第38話 最後の決断
「オットー止まらないで、振り向いちゃダメ。そのまま歩いて」
後をつけられていると気づいたのは、アリスがオットーの腕を摘むように引っ張ったからだ。
バートはそれまでの歩調を緩めず、散歩するようにさりげなく歩いた。が、前から現れた二人組の男たちに進路を阻まれると、足を止めるしかなかった。一人は警官姿で、もう一人は黒いレインコートにマスクをつけていた。その風貌には見覚えがあった。ヌカルミの町で、オットーとロボットを助けてくれた男だ。なぜそんな人が妨げるのか、オットーは目を疑った。間違えるはずがない。でもそれ以上に、もっと前から知っている人のように思えた。間も無く後をつけてきた三人と挟まれた。後ろから来たのは子供たちだけだった。これも記憶にある面子だ。悔しくもオットーたちから、切符を奪った仲間だった。
「日中から襲撃してくるとは、君も盗賊のように地に落ちたな。アル」
「その名を気安く呼ぶな」
不思議だ。雨は降っていないのに、男のレインコートは常にずぶ濡れだった。足元には水溜まりすらできていた。それが鏡みたいに反射して、絶えずレインコートから滴る雨粒が、男の不機嫌な感情を映しているかのようだった。
「何だ。怒ったのか? 君は相変わらず短気のようだな」
バートはこの不利な状況にもかかわらず、ずいぶんと余裕のある態度を見せた。余裕ついでに、上着の腰ポケットから紙袋と小瓶を取り出した。
「ドーナツには、ガムシロップだ」
バートは男たちに遠慮なくドーナツにガムシロップをたっぷりかけて、美味そうにかじり付いた。これでバートの魔力が格段に上がった。数で不利だった状況が、一気に翻った。当然オットーは魔法が使えないから、戦力には数えられない。
「その子を魔法市に連れて行かせない。魔法を使えない子は、住んではいけない場所だ」
オットーは、レインコートの男が自分のことを言っているのが分かった。でも、どうしてそんな事を言うのか分からなかった。
「君の言っていることは矛盾している。魔法の道具を与えておいて、魔法市に行くなとは、どういう事だ。それとも、父親のつもりか」
バートの言葉に、オットーは躊躇った。何を言っているのか、頭が混乱するオットーは、バートとレインコートの男に視線を交差させた。
「その子には、最初から父親なんていない。だから今もいないはずだ」
レインコートの男は、悲しみに濡れた声でつぶやいた。その言葉の響きが、オットーの心を揺り動かすように聞こえた。警官姿の男は、今にも攻撃しようとコウモリ傘を構えている。
「なんて乱暴な。力尽くでこの子を魔法市に行かせないというのか?」
バートは上着の胸ポケットから、お菓子のスティックを取り出した。構わず警官姿の男が雷の魔法、天に轟く雷と叫んだ。
「ポップコーンだ!」
バートは怯まずお菓子のスティックを振り上げた。すると警官姿の男が放った雷の魔法は、たちまちポップコーンに変身した。バートはそれを鷲掴みにして、口の中へ押し込んだ。慌ただしく食べている。
「何だ。塩味だな。私はキャラメル味の方が好みなんだが」
それでもバートの鋭い眼光は、レインコートの男を逃さなかった。青空に流星が流れ落ちた。レインコートの男が魔法を唱えたのだ。地面に落ちたポップコーンが一瞬にして、恐ろしい蛇の群れに変わった。
「ドーナツだ!」
バートは高々とお菓子のスティックを掲げて、地面に響くような声を上げた。それは子供のおもちゃのようなスティックとは思えない強力な魔法の道具だった。襲いかかってきた蛇の群れは、あっという間に自らの尻尾を噛んでドーナツに変身した。
「如何なる魔法も、私には通用しないぞ」
バートがお菓子のスティックを自慢げに手の中でくるりと回した。ドーナツを一つ摘んで頬張った。
「その様だな」
レインコートの男が苦々しく口を動かした。
