12 いつも傍にあるもの
「いい? 今日話した内容は絶っ対! 誰にも言わないでね! 特に、鈴・谷・には!」
咲月ちゃんが語尾に力を込めて、この場にいる全員に向けて言い渡す。大層ご立腹なようだ。
私が「鈴谷君の事、好きなの?」とつい口を滑らせて聞いてしまったせいで……。
咲月ちゃんは違うと否定していたんだけどどうしても照れ隠しにしか見えなくて、友達として長い付き合いの私まで彼女の言葉を信じる事ができなかった。
彼女はそれがとても頭にきたようだった。
「今日は一人で帰る!」
咲月ちゃんにそう言われ、学校の前から別々に帰った。
去り際、彼女は「由利花ちゃんにはがっかりした」と悲しそうな顔だった。
「……ごめん」
もう歩道橋の向こうにも彼女の姿が見えなくなってから、独り呟いた。
とても酷い事をしたと今になって思う。
彼女の言葉を、何でもっと大事に受け止めてあげなかったんだろう。
さっきいたメンバーの中で一番、咲月ちゃんの味方は私の筈だったのに。
彼女の言っていた通り、私も自分にがっかりしていた。
咲月ちゃんにあんな顔をさせてしまった。
今まで弱気な彼女を見た事がなかったので胸に大きな衝撃があった。
……明日の朝、すぐに謝ろう。
少しのすれ違いでも、放っておくと取り返しのつかない別れへと繋がる事がある。
一度目の人生で、龍君とケンカ別れしたみたいに。
一人で帰るいつもの見慣れた道。
心に隙間ができたように喪失感があって、今までそこにあった温かいものの存在を実感させた。
次の日早めに登校し、教室で咲月ちゃんを待っていた。
クラスメイトが次々と登校してくる中、龍君と志崎君が話をしながら教室に入って来た。
既に教室にいた生徒たちが僅かにざわついた。
その少しだけいつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、龍君が出入口付近で足を止める。横を歩いていた志崎君は気付いていない様子で数歩そのまま進み、足を止めた龍君を振り返った。
「どうかした?」
そう志崎君に聞かれた龍君は教室を見渡して少し睨むような素振りをした後、志崎君に「いいや別に」と返して自分の席に着いた。
「おはよ」
彼は座る直前、私と目を合わせ笑顔を見せた。
「おはよう、鈴谷君」
私も笑顔で挨拶を返したかったけど、咲月ちゃんとの事があって心から笑えなかった。
「おはよう笹木さん」
「おはよう、志崎君」
隣の席で朗らかに笑いかけてくれた志崎君にも、いつもの半分も笑えていないぎこちない挨拶をしてしまった。
「笹木さん、何かあった……?」
龍君に尋ねられた時、彼の後ろにある教室の出入口から咲月ちゃんが入って来た。
「咲月ちゃん!」
立ち上がった私は無言で席に着く彼女に話しかける。
「昨日は本当にごめん! 私、咲月ちゃんの事……」
「昨日の話はしないで」
静かな彼女の口調は、けれどそれ以上二の句が継げないくらいの凄みを含んでいて私は何も言えずに立ち竦んだ。
それらのやり取りを遠巻きに見ていた生徒たちが何かひそひそと話をしている。時々「三角」「四角」「いや、五角関係のもつれ」といった言葉が聞こえてくる。
昨日、咲月ちゃんがきつく口止めしていたけど『秘密』が『噂』になる事は分かっていた。皆、お喋りが好きそうな子たちだったし仕方ない。
「ねえ、昨日何かあったの?」
周囲を見回していた志崎君が私に聞いてくる。
「さっき別のクラスの奴に『ドンマイ』って肩を叩かれたんだけど。先生にも。……何でか知ってたりする?」
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