ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

@zin90bo

ボーンネルの開国譚1

第1話 ボーンネルの開国譚

『何か』がぽっかり空いた夢を見た。でももう、なくなってしまったその『何か』はわからない。

無くなった『何か』を掴もうとするかのように手を伸ばしたが、そこにはもう何もなかった。ゆっくりと目が覚めると体の全身が暖かくて心地よかった。そしてなぜか······懐かしかった。


二度寝をしようとした少女の真っ白なほっぺたを小さな狼が鼻でツンツンすると、少女はもう一度ゆっくりと目を覚ました。ガルというその狼は綺麗な毛並みで小さくかわいらしい体をしている。その少女、ジンは純白の長くて綺麗な髪をなびかせて起き上がるとガルが右足に抱きついてきた。そしてしばらくガルをわしゃわしゃした後、胸の高さまで抱きかかえて立ち上がる。二人が住む小さくて白い家の前は小さな墓石が立っており、その墓石にはまるで紫や白のドレスを着たような美しい花々が彼女を見守るように綺麗に添えられていた。



ジンが住む国の名前はボーンネル、ある英雄が眠る国である。


「ゼフじい、おはよう」


「おはようジンよく来たな、ガルもおはようさんゆっくりしていおいき」


ゼフはまるで孫に話しかけるように優しい口調で、そして笑顔でこたえた。それにガルも軽く吠えて挨拶した。

ゼフは鍛冶屋を営んでおり、ボーンネルのジンの住む地域で唯一の鍛治職人だ。ジンは物心がついた頃には両親を失い、それからジンはこの世界の成人年齢である16歳までゼフに育てられたのだ。そのためゼフとジンは実際に血は繋がっていないものの本当の家族のような関係になっている。


「ロードの調子はどうだ? 何かあったらいつでも持ってくるんだぞ」


「大丈夫、今は家で休んでるよ」


ロードはゼフじいが作成してくれた私専用の武器だ。ロードは『意思のある武器』と呼ばれ、武器自身が意思を持ち所有者とだけ会話をすることができる。意思のあるものは武器だけでなく道具もありいずれも再起不能等の条件を満たすと、ある世界に帰る。そして『意思のある武器』と『意思のある道具』を使うには二者間での契約などさまざまな条件が必要となるのだ。


ジンがゼフの家でゆっくりしているとそこにカラカラと音を鳴らしながら誰かが入ってきた。その人物はコッツという名前でガイコツの見た目をしている。ちなみにジンが生まれる前からずっとボーンネルに住んでいる。

コッツはジンとガルに丁寧に挨拶するとゼフに話しかけた。


「ゼフさんここの腕の骨にヒビが入ってしまいまして、新しいものをもらえますか」


そう言ってコッツはヒビの入った右手の骨をゼフに見せた。コッツの骨は頭の先から足の先まで全て取り外し可能であり壊れるといつもゼフの元へと来るのだ。


「こりゃあまた派手にやらかしたなあ、取り替えられるからって無茶するなよ」


ゼフは優しく笑うと奥から骨を取ってきてコッツに取り付けた。コッツはよく骨を壊してしまうので、ゼフの鍛冶屋に骨のストックが置いてあるのだ。


「いえいえ、ご心配には及びません。先ほど薬草採集で森に入っていたんですがガーグに攻撃されましてね、いやあお恥ずかしい」


ガーグは小型の魔物で多くの地域に生息している。

現在確認されている魔物は人間により設立された「中央教会」により上からG、S、A、B 、C、Dとランク付けされており、ガーグはDランクに指定されているがガーグの上位互換であるガーグナイト、ガーグロードはそれぞれCランク、Aランクと定められている。


「あっそうだ! クレースに呼ばれてるんだった」


「クレースさんにお呼ばれとは羨ましいですね、いやぁ私もお呼ばれされてみたいです」


ガルは呆れた顔でやれやれとしている。


「そうか、気をつけてな」


「うん、また来るね」


そしてジンはガルを抱きかかえてクレースの家に向かった。


クレースとは獣人の女性である。少し短い耳を生やしてふんわりとした尻尾をもっており、それに加えて綺麗な顔立ちをしているので、ジンと一緒に歩かない限りは誰もがその容姿に釘付けになる。しかし普段から怖いオーラを出しているため、口調もあいまって初対面の人からは恐れられることが多い。しかし仲間に対しては信頼を置いており、特にジンのことを家族のように思っており、ジンの容姿から性格全てを本当に愛してやまないのだ。


