11 火種



 そして容赦なく時は放課後へと移る。



 クラスメイトの半数以上は下校した。教室に残っている人は十人より少ない。

 沢野君や志崎君も先に帰った。


 帰り支度も済んでいる龍君が席を立った。私に心配そうな視線を向けてくる。



「鈴谷、まだいたの? 私たちはこれから二人だけで話があるから、また明日ね~」


 咲月ちゃんが龍君に手を振っている。


「……笹木さん、またね」


 龍君は咲月ちゃんを睨んだ後、私に小さく笑みを残して教室を出た。





「本当、かわいくない奴!」


 龍君が閉めた引き戸に悪態をついている咲月ちゃん。眉を吊り上げたまま私の方へ向き直った。


 自分の椅子に座っていた私だけど、彼女が身を乗り出してこっちへ迫って来るので反射的に背後に仰け反る。


「由利花ちゃん。私たちの間に隠し事はなしだからね?」


 顔を寄せた咲月ちゃんが声を抑えて聞いてくる。



「好きな人がいるでしょう?」



「っ……」


 予測通りの質問だけど……。


 結局散々迷って何て答えていいかもっと分からなくなり、もういっそ思っている事を正直に話そうと決めていた。


 但し人生をやり直している事は言えない。言ってしまったら以降、皆から変人扱いされる事は必然。間違わないよう慎重に言葉を選ばないと。



「う、うん」



「~っ!」


 私の返答に、息を呑むように目を見開く咲月ちゃん。



「そんなあっさり白状するとは思わなかった……! いつから好きなの? 志崎君の事……!」



 生き生きとした瞳で尋ねられて申し訳なく思う。でも、これだけは言っておかないと。


「あ、えーと。志崎君じゃないんだけどね」




 咲月ちゃんの動きが止まった。


「え? うそ。じゃあ誰が好きなの? ……まさか」


 彼女の顔から笑顔が消える。






「私、知ってるよ?」






 突然、割り込んできた声に横を向けば…………前の方の席からこちらを向いて意地悪そうな笑みを浮かべる人物がいる。……雪絵ちゃんだ。



「たまたま見ちゃって。笹木さんと鈴谷君がただならぬ雰囲気で密会してるとこ。あれは…………キスしてたのかも」






『え?』






 教室に残っていた雪絵ちゃんを除く全員が口を揃えて聞き返した。


「待って! 頭が追い付かないよ。由利花ちゃんの好きな人は志崎君じゃなくて鈴谷で、二人は両思いでもうキスまでする仲って事?」


 咲月ちゃんが自らの額を押さえて雪絵ちゃんに確認している。


「さあ? 友達なのに聞いてないの?」


 ニヤッと笑う雪絵ちゃん。



 そうだ。三十七歳の雪絵ちゃんは大分丸くなっていたんだけど、仲良くなる前の雪絵ちゃんは随分と尖った性格だったのだ! そこもかわいいんだけど……。



 教室の奥の方にいた数人のクラスメイトたちがこちらに集まって来る。



「そこのところ、詳しく教えて!」


「二人、いつから付き合ってるの?」


「キスって、早くない?」



 私と咲月ちゃん、雪絵ちゃんのほかに五人程増えたメンバー。皆、お喋り好きそう。



「皆、落ち着いて」


 私は彼・彼女らを宥めようとした。



「私が好きな人は、志崎君でも鈴谷君でもないよ。…………他校にいるの」


「えっ? じゃあ、鈴谷君とは付き合ってないの?」


 女子の一人がおずおずと聞いてくる。


「付き合ってないよ。幼馴染みで家が近いけど。そんな……キスなんてする筈ないよ」


「……なんだ」


 尋ねた女子ではなく、咲月ちゃんが呟いた。

 今までの強張った面持ちと違い、ホッとしたように表情を和らげている彼女。



 えっと、もしかして?



「咲月ちゃん……鈴谷君の事、好きなの?」


 思わず口にしてしまった。皆一斉に咲月ちゃんを見る。


「ち、違う違う!」


 彼女は否定したけど、否定すればする程怪しく見えてしまう。



 ごめん咲月ちゃん……飛び火した。



 それにしても意外だ。咲月ちゃんが龍君の事を? そういえば二人、仲が悪そうでいて結構息の合ったコンビだと思う。


 でも、うーん。


 何か違和感がある。認めたくないような。




 二人の事が大好きだから、私との関係以上に二人が仲良くなるのが……寂しいと思ってしまう。










 お喋り好きなクラスメイトたちとの話は、やって来た先生に下校を促されるまで続いた。


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