第五章 その⑪ プリムラ――最愛の絵のモデル

 長い廊下を駆け抜け、観客席に入ると、観衆が湧いた。

 どうした? と闘技場に目を凝らすと、プリムラ姫がうつぶせに倒れていた。


「姫っ!」


 とっさに声が出た。

 審判がプリムラ姫に近づくが、姫は剣を杖代わりに、弱弱しく立ち上がった。

 そして、再び剣を構えるプリムラ姫。

 あれだけボロボロなのに、試合続行の意思がまだあるのか。

 審判が「試合再開」と宣言する。

 しかし、弱っているプリムラ姫相手に、スカーレッタ姫は容赦なく剣撃を繰り出す。

 スカーレッタ王女は本当に強く、あのプリムラ姫相手に何もさせなかった。

 プリムラ姫は、スカーレッタ姫の攻撃を防ぐだけで、精一杯の様子だった。


 俺は、少しでもプリムラ姫に近づくために、観客席の前へ前へと進んでいった。

 観客をかき分け、最前列にたどり着くと、ある人物が俺に手招きをした。


「待ってましたぜ。旦那」


 キャラバン隊の隊長と隊員が、闘技場に一番近い観客席を陣取っていた。

 サークルローズ到着後、キャラバン隊に、を頼んだのだが、こんな特等席を用意してくれたとは。


「ありがとうございます。ここなら!」


 プリムラ姫を見据え、息を整える。

 後方で、キャラバン隊の二人が「準備完了」の合図を出した。


 俺は、肺が張り裂けそうなほど、目一杯、息を吸い込んだ。そして――



「プリムラ姫えええええええええええええええええええっ!!」



 大声に驚いたのか、会場中が静かになった。

 試合中の二人も驚き、動きを止めた。



「好きだあああああああああああああああああああああっ!!」



 声帯がぶっ壊れてもいい。

 心の底から俺は叫んだ。

 

 告白と同時に、後ろで待機していたキャラバン隊の二人が、ほろ製の巨大な横断幕を広げた。



「ッッッ‼」



 プリムラ姫は俺に気付くと同時に、目を大きく見開いた。

 そして、持っていた剣を落とし、大粒の涙を流し始め、口を両手でふさいだ。

 彼女の瞳にはきっと、こんな光景が目に入ってきたはずだ。


 プリムラ姫の微笑んだ顔――

 プリムラ姫の怒った顔――

 プリムラ姫の切ない顔――

 プリムラ姫の泣いた顔――

 プリムラ姫の凛々しい顔――

 プリムラ姫の満面の笑顔――

 

 巨大な横断幕――それは、俺がこれまで描き溜めたプリムラ姫の絵。その全てを貼り付けた、大きなキャンバスだった。キャンバスのタイトルは――

 