ガルと鍛冶場を出るとクレースの家に向かった。クレースの家はいかにも武士らしい家で、私の家のすぐ近くに建っている。私が一人暮らしを始めると言った時は自分の家に住まわせると言ってゼフじいの家から寝ている私を抱きかかえ翌日なぜかクレースのベッドで眠っているということがあった。でも、結局ゼフじいに説得してもらい何とか近くに家を建てるということになったのだ。


ジンがクレースの家に向かうその頃、クレースは一人でソワソワしていた。


(あっああぁどうしよう······ジンが来るっ! 向かいに行くべきか、いや私の家のドアを開けて入ってくるところがかわいいんだ。だが、誰かにつけられてでもしていたら)


クレースはジンが家に来るのをわかってはいたが心の中ではどうにかなってしまいそうだった。彼女は普段クールキャラを装っている。しかしながらジンのこととなるといつも冷静な判断ができないでいるのだ。


そこにガラガラと扉が開く音がした。


(きたっっ!)


普段から聴き慣れた扉の音、いまかいまかと待ち侘びていたその瞬間がついに来たのだ。そしてクレースは居間から扉まで一瞬のうちに移動する。


だが······


「お・ま・え・かいッ!」


「ぶおぅっっ!」


クレースは目の前の人物を確認するなり持っていた刀で地面に叩き潰した。


「なにすんだよッいきなり! 痛えだろっ!」


来たのはジンではなくトキワという男だった。トキワはクレースよりも少し年上ではある武人であるが、クレースからは下に見られている。


「紛らわしいわクズが、お前など家に招いてないだろうが!」


クレースはゴミを見るかのような目でトキワを見下した。


と、そこにガルを抱きかかえたジンが入ってきた。その瞬間クレースは目を煌かせてトキワを突き飛ばした。だがそんなことはお構いなくクレースはジンに素晴らしいほどの笑顔で話しかける。


「よっよく来たなジン。

 朝ご飯はしっかり食べたか?

 どこか怪我してないか?

 具合は悪くないか?

 誰かに変なことされてないか?

 来る途中誰かにつけられなかったか?」


クレースはこれでもかとジンに質問をする。


「もうっ、大丈夫だって。それでどうしたの?」


少し拗ねて顔を膨らませるジンにクレースはキュンとする。


(きゃっ、きゃわいい!)


クレースは感情を隠しきれずにふわふわのしっぽをふりふりする。


「そ、そうであるな、すまない。どうも最近シュレールの森でBランクの魔物が多く見られるのだ。私が様子を見てくるから今はあそこに近づいてはいけないぞ」


「Bランク? あそこの森って最高でもCランクまでしか出たことないよね?」


「ああ、私も初めは信じられなかったがあそこのバカが珍しく真剣な顔で相談してきたのでな」


クレースは泡を吹いて倒れているトキワを一瞥した。


「インフォルからの情報は?」


インフォルとはもぐらの姿をした魔物で、情報収集に長けている。魔物ではあるが会話もできてジンが小さい頃からこの地域の地下を住処としている。


「インフォルにも確認したが、シュレールの森でBランクの牙蜘蛛が確認されたそうだ。奴の情報網なら確かだと思うぞ」


「じゃあちょっとガルとみてくるね」


「ダメだ。ジンに何かあったらダメだろう」


「大丈夫だよBランクくらいのなら、ガルもいるし」


「いいや、ダメだ。ジンが行くくらいなら私が今からワンパンで倒してくる、ワンパンでな」


初めからジンに行かせるつもりはなかったが、ただジンに会いたかったがために家まで呼んだのだ。


「まったくぅ、わかったよ」


(きゃ、きゃわいいっっ)


ふてくされるジンに、しっぽを揺らし耳はピンっと上がってクレースは興奮する。だが、視界にトキワが入るとすぐに真顔になって口を開いた。


「お前はいつまでここにいるんだ!」


トキワはビクっとなるとすぐに立ち上がり、


「じゃ、じゃあ俺もクレースと一緒に討伐しに行こうかなぁ」


と焦って言った。


「来るな不法侵入者が。ワンパンと言っただろうが」


「す、すみません」


(トキワは本当は強いのになんか可哀想だなあ)


「まっ、待ってくれジン、わたしを見送ってはくれないか?」


「気をつけてね······怪我は絶対にしないで」


ジンは心配するように、でも笑顔で送り出した。


(まったく本当に……かわいい)


そうしてクレースは刀をたずさえたままシュレールの森まで全速力で向かった。


「大丈夫かね……魔物」


トキワは今頃ワンパンされているであろう魔物に手を合わせた。

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