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ガチガチに震えながらパンケーキを運ぶ。『弱虫』返上どころか肯定している自分が情けない。
いや、大丈夫。俺にもできるはずだ。是が非でもやらなければならない。これは償いなのだから、やり遂げなければならない。
深い谷底へ落ちていきそうな気持ちを、必死に押し上げる。
けれど、気を抜けばすぐに弱気になる。
だって……この喫茶店で働いている店員は、皆が皆イケメンだからだ。
俺の心が折れるのも致し方ない。
甘楽は今さら言うまでもないが、整った顔立ちをしている。男装をした甘楽はさわやかなイケメンくんだ。
上総さんは物腰が柔らかく妖艶で、男の色気がムンムンしてる。でも笑った顔が優しくて癒し系のイケメンだ。
余市さんはすっきりとした顔立ちで、どこか近寄りがたい印象のクール系のイケメンだけど、クシャっと笑う姿は少年のようで親しみやすさも兼ねそろえている。
穂国さんは程よい筋肉が男くささをかもし出しているワイルド系。一見怖そうだけど、いたずらを仕掛ける子どものように目を爛々と輝かしている表情は無邪気で見ているこちらまで楽しくなってくる。
多紀さんは童顔で可愛らしい印象があり少年ぽい印象があるけど、ときどき見せる真剣な表情は男を感じさせるアイドル系。
そんなイケメンぞろいの店で働いている俺。
気軽に『働きます』と言ったはいいが、身の置き所がない。
自分はどんなに盛っても、中の下。イケメンの部類にはほど遠い。
この店に来る客は美味しい料理を求めてくるのはもちろんだが、見目麗しい店員目当ての客も多いだろう。そこへ、自分みたいな標準にも満たない野郎が、料理を届けても喜ばれない。
ヘタをすればハズレを引いたと、ガッカリされるのがオチだ。
「そう緊張せずとも大丈夫ですよ。君はとっても魅力的です」
そう言って励ましてくれるが、イケメンの上総さんに言われても説得力はなく、自信喪失するだけだ。
しかも問題はメニュー名だ。
口の中で何度もメニュー名を繰り返す。
『あなたへの想いで膨らんだ、パンケーキ』
あ――――、恥ずかしい!
先ほど、メニュー名を言わずにお客に出したところ、ナイフが飛んできた。
寸でのところで上総さんがナイフを払ってくれたので刺さらずに済んだけど、確実に俺の心臓を狙っていた。
けれど、ナイフを投げてきた余市さんは、殺意どころか殺気さえも感じさせない笑顔を浮かべている。
かえってそれが恐怖を倍増させることに、本人気付いているのか……。
客に当然ナイフは見えていない。
それをいいことに、ちょっとでも俺がズルをしてメニュー名を言わずに差し出そうとすれば、容赦なくナイフが飛んでくる。
震えるなというほうが無理だし、笑顔も引きつる。
「やりたくないなら、邪魔だから帰れよ」
苛立たし気に甘楽に言われ、さらに落ち込む。
帰りたいが帰るわけにもいかない。まだイチゴの『い』の字も返済できていない。
がんばれ俺。
負けるな俺。
自分を鼓舞し、いざ出陣。
「あ……あなたへの想いで、ふ、膨らんだ……パ、パンケーキ……です」
少し引きつってはいるが、何とか笑顔でパンケーキを届けた。
母親と同じくらいの女性客がクスリと笑った。
「あら、新しいバイト君? なんか初々しいわね。がんばってね」
ガッカリされると思っていたので、思わぬ励ましを受けジーンとした。
「あ、ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」
一度壁を乗り越えればなんのその。抵抗が薄らいでいく――というより、目まぐるしい忙しさで躊躇している暇もなかった。
気付けばバイトを終了する時間になっていた。
「宗介君、今日はありがとうございました。とっても助かりました。イチゴの代金以上に働いていただいきましたね」
上総さんが申し訳なさそうに言った。
最初は恥ずかしさと、後ろめたさと、みじめさで、自分にできるか不安だったが、やり遂げた今は言いようのない充実感があった。
「いいえ、こちらこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。俺なんかで役に立ててよかったです」
「今日のまかないは特製ハンバーグドリアだ」
穂国さんがテーブルに料理を並べた。
「じゃあ、俺はこれで」
そう言って店を出て行こうとすると、穂国さんが引き止める。
「君の分も作ったのに、食べて行かないの?」
「え? 俺の分も作ってくれたんですか?」
思わぬ言葉に驚いて尋ねると、穂国さんがニッコリほほ笑んだ。
「当然」
だが、甘楽はあっさりと手を振ってくる。
「お疲れ~。じゃあ、これはオレが食べてもいいでしょ。」
甘楽が笑顔で俺の分の料理を自分の方へ引き寄せた。
「こらこら、これは彼の分だ。さあ、座って。聞きたいことがたくさんあるんじゃないか?」
またしても心を読んだかのような余市さんの言葉に、ドキッとする。
俺の中にある『質問ボックス』は容量をオーバーし、溢れだしとっ散らかってる。だから、ひとつでも疑問を片付けたいのだが、甘楽と俺はこれでバイトは終わりでも、上総さんや余市さん、穂国さんや多紀さんはまだ仕事がある。
疑問になど答える暇はないだろう。そう思っていたが、
「今日は、八時で店じまいするんよ。月に二回、不定期やけど早じまいするんやけど、早じまいする日は大抵今日みたいにメッチャ忙しくなるんよ。ホンマ助かったわ。さすがに豆腐小僧に手伝ってもらうわけにはいかへんからなぁ」
と、多紀さんが俺の疑問に答えてくれた。
確かに客はひとりもいない。
どうして自分はこんなに心を読まれてしまうのかと不思議に思っていると、上総さんがクスクス笑った。
「宗介君は、とても素直なんですね。甘楽も君くらい素直だったら、君の頭の中の疑問も増えなくていいんでしょうけれど」
そう言って、上総さんが甘楽の頭をポンポンと叩いた。
「ねえ、そんなことよりお腹空いた。もう食べていいでしょ?」
甘楽が唇を尖らせた。
「ほら、座って、疑問は食べながら解決すればいいんじゃない?」
そう言って、余市さんが椅子を引いてくれた。
ハンバーグドリアのいい匂いが鼻をくすぐる。
けれど、上総さんの分だけ量が少なめのハンバーグドリアとてんこ盛りのデザートが置かれている。主食とデザートの量が逆だろ、と突っ込みを入れたくなるほど、明らかに比率がおかしい。
「それ、全部上総さんが食べるんですか?」
甘いものが苦手な俺は、山盛りのスイーツを見ているだけでも胸がムカムカしてくる。
「スイーツに囲まれてお酒を飲むのが、私の至福のひとときなんです」
思わず顔をしかめてしまうが、上総さんは事もなげに言い切った。
人は見た目では分からないとはよく言うが、上総さんは渋くしっとりとお酒を飲みそうなイメージを勝手にもっていただけに、イメージを崩された感は否めない。
「ほんま変わってるやろ。スイーツを酒の肴にするやなんて、胸焼けしそうだけど、俺の作ったスイーツ食べて幸せそうな上総君を見ると、こっちも幸せな気分になるから不思議やわ」
多紀さんが本当にうれしそうに口元を緩ませた。
「甘楽の食べっぷりも負けてへんけどな。こないに細っこい体のどこにそないに食べもんが入って行くんかほんま分からんわ」
「甘楽は満腹状態に近い時でも美味しいそうに食べるから、作り甲斐がある」
そう言って穂国さんがニカッと笑うと、余市さんもつられたように笑顔になる。
「こっちは二人を見ているだけで、お腹いっぱいになるけどね」
「「確かに」」
余市さんの言葉に多紀さんと穂国さんが納得した。
昨日今日会ったばかりの自分が、たかだか数時間一緒に働いただけで、仲間に加われるわけがないのだが、この五人の何気ない会話を聞いていて、心の奥深くに羨望のさざ波が立った。
みんなの笑顔を見ていると、否が応でも疎外感を抱いてしまう。
すると、俺のズボンの裾を引っ張るモノがいた。
「助けてくれてありがとですぅ~」
顔の大きさとほぼ同じ大きさのイチゴを一粒、豆腐小僧が差し出してきた。
「あ、いや、その……」
「ひゃへいにょちゅほいじゃがりゃ、ふへほへば」
戸惑う俺に、甘楽が声をかけたが、スプーンを加えたまましゃべったので、何て言ったのか全く分からない。
「謝礼のつもりだから、受け取れば、と言っているようです。犬に吠えられているところを助けてくれたそうですね。ありがとうございます」
上総さんが甘楽の通訳をしたのちに頭を下げた。
「え、あ、はい、えっと、わざわざどうも」
俺がイチゴを受け取ると、嬉しそうにニッコリ笑った。
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