『プリムラ――最愛の絵のモデル』



「俺は 世界で一番 あなたを愛しています!!」



 異世界に来てからの俺の全部、あなたに届け。


 闘技場は水を打ったように静まり返った。

 だが……。


「お前達! そこで何をしている!」


 会場にいた衛兵隊が、俺達を取り囲んだ。


「こっちへ来い!」


「ちょっ、待てって! 試合の続きが」


 俺とキャラバンの人達は、衛兵隊に連行されてしまった。


 試合の行方は判らずじまいだ。



 ――*――



「あーぁ、なんでこうなるんだか……」


 あの後、キャラバン隊の人達と一緒に、円形闘技場コロッセウムの地下牢へと入れられた。


「旦那、さすがにはしゃぎ過ぎたな。ハハハハハっ」


「なんで、そんなに呑気なんですか」


「こういうの、俺たちは慣れてるからな」


「俺は慣れたくないです……」


「告るだけ告ったんだろ。俺達もしばらく休もうぜ」


 隊長は焦ることなく、ゴロンと寝そべった。


「そんな悠長な」


 すると、一人の衛兵が牢屋に近づき、牢の鍵を開けた。


「出ろ。釈放だ」


「おっ、意外と早かったな」


「えっ。どういうこと?」


「旦那、物事を円滑に進めるには、真心と、誠意と、少しの嘘と、最後は金だぜ」


 親指とひとさし指で〇を作る隊長を見て、俺は呆れた。


 俺達は、地下牢から釈放され、闘技場に戻ってきたが、人がまばらになっていた。


「試合、終わっちゃったかぁ……」


 勝敗の行方が気になる。

 それ以上に、プリムラ姫が何処にいるのかが、もっと気になる。


「さて。と、俺達は商売があるから帰るとするよ。旦那は旦那でやることあんだろ」


「まぁね。いろいろ助かったよ。ありがとう」


「イイってことよ。それに礼なら、リリィ姉さんに言いな。俺達は姉さんから報酬を受け取ったんだからな」


「ん? 報酬なんてあったっけ?」


「あの手紙だよ」


「ますますわからない。手紙なんて、金にならないだろ?」


「へっ。何もわかっちゃいねえな旦那。あの手紙にはな、エリクサーの製法が書かれていたんだよ」


 エリクサー。

 ゲームの最上級回復アイテムの代名詞は? と聞かれたら、真っ先に挙がるマジックアイテム。


「エリクサーは、ごく一部のエルフにのみ製法が伝わっている、門外不出の霊薬。まぁ、本物はエルフ族以外、作れないがな。それでも俺たちにとっては、金のなる木だ」


 そんな大事なものを投げ打ってくれたのかリリィさん。


「ただ、とてつもなく苦くて、青臭くて、不味いらしいな。噂じゃ、薬じゃなく、毒だと勘違いする奴もいるとか」

 それって、もしかして、ダークエルフ汁のことか?

 リリィさんは、そんな貴重なものをいつも俺に飲ませてくれていたのか。

 今度から、あの人には足を向けて寝られないな。


「旦那は姉さんに愛されてるなぁ。うらやましいぜ」


「まっ、まぁね。はははっ」


「女泣かせるのも大概にしろよ。旦那。それじゃあな」


「あぁ、それじゃあ」


 そう言うと、隊長は円形闘技場コロッセウムの出口へと向かった。


 ――*――


 一人残った俺は、円形闘技場コロッセウムをゆっくりと歩いた。

 

 祭りの後の闘技場は、その熱気を残しつつも、どこか寂しい空気が流れていた。


 俺一人、観客席を歩きながら、考え続けた。

 プリムラ姫に、俺の想い、すべて伝えられたかな。

 プリムラ姫は、俺のこと、どう思ったのかな。


 そう言えば、プリムラ姫の絵、没収されたけど、どうなったんだ。捨てられたりなんかしてないよな……。

 急に不安になってきた。

 こんな時まで絵のことが気になるなんて、つくづくバカだな、俺は。




「そちらのお方」


 後ろから突然、声を掛けられた。


「この絵、会場に落とされていましたよ」


「ありがとうございます。今、探していた所なんです」


 俺は照れくさくて、振り向かずに答える。


「そうですの。見つかって良かったですわ」


「「……」」


 会話が途切れ、二人に沈黙が流れる。


「ところで、試合はどちらが勝ちましたか?」


 俺は背を向けたまま、会話を続けた。


「あなたの、ご想像の通りです」


「勝ったんですね」


「えぇ。試合中、とても情熱的なエールを受け取りましたので」


 あの状態から勝ったのか。さすがだな。本当に敵わないよ。


「その絵、どうですか? どれも誠心誠意、心を込めて描いたんですが」


「どれも素晴らしいです。わたくし、絵のことは判りませんが、この絵を見ると、とても暖かい気持ちになれるの」


「お褒めいただき光栄です。その絵、俺の最愛の人がモデルなんです」

 

「……」


「だけど、俺の画力では、まだまだ彼女の魅力を引き出せていないし、日に日に魅力が増していくから、本当に画家泣かせなモデルなんです」


「……」


「俺はそのモデルを――貴女を生涯かけて、描き続けたいと思っています」


「……」


「だから――」


「結婚しよう プリムラ」

「アヤトッ!」      


 ――――


 アヤトとプリムラ、この先、二人に待ち受ける困難は計り知れない。


 だが、二人なら大丈夫。


 二人が恋に落ちたのは、運命なのだから

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【完結】異世界転移した画家志望の俺が田舎のプリンセスと運命の恋に落ちた件について 秋野炬燵 @zankouden

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