17 彼女の性質


 今の話……雪絵ちゃんに聞かれてしまった。



 終わった。


 雪絵ちゃんが誰かに話したら瞬く間に噂が広がり、私は女子の皆に敵だと認定されてしまうだろう。


 噂の相手が普通の男子だったらまだ救われる。残りの人生に希望が持てたかもしれない。

 しかし運が悪い事に……って言ったらすごく申し訳ないけれど、相手が『あの』沢野君なのだ。


 その存在の大きさにブルッと身震いする。


 毎年バレンタインにはチョコを百個以上もらい、ファンが多すぎて起こる諍いを取り締まる為の謎の組織『親衛隊』が水面下で沢野君の日常生活に支障が出ないよう守護していたり、必要以上に彼に接近する等の抜け駆けを禁止する掟があったりと、そこら辺の男子と比べたら彼のファンに八つ裂きにされそうな別格の人物なのだ。


 普通に会話したりする分には何も咎められないと思う。でも彼の好きな人が私であると知られればどうなるだろうか。


 私に未来はない。


 沢野君の浮いた話は今まで聞いた事がなかったので、今回の件と比較して参考にできる事例はなさそう。……だからこそ恐怖を感じる。


 ファンたちが噂を耳にしてどのように動くか分からない。私は九十九パーセント以上、身の危険があると予測している。



 沢野君に好かれているなんて、これっぽっちも考えていなかった。


 過去、幼稚園のプールの時間に私の所へ泳いで来てくれたのは、ただ単に知り合いだったからか咲月ちゃんと間違ったのだろうと思ってたんだよ! 心の中でそう結論付けて、その後深く考えなかった。


 まさか……まさかあの頃から………………なんて事はないよね、さすがに。


 まず沢野君が私の事を好いていると言う川北さんの話も上手く呑み込む事ができない。




 これから起こりうる未来の惨状を瞬時に思い描いてしまい気が遠くなりかけた。

 けれど、それもほんの僅かの間。


 何が何でも雪絵ちゃんを止める! それしか生き残る道はないように思えた。


 彼女を野放しにしたら、さっきの話が次の噂のネタになる事は必至。

 人々の興味が別の事に逸れるのを願っていたのに、次の噂も私絡み……しかも危険の伴うものになりそうな今。


 最悪の未来が確定してしまう前に手を打たねば……!















「雪絵ちゃん?」



 教室の奥の方……窓際で雑談している女子たちに近付いて行く雪絵ちゃんの肩を押さえた。慌てふためいていたので、いつものような名字呼びじゃなくてつい下の名前で呼んでいた。


「ちょっと話があるんだけど……少し時間をもらってもいいかな?」


 私がそう声をかけると、ゆっくり振り向いた彼女はニコッと笑ってこう返した。



「嫌だと言ったら?」



「おっ、お願いします! どうか穏便に……」


 雪絵ちゃんは必死な私を眺め、満足そうに目を細めた。





「嫌よ。私……何でか分からないけど、あなたの事が気に入らないの」





 そんな……!



 お願いを断られた事より、私の好感度が思っていたよりも低かった事にダメージを受ける。






「皆! 聞いて聞いて! 実は笹木さんって沢……」


「わー! だめっ! ダメダメダメ!」



 急に大きな声でさっきの話を暴露しようとする雪絵ちゃん。大慌てでその口を押さえる。


 クラスメイトたちの視線を浴びながら、無理やり廊下へと引っ張り出す。





 廊下で私の手を払いのけた雪絵ちゃんは、うっとりしたような表情で「うふふ……」と微笑んだ。


「取り乱したあなたを見てると何だか気分がいいわ。ここで終わらせるのももったいないから今日は黙っててあげる」


 彼女はそう言って満足げに自分の席へと戻って行った。





 あれ? 私……、彼女の何か厄介な性癖を目覚めさせてしまったかもしれない。



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