警官姿の男が怯んでいる隙を見逃さず、ミランダが男のコウモリ傘に向けて魔法を放った。
「動物にお戻り!」
魔法のまぶしい光を受けたコウモリ傘は、たちまち羽ばたいて本物のコウモリに変身して飛んでいってしまった。武器を失った警官姿の男は、こうなるとなす術がない。
形勢が悪いと分かると警官姿の男も、レインコートの男もじりじりと後退りして距離を取った。男たちの焦りが感じられた。その間にも、アリスが後をつけてきた三人の子供たちを対処した。手だれた魔法使いよりも心強い。アリスの実力を知ってか、三人の子供たちは迂闊に攻撃を仕掛けてこない。反撃を食らってしまうからだ。既に勝負はついたように思われた。それを悟ったようにバートが宣言した。
「どうする。このまま続けるかね」
そこへ思わぬ花火が打ち上がった。日中の花火は、当然この町の催し物ではない。レインコートの男たちの仲間の合図だった。
「どうやら、ここらが潮時のようだ。我々はこれで引くとしよう。だが、これで勝ったと思うなよ。バート」
レインコートの男たちは、旋風が吹き抜けるみたいに後ろへ下がって、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
「逃げ足だけは見事だな」
バートは上着のポケットにお菓子のスティックを、手品みたいにしまった。
「うむ、待て。彼がこうあっさりと引き下がるとは思えん。みんな急いで列車に戻ろう」
不穏な胸騒ぎに、オットーたちはセントラスカッコー駅へ急いだ。乗客の行き交う改札口を抜けて、引っ越しの家の列車に走った。
自分たちの車両に着いて、ようやく扉を開けて驚愕した。テーブルの上の魔法の道具が、全て無くなっている。
「奴らの本当の狙いは、こっちだったか」
バートは何もないテーブルの上に、苛立たしく手を突いた。アリスが失望を隠せない思いで肩を落とす。
「魔法の道具、全部取られちゃったね。これじゃあ、魔法市に行けないの?」
オットーは居ても立っても居られず、テーブルの上からバートに不安な視線を移した。
「オットーは魔法市に行くのは、もう諦めたのかね」
バートは眉を下げて、意地悪そうな顔をした。オットーは激しく首を振った。でも、せっかく集めた魔法の道具は、全て取られてしまった。その事実は変えようがない。
「さあ、箱を出してごらん。魔法市に行きたいと望むなら、奪われた物を取り戻すんだ」
「オットー、これが最終試験よ」
アリスが、ぴんと人差し指を立て宣言した。
「最終試験?」
「オットーが魔法市で本当にやっていけるのか、どれだけの覚悟があるのか試させてもらうよ」
バートは顔に期待と希望の表情を浮かべていた。
「じゃあ、フライパンから」
アリスがオットーを促した。オットーはドキドキしながら、左耳から出した探し物の箱に手を入れた。次々に魔法の道具を出していく。それをテーブルの上へ、パズルを並べるように置いていった。フライパン、子供用の傘、鳥かご、古い辞書、曲がった鉛筆、こたつの足、洗濯バサミまで出して、あと一つが出てこない。オットーは、彼を見つめる三人の顔を見比べた。でも、探し物の箱の中身は空っぽだった。
「どうして虫眼鏡が出てこないのだろう」
ところが、オットーは失望しなかった。探し物の箱をテーブルの上に置くと、ゆっくりと上着のポケットに手を入れた。手に触れる物がある。それは小さな物だ。オットーはポケットの中でつかんで出した。小さな虫眼鏡だった。それはサイモンからもらった贈り物だ。これで魔法市に入るための魔法の道具は、全てそろった。
「そうだ。オットー、君は合格だ。きっと魔法市でも立派にやっていける」
バートが、オットーの合格を喜ぶように微笑んだ。ミランダもアリスもオットーを祝福した。
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