第1話 魔王は燃えているか

「うっわまじありんだろこれ」


本棚や棚はあるが物が溢れかえってちゃんと収納されておらず、地面にも転がっている始末。

掃除もしていないのかペットボトルも少しだけ残ってたり空だったりするのが散乱している。

カーテンは締切り、電気はつけてない薄暗い部屋でパソコンの明かりだけが灯る汚いこの部屋で、ヤスノリは口汚く罵りながらキーボードを叩いている。


「いやいやいや。だからこの作りは名作のパクリが複合されてるってだけで、そんなに真新しいシーンでもないだってば!」


そう言いながらタイプした口汚い言葉の羅列に、相手が返してこないことに小さな勝利を感じ取り、前のめりに座っていた椅子に深く体を押し倒した。

優越感に浸っていると返信されてきた言葉に苛立ちを隠せずに机を叩いた。


「いや好みは人それぞれって、俺の好みじゃないから俺はそう思わないってコメントしてて、それに突っかかってるのはお前だろうがよぉ!」


と怒りのままにタイプしようとしたが、その言葉を擁護するような言葉が続々と出てきて、寧ろ変なのに絡まれて可哀想だのお疲れ様だの口々に言う。

コメントが流れてくるのは全て俺が悪者、相手が絡まれた可哀想な人という構図にしかなっていない。

ふざけるなよ、俺が絡まれたってのに。

そう悪態をついてパソコンを蹴り飛ばした。

音を立てて落ちたパソコンは光を失い、ジリジリと機械の中の物がショートしたような音を立てている。

火事にはなりたくないので起こすと、パソコンの表面は割れ、後ろもヒビから開けられそうになっていた。

もう使い物にはならないだろう。


「………ほんとクソだな」


中には取り溜めた秘蔵の神絵師イラストやら貯めに貯めまくったアニメたち、構想を練っていたライトノベルの設定があったが全てオジャンだ。

まあライトノベルの設定は面白いと自負しているけども6年間、少しも書こうとはしてない代物ではあるけども。

パソコンを壊したのだが、罪悪感などなく、寧ろさっきのTwitter民どもに弁償させたい感情しかなく、イライラがより募っていた。

何で俺の好き通りにことが運ばない、と。

小学校の時、かけっこはビリだったし勉学も入御は真面目に受けてても下から数えた方が早かった。

中学校の時、好きだった女の子に告白したら悲鳴を上げられて泣かれ、次の日にはそれが広まっていた。

高校の時、オタクだってだけでヤンキーたちにパシリとして使われていたので途中から行かなくなった。

この世は俺が主人公じゃないのかよ! 何でもうまく行かせろよ! そう嘆き、気付けば家から一歩も出ない引きこもりだった。

いやこれは世界が悪い、社会が悪い、家が悪い、周りが悪い、俺は悪くない。

口先だけはライトノベル作家になるからと言いながら、作品だって作ったことがない。

他に面白い物があるのが悪いんだ。

毎日のようにそう回想してイライラが募るのだが分かっていても辞められない。

自分は悪くないんだと思い込みたいのだろうと思われる。


「……ションベンしよ」


そういえば朝からトイレに行ってない、と言っても時間表示をやめさせているパソコンしか無く、時計や日の光はしばらく見てないせいで朝かは知らないけど、起きてからはトイレに行っていないことを思い出した。

明日から立ち上がり、椅子を蹴り飛ばしてドアに進もうとしたが、物が散乱していて真っ直ぐにドアには近付けそうにもなかった。

なので壁に沿って歩こうと一歩を踏み出した時

ガツン


「~~~~~~」


声にならない悲鳴を上げた。

箪笥の角に小指をぶつけたのだ。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いそう思いながら片足で跳ね回っていると何かを踏んづけてすっころび、今度は

ガツンッッ!

と棚の角に頭をぶつけた。

あまりの痛さに悶絶をさらにしようとしたら、Blu-rayBoxの4クール分あるら重さのボックスが落ちてきて、その角が丁度こめかみにヒットした。

痛みの三重苦からか、意識が朦朧とし始めたヤスノリは、ああぁ、気絶するのか。などと思っていると、股間あたりが急激に暖かくなっていく。


「(げ、俺トイレに行こうとしてたんだった! うわ、ちょっと意識ハッキリしてきたんだけ!! ん、体は動かないし、目は開かない。何かどんよりとした気怠さがどんどん重たく… え!? 意識あるのに気絶するの!?どう言うことだよ! こんな情けない気絶とかないだろ! いいから起きろよ俺ぇ! 意識があるんだから気絶しないとオイラは思ってるんだよぉ! 何か目が開かないから暗いしなんかベトベトするし、体うずくまってて少し腰痛いし! お、動かし難いけど手が動かないこともないな。取り敢えず起きれないんだからババアとかに見つけてもらう必要があるし周りを叩いて音出さなきゃ…… あれ、俺の部屋色々散乱してたと思うけど壁にしか手が当たらないな。もういいや、壁を叩こう。動かし辛いけど目一杯叩けば音ぐらい出るはずだ。おりゃぁ!)」


