15 リスタート
朝、いつもの通学路をトボトボと辿る。
俯きがちに歩きながら昨日の事を思い返しては首を振ったり赤面したりしていたので、周りから見たらすごく変な子だったと思う。
私は怖気づいていた。
昨日志崎君と付き合う事になった。私がうっかり彼を好きだった事を本人の前で暴露してしまい、人生をやり直すどころか黒歴史として塗り潰してしまったかもと諦めかけた。けれど彼から好意を伝えられ「付き合おう」と言われた。私が呆然としている間にクラスメイトたちに祝福され、午後の授業が終わる頃には学年公認のカップルのように扱われていた。
皆、噂を広めるの早いよ!
確かに、私は志崎君の事が好きだった。でもそれは一度目の人生、二十代前半までだ。この二度目の人生で彼とは出会ったばかり。過去の気持ちを多少引きずっていて動揺したけど、もう好きにならないって決めてたのに。
しかしクラスメイトたちの反応や志崎君の明るい笑顔を思い出すと「誤解だ」と、とても言えない。
それに私はある可能性に思い至っていた。
彼は困っていた私を助けてくれたのではないか、と。
あのままだと私は大恥をかき、事あるごとに皆から噂のネタにされる程の黒歴史を背負う身となる筈だった。
だけど賢くもその状況を見越した志崎君が、自らを犠牲にして救いの手を差し伸べてくれた……つまり私の事を庇ってくれたのではないだろうか。
考えてみたらその説がしっくりくるように思う。
俯いて歩いていたら、いつの間にか歩道橋の前まで来ていた。
階段を上りながら思い出す。
昔……一度目の人生で志崎君とここでたまたま会った事がある。
私は嬉しくて自然と笑顔になったんだけど、好きなのがバレてしまうと思い必死に表情を抑えていた。
そして話しかける勇気もなく通り過ぎた。
絶対その時私……変な顔だった!
多分怒っているような顔だったんだと思う。彼はすれ違う時、妙な表情をして目を逸らした。
その日の事を後々後悔していた。普通に笑顔でいればよかったって。
過去の自分をフフッと笑ってから顔を上げた。
何気なく視界の先に捉えた人物に、目を疑い二度見してしまう。
あれ? あれは……。
数メートル先に道中ずっと考えていた人物がいた。
歩道橋の反対側から歩いて来る彼。
あの日と同じシチュエーションが目の前に現れて唾を呑む。
「笹木さん……おはよう。待ってたんだ、ちょっと話がしたくて」
「おはよう。うん、何?」
私は……笑えているだろうか?
突然の志崎君の登場に頭が混乱して、何故か過去のリベンジをするかの如く笑顔を作った。
あの日みたいに、自然に笑顔に……とはならなかった。それは彼の話の内容を薄々察していたから。
さっき考えていた通り、昨日の彼の行いは私を助ける為の善意だったのだろう。本当には付き合えないとかそういう話だと思う。心折れそう。たとえ嘘だったとしても、昨日彼がくれた言葉は胸の深くに響いたから。
志崎君は私の表情を見て顔を曇らせている。
やっぱり……。
良心が咎めて言い出し難いのかもしれない。彼はすごく優しいから。
私は内心振られる覚悟をしていた。
「あのさ……」
彼は視線を足元に移して言い難そうに言葉を紡いだ。
「昨日さ……付き合おうって言ったの……」
やっぱり……!
撤回されるんだ。…………でも大丈夫! まだ彼の事をそんなに好きな訳じゃない……多分。振られても一度目の人生の時よりは少ないダメージで済む筈。
私は下を向いて歯を食いしばった。
「返事をもらってないなって思って……」
ん?
「笹木さん昨日ずっと浮かない顔してたし、話もしないですぐに帰っちゃったし……。本当はオレの事好きだって言ってくれたの、何かの間違いじゃないのかなって……」
へへ……と苦笑いする彼。
「嫌だったら断ってくれてい……」
「嫌じゃないよ!」
思いがけず大きな声が出てしまって右手で自分の口を押さえた。
彼が驚いたようにこちらを見ている。
ここに来て長年の片想いが報われるとは思わなかった。
けれど何もかも遅すぎた。泣きそうになる。
一度目の未来ではそれぞれ別の人と結婚した。彼には二人、子供もいるようだった。ネットで偶然見つけた彼のブログで知った。その時に一度、この恋は死んでいるのだ。また彼に本気で恋をしてしまうのが怖い。
「付き合っても私、応えられないと思う。志崎君の事は好きだけど、他にも好きだと思う人がいて……」
たとえ一瞬でも……彼が振り向いてくれた事で、一度目に抱(いだ)いた私の想いはきっと安らかに眠れる。
「…………好きになってくれてありがとう」
精一杯の本心。
彼の顔を見れそうにない。だから逃げるようにその横を通り過ぎた。走ろうとしていた私の背に、志崎君からかけられた言葉がハッキリと耳に届いた。
「いいよ」
その意味に思考が辿り着いた時、信じられなくて足を止めてしまった。振り返った私に志崎君は苦笑した。
「笹木さんがそれでもいいなら。…………だから、無理に笑わないで」
一歩一歩、近くなる距離。
退く事も歩み寄る事もできずに、彼を見つめていた。
両手が繋がれて、瞳を見交わした。
そしてやっと、彼は晴れやかに笑った。
「今度こそ、よろしく! 笹木さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます