第39話 魔法市到着

 列車の出発を知らせる駅の放送がかかった。夕食前には、魔法市の駅に到着する。しかし、到着したからといって、すぐに魔法市に入れるわけではなかった。魔法市に入るには、一風変わった審査があった。審査に合格するまでは、駅内に長く滞在することだってある。そのための引っ越しの家の列車だった。

 引っ越しの家の列車は、しばらくのどかな風景の中を走った。とてもこの界隈で最大の魔法都市が近づいているようには見えなかった。列車は都心というより、地方へ走っている景色だった。

 やがて魔法市の町並みが見えてきた。近代的なビルと古い建物とが点在とする、ちょっと変わった町並みだった。高いビルの林立する中に、お城や屋敷といった昔の建物が多く立っていた。魔法市の駅は十階建ても真新しいビルだった。引っ越しの家の列車は、そのプラットフォームに午後七時十二分に到着した。

 魔法市の駅では、審査が終わるまで改札口を通り抜けることはできない。改札口には、入国審査のように紺の制服を着た審査員が待ち構えていた。

「荷物検査を行います。体に隠し持っている物があれば、出して下さい」

「オットー、念のため耳の裏に隠した箱を出しておくんだ」

 オットーはバートに従って、左耳をひねった。探し物の箱が耳から飛び出してきた。オットーはそれを大切に手に持った。

「オットーは子供用の傘を、アリスは、古い辞書と鳥かごを持ってくれる。残りは私が鞄に入れて持ちましょう」

 古い辞書は、鳥かごの中に入っていた。アリスがそれを重そうに手に持った。

「そろえた道具を、カウンターの上に出して下さい。今から、審査します」

 アリスがやるのを見て、オットーは子供用の傘をカウンターの上に置いた。審査員が審査用紙に、ボールペンで何か書き込んでいた。

「フライパン、子供用の傘、鳥かご、古い辞書、ボールペンか、曲がった鉛筆、こたつの足、洗濯バサミ、最後に虫眼鏡と、全てそろっていますね。道具はそろっていると。観光ですか、定住ですか?」

「定住だ」

 バートが、透かさず審査員に申告した。

「定住と。魔法使いですか、そうじゃないですか?」

「みんな魔法使いだ。ただこの子は、魔法が使えない」

 バートが、オットーの肩に手を載せた。

「それは、どういった理由ですか?」

 審査員の手が止まった。審査用紙から顔を上げ、不審を見つけたように視線が鋭くなった。

「この子は、事故で魔法を封印されたんだ。他の者が受ける封印を、身代わりに受けてしまったんだ」

 バートは、つらい経験を思い出すように、眉をひそめた。

「それはお気の毒に」

 審査員も同情して顔を曇らせた。

「よろしい。ようこそ、魔法市へ。あとは簡単な荷物検査がありますから、列車の中でお待ち下さい」

 審査員は、合格の印判を押した審査用紙を一枚取って、バートに渡した。バートは審査用紙を一読して、半分に折って上着のポケットに入れた。荷物検査も無事に終わった時には、すっかり夜も更けていた。オットーたちは一晩、引っ越しの家の列車に泊まって、翌朝町へ入ることにした。

 この列車最後の夕食は、最後の食事にふさわしい豪華なハンバーグだった。駅の構内で、販売していた物を、バートが最後だからと奮発して買ったのだ。こんな豪華な料理には、それに見合った食器が必要だった。用意できたお皿が、安物だったから、ミランダはちょっと残念がっていた。オットーは大きなハンバーグを前に、歓声を上げた。

「こんな大きなハンバーグ、これまでに食べたことがない」

「私も初めて」

 アリスも、びっくりしたように目を丸くして喜んだ。ハンバーグに添えたパンは、硬めのライ麦パンだった。オットーは、硬めのパンにかじり付いた。あごが痛くなりそうなくらい、かみごたえがあった。

 オットーたちは、翌朝ゆっくりと食事を摂って、列車を降りた。改札口を抜けると、そこには魔法市が広がっていた。見る物全てが、オットーの経験したことのない物だった。この町の全ての物が、魔法でできていた。バートは先頭に立って、旅の疲れを振るい落とすように伸びをした。やっとこの町に帰ってきたという、安堵の表情を浮かべた。

「貸しほうきもあるが。オットーは、ほうきに乗ったことはあるかね?」

 バートが、オットーに振り返った。オットーはないよと恥ずかしそうにした。ほうきで空を飛べるなんて、考えたこともなかった。町中を飛び回るほうきに乗った人たちを目にしなければ、信じられないことだった。オットーが、気持ちよさそうに空中を飛び回る人たちを眺めている間に、目の前にほうきで飛んできた人が下りてきた。旅行鞄を携え、これから列車に乗るという様子だ。ほうきの他にも、木製の椅子も飛んでいた。まるで小型飛行機が滑空しているみたいで、椅子に座っている人は、楽しそうだった。

 それから、一ヶ月後オットーの母親が、遅れてこの町に到着した。オットーは母親に会うのが待ち遠しかった。話したいことが、山ほどあった。それから、いい知らせがもう一つあった。

「オットー、ロボットが直ったって。今日、届くって聞いたよ」

 屋敷のリビングで、アリスの元気のよい声が響いた。

「本当、早く会いたいな」

 オットーは、昔の親友が訪ねてくるような懐かしい気分になった。ロボットに話しかけたら、何て答えてくれるかわくわくした。

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マジックとトリック つばきとよたろう @tubaki10

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