パリン

壁を叩いたとは思えない音が聞こえてくると同時に、目を瞑っていても分かる光。

ヤスノリは壁を壊したのかと、俺すげぇ怪力じゃんなどと考えていたが、ガヤガヤと外の音が聞こえてきたところでおかしいことに気付いた。

漫画のキャラじゃないから人の気配なんて分からないが、ガヤガヤする声はどう考えても1人2人の量ではない。

家にそんな来客は無かった筈だ。

もしかして引きこもりを無理矢理連れ出すとか言うあれなのか、と身構えたものの、体はうまく動かせないままなのでここは助けを求めつつ彼らには今日は向いていないと思ってもらおうと思い直し再度壁を叩く。

パリンッ!

さっきよりも砕けたのか大きく光が舞い込んできた。ガヤガヤした声はヤスノリが思っている以上に多い気がする。

パリンッ!

ついに壁から手が飛び出るぐらいまで叩いた。

同時に手を掴まれて引っ張り出されたヤスノリは抵抗したかったがチカラがうまく入らず引きずられるように外へと引き出された。

太陽が眩しく、多くの歓声が響き、ねっちょりとしたローションのような液体を洗い流すかのように水をかけられる。

ここでようやくヤスノリは目を開けられた。

眼前には黒い肌をした長身で細マッチョなイケメンたちが並び、みな耳が尖っている。

歓声をあげていたのも肌が浅黒く、耳が尖った美男美女だらけ。

また、日陰ゾーンには肌が白いと言うか青白く、サングラスや日陰の下で日傘を指すような人たち、みな貴族とでも言うのか気品ある人たちが静かにスタンディングオペレーションして拍手している。


「……は?」


もちろん状況が掴めぬヤスノリであるが、思い当たる節が一つ。

現実ではないと思っていた異世界転生って奴ではと頭をよぎる。

が、神とかそう言う存在に会ってないし、チート能力だって貰えてるのか定かではない。

何より、目につくのは男ばかりでハーレムにならない状態だ。

悪い夢か何かだと思いつつ振り返ると、さっきまで自分が入っていたのは人の背丈よりも高く大きい卵であることに気付く。


「…………なんだこれ。死後の世界的な? あ、異世界転移?」

「お目覚めお待ちしておりました御子息様」


近くにいた、40代のイケオジみたいな浅黒い肌をして耳が尖ったイケメンに声をかけられて思わず身をびくつかせたヤスノリを見て、イケオジは温和そうな笑みを浮かべた。


「我々は貴方様の味方です。安心してください」


意外にも低音な声のせいか圧迫感は否めないが、ヤスノリに危害を加えようとはしていない、と感じ取れる雰囲気はあった。

寧ろ周りを見れば歓迎をしているようにも見える。

しかし、ヤスノリはまだ安心できていない。

背後にあったのは巨大な卵。

異世界転移というよりも異世界転生なのだろうと察知するのには多少のパニックがあったから時間はかかったが、何となくは理解出来た。

そしてそこから出てきた自分は一体何に転生したのだろうか、と。

体を見た感じは人型なのは間違いない。

手足も今までいた世界比べると長くなってる感じはある。

が、問題は顔だ。

爬虫類だからとカエルとかそう言う顔してても嫌だし、かと言ってリザードマン的なドラゴンの顔していても嫌だ。

顔が牛みたいな被り物の悪魔とかでもちょっと困る。

つまるところ人間と同じがいいのだ。

目の前の長耳でも問題ないし、日陰にいる気品がある青白い肌の人たちでも構わない。

人型が良い、その一言に尽きていた。

いや異形を忌み嫌う程の性格はしていないけど、自分のこととなると出来れば人型がいいなぁと思うものなのだ。

しかし、鏡なんて都合よくおいていないし、ガラスを見当たらない。

いや、よく周りを見渡せば廃墟となったボロボロのお城の大広間のようだ。

最も、3階以上の半分は消し飛んでいるのか空が見えるし、窓も吹き抜け状態。

敷いてあったであろうカーペットは風化してもはや泥と一体化している。


「…………えっと、状況がまるで掴めないんだけど」

「そうでしょう。では、一族の代表者とともに話をしますので此方に。おっとその前に、誰か、用意していた服を」


渡された服は細マッチョなイケメンたちなら似合うようなヘソだしな服から青白い肌をした人たちが来てるような黒いローブで覆われた礼服まである。まだ礼服の方がマシかと思い、ヤスノリは黒い礼服を手にした。

