?」

 すっごい目でサリアから睨まれてる。あっ、無言でどっかに走り去ってった。

 「全く、マリアを何だと思ってんのかしら」

 「あれは私から、手伝いましょうかって言ってやらせてもらったって言ったじゃないですか」

 「もー。甘やかしちゃ駄目よ」

 「でも、お掃除好きなので」

 ほのぼのとした空気が流れる。うん。やっぱり、居心地が良いなぁ。

 「さぁさぁ。食事を再開しようか」

 お爺さんの言葉に、それぞれが返事をして食事が再開された。これが終わったら仕事か。気合を入れてやらないとな。そう思っていたんだけど、まさか……あんな、地獄の日々が始まるとはこの時の私は思ってもみなかった。


 食事が終わり片づけを済ましたら、まずは屋敷内の部屋の掃除から教わった。エミリーが言っていた通り、無駄に何室もあるしほぼ使われてないし、これは大変だ。そう思って、掃除をしていたんだけど、言ってた通りマリアやお婆さんまで掃除をしているんだけど、肝心のエミリーの姿が見えない。一体どこを掃除してるんだろ。掃除の最中、窓から庭を見てみると、サリアがお爺さんと何かの稽古をしてる。サリアが投げ飛ばされたり派手に転ばされたり、結構激しくやっている。凄い痛そう。というか、お爺さんってあんなに激しく動けるんだ……そっちの方が衝撃かも。

 途中で昼食を挟んで掃除を終わらせたんだけど……うん。エミリーが泣き言を言ったのも分かった。四人でやってこれだけかかるんだもん。とてもじゃないけど、一人じゃ無理だ。多分、今までも一人でやった事は無いだろうな。

 掃除が終わったと思ったら、今度は庭に呼ばれた。稽古だって言うけど、もしかして……。不安を抱えながら庭に行ってみると、サリアが息を切らして仰向けで倒れていた。傍らにはマリアが優しく団扇を扇いであげている。

 「来たか」

 振り向いたお爺さんが、鞘に納められてるナイフを投げ渡してきた。意図が分からないので、これは?と聞いてみたら

 「それでわしを殺しに来い。本気でな」

 更に訳が分からない。何を言っているんだろうこのお爺さんは。ボケたんだろうか。

 「アメ。死ぬんじゃないわよ」

 倒れながらサリアが力無く何か言ってるけど。えっ、これ死ぬかもしれないの?稽古じゃなかったっけ?

 「ほれ。はよこい。遠慮なんてせんでいいぞ」

 「アメリアさん。頑張ってくださいね」

 なんでこんなに暢気にしていられるんだろう。それだけ強いって自身があるって事?ああああもう。考えるのも馬鹿馬鹿しくなってきたし、来いって言うならいってやろうじゃん。後悔しても知らないから。

 私はナイフを鞘から出して、お爺さんに向かって走り出した。勿論、言われた通りに本気で刺しに行くつもりで。でも、気付くと宙を舞っていて、次に背中に痛みが走って空を見上げてた。何が起こったのか全く分からない。

 「ほっほっほっ。まだまだ休むには早いぞ。ほれ、かかってこないか」

 クソ。なんでか、凄い悔しい。

 「なんだったら、サリア、一緒にかかってきてもいいぞ」

 「お爺様……いくら強いからって流石に舐め過ぎじゃない?私だって成長してるのよ?」

 「今んとこ、傷を付けられた記憶がないがのぉ」

 「アメ!起きなさい!あのじじいの髭、全部剃ってやりましょう!」

 「お姉様。お爺様に対して失礼ですよ」

 サリアは立ち上がってやる気出してるけど、正直勝てる気がしない。でも、このまま諦めるのも嫌だし。私は取り敢えず立ち上がる。サリアがそんな私に近付いて来て小声で話しかけてきた。

 「アメ、あんたの一撃にかけるわ。私が気を引くから、隙を見て目に物見せてやりなさい」

 「えっ、ちょっと」

 「行くわよ!」

 そう言ってサリアは右手にナイフを持って走り出した。急にそんな事言われても困る。と言うか、どうしてそこまで私を信用してるんだ?

 「ああもう!」

 考えてても始まらない。とにかくよく観察して隙を見逃さないようにしなきゃ。

 サリアがナイフを体の左側に持っていき横に斬る前の構えになったと思ったら、左手からアンダースローで何かを投げた。砂だろうか?いつの間にそんなのを仕込んでいたのやら。だけど、簡単に防がれている。

 「全く、小賢しさは変わらぬな」

 「ふん!勝ちたいからね!」

 構えていたナイフを振り抜くが、これもあっさり躱される。

 暫く、二人の命がけの鬼ごっこ……いや、完全に遊ばれてるな、あれは。子供の遊びに付き合っているようにしか見えない。にしては物騒過ぎるけど。でも、隙を見付けた訳じゃ無いけど、これしかないって思った事は出来た。

