16 危険な内緒話



 教室へ入ると、中にいたクラスメイトの多くが私たちを振り返った。



「あっ、来たよ!」


「一緒に登校とか、マジで羨ましー!」


「オレも彼女ほしい」


「お前にはムリだ」



 ザワザワと雑談する声がこちらにも届くが、志崎君と私はお互い無言で自分たちの席に着いた。



 は、恥ずかしい。


 一緒に教室に入っただけで、こんなにザワつかれるなんて。

 もう皆、早く忘れて次のネタに移ってほしい。



 ふと視線を上げると雪絵ちゃんが黒板に近い方の出入口から自分の席の方へ歩いているところだった。


「あっ……」


 彼女に挨拶しようと立ち上がりかけた時、視界に違和感を覚え動きを止めた。


 何だろう? 視線を雪絵ちゃんから手前に移す。



 あっ。


 沢野君が机に突っ伏している。彼がそういった姿勢でいるのを初めて見た。

 珍しい。寝てるのかな?


 そう思ったんだけど、沢野君の隣の席にいる川北さんが彼の方をチラチラ見て心配そうな様子なのが気になった。


 彼女に聞いてみよう。

 沢野君が寝てた場合、起こしたらかわいそうなので小声で呼びかける。


「川北さん、川北さん!」


「あ……笹木さん、おはよう」


 呼びかけに気付いてくれた川北さんが振り向いた。


「おはよう! 沢野君はどうしたの? 寝てるのかな?」


 ひそひそ話をするように口の横に手を当てて彼女に尋ねる。


「あ……それが……」


 彼女は言っていいものかとためらうような仕草をした。


「ついて来てもらってもいいかな?」


 意を決した表情の彼女に、遠慮がちに廊下へと連れ出された。






 川北さんは背の低い小柄な女の子だ。トレードマークは丸い眼鏡。肩下まである髪を両サイドの低い位置で結んでいる。いつも本を読んでいる大人しそうな子、という印象がある。おっとりしている性格なようで、よく他の子に「天然だね」と言われていた記憶がある。


 彼女は廊下に人の気配がないのを確認するように辺りを窺った後、私に小声で教えてくれた。



「明良君、泣いてるの」


「えっ」



 驚いて普通に声を出してしまい、慌てて口を閉ざす。川北さんが人差し指を口元に立て「シー!」とキョロキョロしている。



「なっ、何で? どうしたの?」


 ひそひそ声で川北さんに尋ねる。


「うん……本人は隠してるんだけどね。私、全部知ってるんだ」


 辛そうな表情で俯く彼女。何があったんだろう? 深刻な内容なのだろうか。




「私、明良君と家が隣同士でね。小さい頃からよく二人で一緒に公園とかで遊んだりしてて」


 私と龍君みたいな関係……幼馴染みってやつかな?


「明良君の事、ずっと自分の弟みたいに思ってたんだけど……」




 うんうん頷きながら聞いていた。


 しかし話の内容に不穏な空気が漂い始めるのを、この時の私はまだ察知できていなかった。

 この時だったらまだ、聞くのを止めて引き返せたかもしれない。




「だから明良君が考えている事、大体分かる。明良君は昨日とても辛い事があって……ショックで夜も泣いてたんだと思う。教室に入って来た時の明良君、目が赤くて腫れぼったい瞼だったもの!」



 うん?



 理由もなく、何か嫌な予感がして頷いていた動きを止(と)める。

 彼女はそんな私にも気が付いていない様子で話を進める。



 あれ、何かこの先の話を聞いてはいけない気がひしひしとするような……。






「明良君は……ずっと好きだった笹木さんが志崎君に取られちゃったから悲しいんだと思う。失恋って言うのかな? …………この話は内緒ね。明良君にバレると、また怒られちゃうから」



 ……。



 思いがけず重大な秘密を打ち明けられてしまい、動けないまま廊下に立ち尽くす。



 川北さんはスッキリしたような清々しい笑顔をして「そういう事だから、よろしくね」と教室へ戻って行った。







 あれ? この話、川北さんから聞いてよかったのかな?








 呆然としている私の耳に、何やらヤバい台詞が刺さる。



「わぁ、すごい事聞いちゃった!」



 教室のドアの後ろに隠れていたらしい。雪絵ちゃんがひょいっと顔を出した。

 彼女はニマッと笑って教室の中へと姿を消した。


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