下着の文化はちゃんとあるようで安心しつつ、着替えるものの、礼服なんて着たことがなく、誰も手伝ってくれなかったのでかなり着崩した感じになってしまった。

着替えたヤスノリを迎えた浅黒肌のイケオジは地下への階段へとヤスノリを誘導した。

一抹の不安どころかニ抹、三抹の不安しか無い中、ヤスノリは行くしか無かった。

地下の入り口に差し掛かったあたりで、完全にホラー映画のイベントシーンになるのが見え見えな場所という感想しか出てこなかった。

壁には血飛沫の後のような黒いシミが数多くあり、降りていく階段も所々重たい何かがぶつかって欠けているようだった。

イケオジがどんどん降りていくので着いていくしかなく、最下層にまで着いてしまう。

最下層は半分扉の意味をなしていない木の扉があり、イケオジは開いている側から半身にしながら扉を通った。

ヤスノリもそれに倣って中に入ると、岩で覆われ、下には魔法陣が描かれ、机と椅子があるだけの簡素な部屋だった。

気品のある、黒いマントを羽織った青白い肌をした老人が1人、入ってきたヤスノリを見て目を細めた。


「これはこれは。2代目様の面影を感じますな」

「リナウド卿は毎度言いますが、2代目様に思い入れが強すぎませんかね」

「すまぬな。1番可愛がっておったせいか他と比べてしまうんじゃよ。老人の戯言だと笑っておくれアーロイ殿」


ヤスノリはますます訳がわからず、挙動不審にあたりを見回す。

それでもここは地面に描かれた魔法陣と中央にある机、それを囲む椅子しかない。

何をされるんだろうか、それだけが心配であった。


「説明はどこまでしたのですかな?」

「いえ、これからしようかと。初代様から仕えるリナウド卿からと思いまして」

「そうか。では心得た」


そう言うと老人はヤスノリを正面の椅子に座るように促した。

躊躇うヤスノリをイケオジが背中を押して無理矢理机の前まで連れてくると、ヤスノリも渋々座ることにした。


「どうも新しき御子息よ。ワシはアンデット族の長を務めるリナウドじゃ。種族はヴァンパイア」


老人は温和そうな笑顔で右手を出して握手を求めてきた。

ヤスノリは訳もわからずとりあえず握手に応じた。


「ここまで連れてきたのがアーロイ。アンデット族の二大長をワシと務めるリッチ・ロードじゃ」

「へ、へぇ…」

「そうじゃの… 御子息。名前は何と言うんじゃ?」

「や、ヤスノリだけど…」

「ふむ。ではヤスノリ様。まずは混乱しておるじゃろうか、簡潔に何が起きたかだけ話そうかの」

「お、お願いします」

「うむ。何、ヤスノリ様は今までいた世界で命を落とし、我らが世界で魔王様の御子息として再誕したんじゃ」

「やっぱ異世界転生か。って、魔王のゴシソクって… 息子ってこと?」

「そうじゃよ。魔王様の御子息となった者は魔王様の力全てを引き継ぎ、人間以外の種族全てを束ねる魔王になることが宿命つけられておる」


異世界転生で良かったのか、と安堵する反面、何で魔王側なんだよと思うのと、魔王の力の全容、つまり自分が得たチート能力の詳細を知りたいという欲が沸々と湧き上がる。

しかし、そこは順繰りでもいいかと押さえ込み、他に聞くべきことを色々と考える。


「魔王か… 俺すっごい偉い立場じゃん。そしたら今の魔王、えっとお父さんかな? はどこにいるんだ? 上のお城も廃墟だし、魔王の息子の誕生の割には観客も少なかったようだし」