 早速行動に移す。サリアと対角線上にいるように動く。後はタイミングだけ……違う……まだ……駄目……きた!サリアがお爺さんの右側に、私が左側、お爺さんがサリアを追って顔を動かしたこのタイミング!私は死角からナイフを投擲する。この時は、必死だったからよく覚えてないけど、どうしてこんなに上手く投げれたんだろう。とても不思議だ。

 お爺さんの後頭部に真っ直ぐ綺麗に飛んでいく。このままだとほんとに当たってしまう。と、思ったその時、二本の指で刃の部分を掴まれて止められてしまった。

 「うむ。見事。じゃが、それではわしは倒せんよ」

 お爺さんがこっちを見てニヤリと笑った。すると、サリアが何かをこっちに向かってお爺さんにばれないように上に放り投げてきた。あれは……ナイフだ。私がそれを認識したのを感じたのか、大きな声で叫ばれた。

 「アメ!走れ!」

 その言葉を受けて咄嗟に走り出した。何をすればいい?いや、考える必要なんかない。簡単な事だ。ナイフをキャッチしてお爺さんに突き刺す。それだけだ。

 「おらぁ!」

 サリアが右手を振り上げてお爺さんに殴りかかろうとするのが見える。

 「全く。そろそろ寝かせようか」

 振り下ろされた腕を掴んだ時に、気付いたみたいだ。でも――

 「お前さん。武器をどこに?」

 もう遅い!落ちてくるナイフを掴んで横薙ぎで終わりだ!

 「なんちゃって」

 その言葉を聞こえた時、気付いたら私は後ろに吹っ飛ばされていた。多分蹴りを入れられたんだと思うけど、早すぎてなにがなんだか。そのすぐ後にサリアのうめき声も聞こえて、私は地面に落ちた。凄い痛い。