「実はですな。先代の六代目魔王は数千年前、勇者との戦いに敗れてしまったのじゃ」

「え!?」

「倒れたとしても本来力が息子に引き継がれる筈じゃったんですが、勇者の奴ら魔王様の力を全て封じ込めてしまったので御子息様には何一つ力が来ておらんのですじゃ」

「封じ込められたって、え! そしたら俺が継ぐ筈だった力は!?」

「ですから全て封じられております」


『チート能力なしから始まる異世界転生』いやそれ誰一人としてやりたがらないだろ! とヤスノリは心の中でツッコミを入れつつ、現状その状態であることに愕然とした。

旨味が無さすぎる。


「補足しますと、封じられているので解放できればその力は御子息様に戻ってくる筈です」


ヤスノリの隣腰掛け、冷や水が入ったコップを差し出してくれた浅黒い肌のイケオジ相変わらず温和そうな笑みを浮かべている。


「えっと、それでその封印はどうやって解けばいいの? 簡単にできるの?」

「力を封じた際、七つの宝石に変貌したと伝えられております。なのでそれらを集めて見ないことには解き方はまだ、ですね」

「さらに全て勇者たちが持ち帰って行ったから、魔王側には一つも無いのじゃ。さらにどこにあるのかも分かっておらん」


ヤスノリは険しい表情になる。

折角人生楽しくなると思ったのに、力が封じられている、つまりチート的な能力が取り上げられているということだからだ。

しかし、魔王の息子というのは絶大な力を持つことにも気づき始めていた。

現に今のところ口調がタメ口でも二人とも怒る様子もない。

これは調子に乗れるのでは?と思い始めていた。

異世界転生したのだから美味しい思いをたっぷりしないとおかしい、という思考回路をしているのだ。


「まあ、それはそっちが早いところ見つけてくれればいいけど」

「生憎、我々には探す術が無いんじゃよ。ヤスノリ様が共鳴して場所を探し当てるしか」

「いやいや、そん何言われても知らないし。それに、俺この世界のことも何も分かってない生まれたてだし。そう言うのはそっちがやってくれないとさ」」


言いながらも自分の主張は間違っていないのではと強く錯覚し始めてしまったせいで、ヤスノリは完全に調子に乗った発言を続けてしまう。。

その態度、発言にリナウド老とアーロイイケオジの表情がピリついたことにさえ気付いていなかった。


「大体俺に落ち度はないんだから俺に働かせようって考えが甘いって言うか間違ってるよな。だって?俺は?呼び出された言わばお客様。お客様をこき使うなんて聞いたことないし。寧ろ丁重におもてなしして万全にするのがそっちの責任ってやつだろ? オイラはそう思うんだよなぁ、論理的に、もっ???!!!」


刹那、影と思われる黒い手がヤスノリの首を押さえつけて壁に激突した。

痛みで息を吐こうときたが、黒い手が喉をしっかりと抑えているものだから出すことも吸うことも出来ない。

さらに黒い手で壁に押し込まれてるとはいえ黒い手だけでヤスノリは両足が地面に立たない所に浮かされていた。

何が起きたのか理解できず喚こうにも声は出せずジタバタするしかない彼に対し、リナウドはゆっくりと立ち上がり、先ほどと打って変わった冷たい視線をヤスノリに向けている。


「粋がるな小僧。毎度毎度舐めきった態度で魔王に成ろうとする愚か者に礼節を叩き込むことがワシの最初の仕事じゃ。叩き込み方は出来るようになるまで体に教え込むこと。お主一人殺すことなど雑作もないし、痛くも痒くもない」


そう言うとフッと浮き上がったと思ったら一瞬で間合いを詰めてヤスノリの腹を思い切り殴った。

声にならない悲鳴を上げるヤスノリを相手に頭を掴み直視させる。


「おっと手を緩めようかの。何か言いたいことは?」

「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ! こ、殺すとか次期魔王じゃないのかよ俺は」

「それは間違いなく次期魔王だよ御子息。最も、死んだら蘇生すれば良いだけだ」


浅黒肌のイケオジ、アーロイはそんな事態でも水を飲みながら柔かに様子を伺っている。

助けてくれる、ことは期待でき無さそうだ。


「蘇生出来るんなら先代魔王を蘇らせれば良いだろ!」

「強いものの蘇生はリソースと手間が蘇らせる人の価値と見合わないのさ。歴代魔王様ならこの星全ての生命を捧げる必要がある。が、今の御子息は並以下だ。蘇生するリソースも手間も5分もあれば完了する。故に殺したところで問題ないとリナウド卿も仰ってる」

「加えるならワシはアンデット族の王じゃ。死に対してはヤスノリ様たちと価値観が違うでな。躊躇は無いのじゃ」

「………マジかよ」


チート能力は無く、存在としても雑に扱われても問題がない存在。

異世界転生する中でもかなり状況が悪い部類ではと頭を抱えたくなったが、既に全身激痛で抱えたいのは頭だけではなかった。


「さて、ここに居座るなら礼節をこれから叩き込もうと思うが、どうするんじゃヤスノリ様。探しに行くならば、さすがにワシは同行はできんのじゃが」

「さ、探す! 魔王の力を封じられてるってやつ探す! 探しに行きますです!」

「それは良かった。これで魔王復活の兆しが見えてくると言うものだ」


あの部屋に帰りたい。

ヤスノリはもはやその感情以外は無くなっていた。

その後、黒い手が外された後は廃墟となった部屋で数少ないまともな部屋に通され、ボロボロではあるがまだ使えるベットで眠り次の日、アーロイに連れられて二人の女の子が部屋にやってきた。