 「ほっほっほっ。まだまだじゃのぉ。じゃが、今のは良かったぞ。ほんんんの少し焦ったわい」

 「むかつくー!お爺様!性格悪すぎ!」

 お爺さんは笑って、サリアは怒りを露にしている。さっきまで命のやり取りをしてたんだよなぁ。全然そんな風には見えないけど。

 倒れたまま空を見上げている私にお爺さんが近付いてくる。

 「大丈夫かい?」

 「はい。痛いですけどね」

 恨みをこめて言ってやる。

 「ほほほ。それだけ言えれば大丈夫そうだのー」

 サリアが言ってた通り、この人は性格が悪いのかもしれない。いや、子供っぽいって言った方が合ってるかも。

 「どうじゃ?ここでやっていけそうか?」

 「こんなことされて、やっていけますって言う人は、頭がおかしいと思います」

 「ほほほ。確かにの。じゃが、お主はその気があるように見えるがの」

 「えっ?」

 「わしの気のせいかもしれんがのー」

 そう言い残して、笑いながら歩いて行ってしまった。

 私が、頭がおかしい、か。そうか、この気持ち、だからか。ここの人達と一緒にいたいと思っているのは。それが分かったら、なんか、自然と笑みがこぼれてしまった。

 「なーに笑ってんのよ」

 サリアが腕を組みながら不機嫌そうにこっちに寄ってきた。

 「別に。何でも無いです」

 「それよりも、次の作戦を考えるわよ。あのじじいに参ったって絶対言わせてやるんだから」

 「元気ですね。朝からあれだけやられていますのに」

 「ふん。本当は今すぐに休みたいわ。だけど、負けっぱなしは嫌なの」

 「そうですか」

 いきなりサリアが手を差し伸べてきた。

 「ほら。早く立って」

 私はその手を握って、そして立ち上がった。

 「さっ、行くわよ!アメ!」

 「はい。サリアお嬢様」

 突然の呼び名にびっくりしたように目を大きく開けている。私はその顔に不敵に笑って返す。そしたらお嬢様は、照れくさそうに、でも、とびっきりの笑顔を向けてきた。

 「マリアー!次は貴女も参加しなさい!」

 「えっ!?私もですか!?」

 「当然でしょ!三人だったらいけるはずよ!」

 「えー……お姉様は安直過ぎますよ」

 「ほほほ。わしは何人同時でもいいぞ」

 「その減らず口、ぜっっったいたたけなくしてやるんだから!」

 あーあ。熱くなっちゃって。まぁ、慣れていくのかな。長い付き合いになりそうだし。

 そんな事を思いながら、先に歩いて行ったお嬢様の後を追いかけた。



 あれから数年の月日が流れたそんなある日。私は旦那様と奥様に呼ばれて、屋敷の一室にいた。

 「どのようなご用件でしょうか」

 「うむ。わし達、ちーと、旅でもしてこようと思っておるんよ」

 「はい」

 「じゃから、サリアとマリアの事、宜しく頼むな」

 「急ですね」

 「そうじゃの。急に決めたからの」

 「お嬢様達、悲しみますよ」

 「悲しむでしょうけど、そんなやわに育てた覚えはありませんから、大丈夫ですよ」

 はぁ……この数年、お嬢様達、いや、サリアお嬢様に振り回されてきたけど、この人達にも振り回されてきたんだった。それにこの目。有無を言わせないって言ってる。

 「それでも、あの子達はまだまだ脆い。特に、サリアは本当の敗北を知らん。それに直面した時、わし達の代わりに支えてやってくれ」

 「旦那様が支えてあげればいいのではないですか?」

 「わしらはいつまでもあの子達の支えになる訳にはいかんからな。この中では最初にあの世行きじゃし」

 「縁起でもないですね」

 「じゃが事実じゃよ」

 全く。ここの人達には世話を焼かされる。何度も主人選びに失敗したかなと思う時はあったけど、これで何度目だろ。

 「分かりました。どこまで出来るか分かりませんが努力はしたいと思います。というか、主人が既に決められてる事を、たかが使用人の私がどうこう言えません」

 「ほほ。悪いの。世話をかけて」

 「いいえ。ここにいると決めた時に、覚悟も決めていましたから。大丈夫です。それよりも、お嬢様達になんとお伝えするんですか?」

 「うーむ」

 何も考えていないと。はぁ……この人は。

 「そのまま伝えましょう。さっきも言った通り、あの子達はそんなにやわじゃありませんよ」

 「まぁそうですね。正直、心配し過ぎだと思います」

 「そうかのぉ」



 実際のとこ、マリアお嬢様は少し不安そうにしていたけど、サリアお嬢様の「帰ってきた時に足元にも及ばないくらい強くなってて驚きすぎて急死しても知らないからね!」の言葉に吹っ切れたようである。いや、多分、この場にいた全員が分かっていた。本当は、サリアお嬢様が一番不安がっていたって。それでも、この人の性格だ。決まった事だからしょうがない。いなくなった後はどう過ごそう。とでも思っていそうだ。

 数日後、旦那様と奥様は本当に旅に出て行かれた。一言だけ「好きに過ごしなさい」と、残して。

 その後は、ご夫婦が残していったトレーニングメニューに対して少し身が入っていない様子が見受けられたけど、徐々に何時もの感じに戻っていった。

 ある日、腕試しがしたいとサリアお嬢様が仰って、そこら辺の危ないグループに喧嘩を売り始めたり、横取り屋を始める!とか訳の分からない遊びを始めたり……やっぱり、主人選びを間違えたかもしれないと思う日々が続いたけど。それでも――



 「アメー?何そんなとこでぼーっとしてるのよ?」

 サリアお嬢様が話しかけてきた。マリアお嬢様も一緒だ。

 「……いいえ。なんでもございませんよ」

 「そうですか?どこか具合が悪いのでしたらお休みしてくださいね?」

 「ありがとうございます。マリアお嬢様。でも、本当に何でもないのですよ。ただちょっと、昔の事を思い出していまして」

 「昔の事ですか?」

 「年寄りくさいわねー。そんな事よりも小腹が空いたわ。マリアー何か作ってー」

 「えっ。あっ、はい。すぐに用意しますね」

 ほんと、良くも悪くもいつも通りなサリアお嬢様ですね。

 「アメ―?何やってるの。あんたも行くわよ」

 「えっ?ですけど、掃除もまだ終わってなくて」

 「んなもんいいわよ。一日くらいしなくても。それより、そんな年寄りみたいな事をするって言うのは、一人でいるからよ。だから、今日は一緒にいること!分かった?」

 変な考えを……全く。ほんと、良くも悪くも、いつも通りなお嬢様です。

 「はい。仰せの通りに」

 「よし!所で、エミは何処に居るの?」

 「エミリーさんなら、まだ地下であのロボットの修理中じゃないですか?」

 「あの子……生きてるんでしょうね……」

 「食事はちゃんとアメリアさんが運んでいってもらってますけど」

 「その時の様子はどうだったの?」

 「とても楽しそうでしたよ。触れたくなかったので入り口付近に食事を置いて立ち去りましたけど」

 「それ大丈夫なの!?」

 「さぁ?どうでしょう?」

 「もう……世話の焼けるメイドだわ」

 「サリアお嬢様は何もしていませんがね」

 「なんか言った?」

 「いいえ。何も」

 旦那様。奥様。今はどちらにいらっしゃるのでしょう。こちらは、サリアお嬢様のおかげで、退屈しない、悪い意味で気の休まる暇がない日々を送っております。本当に迷惑をかけられっぱなしです。ですが、楽しい毎日だと思っていますけどね。その内、ふらっと帰ってきてくださいね。お嬢様達も喜びますし。それに、まだ旦那様の口から、参ったと言わせてませんからね。今の私達だったら、もしかしたらがあるかもしれませんよ。

 お嬢様達の背中を見ながら、そんな事を考えていた。

 外を見たら、いつの間にか雨が少しだけ弱くなった気がする。

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何でも屋2 風雷 @fuurai12

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