一人はヤスノリが元の世界での地元で、お祭りの時などで見たことのある法被を着て、腰にはガンベルトを巻きながらそこに刀を差し込んでいる銀髪で美人なお姉さん。

もう一人はローブで顔が大分隠れているものの、それとなく見えている顔は美少女よりだ。

かなり小柄でアーロイの後ろに半歩下がってついているような子だ。


「えっと、この子達は?」


内心自分に充てがわられた世話役とかそう言うのを期待したのも事実だった。

二人ともタイプの違う美少女に違いなく、少しでも良い思いをしたいと言う願望は捨てきれていないからだ。

最も、世話役と言うか世話をしなければならないと言う役回りになるのだが…


「こちらはヴァンパイア族の姫君アリシアです」

「アリシアだ。よろしく」


銀髪の女性は快活そうに微笑みながら手を差し出し、握手を求めてきた。

見た目とのギャップもあるが、その上お姫様ともなればヤスノリとしてはテンションが少し上がるというものだ。


「よ、よろしく」


精一杯声を出したつもりが、本人のコミュ障気味な性格と美人相手の経験の少なさからしどろもどろになっていた。

握手を済ますとアリシアは一歩下がり、代わりにもう一人は連れてきたアーロイが背中を押す形で前に突き出された。


「そしてこちらはリッチ族のニナ。まあ、私の血縁者だ」

「ひ、ひひひ、ど、ども」

「あ、ああ、どうも」


こちらは一歩も前に出ること無くそそくさと下がってしまった。

が、この一瞬のやり取りでヤスノリは気付いてしまった。

この子は自分と同じ、コミュ障側、陰キャ側の人間である、と。

こっちはこっちで性格の一致から仲良くなれそうだし、アリシアは明るい快活なのでそれなりには親しくなれそうだとヤスノリは異世界に来て、初めて『勝利』を確信した。

これはハーレムものになるのだと。

後はもっと戦力的な部分を増やしていきたい所ではある。

二人はヤスノリの世話役としても、探すのには人海戦術は相場であると決まってい


「アリシアとニナ、そして御子息様の三人でが魔王様の力の探索チームとなります」

「さ、三人だけ!? 最も人数いた方が良くない?」

「生憎、我々も疲弊してる上に在処を知らないものを探すとなると人数がいても仕方がないでしょう。それにあるのは人間たちの街。大人数でアンデットが闊歩していては怪しまれます」


世話役どころかパーティーメンバーであったことからヤスノリは苦笑いしか出来なかった。

二人の実力は知らないが、ヤスノリとしては親しみやすい人の方が弱くても遥かに良かったのだ。

否、これに選ばれたのだから相応に実力はあるのだろうけども、ヤスノリに取っては二の次三の次だった。

伊達に引きこもりをして人間関係の築き方を忘れ去ったどころか最初から分かっていないのだから。


「では、出発は今日の午後ですのでそれまでにお互いの能力を話しておいてください」


そう言うとアーロイは二人を置いて部屋から呼び止める間も無く出て行ってしまった。

ヤスノリは呆気に取られながらも取り敢えずベッドから出る。

二人ともこちらが何か言うのを待っているようだった。


「えっと… どうもヤスノリです。今回魔王の封じられた力を探すパーティ、ってことなんだよ・・・ね?」

「ええ。よろしくお願いします。ヤスノリ殿はどのような能力を?」

「うっ!!!」


おそらく知らずに聞いてきたのだろうアリシアはヤスノリの反応に対しても不思議そうな表情をしていた。

何も出来ない無能であることを自分から言うのもはばかられ、ヤスノリは咳払いをしてから


「おほん! えー、アリシアさんは何がお得意なんですかね? その刀とかですか?」


話題を変えることにした。

それがこうそうしたのか、アリシアは驚いた表情をした後、ガンベルトに下げていた刀を鞘ごと抜き取るとヤスノリの前に跪き、刀を返納するかのうようなポーズを取った。


「刀と。まさかこれをご存じだとは。ええ、私は極東の島で隠れ過ごした間、この剣術を学びました。特に居合いと呼ばれる高速抜刀術を得意としております。あ、抜刀術というのはですね」

「その鞘から抜いた瞬間に切るやつ、ですよね」

「それまでご存じだとは。ヤスノリ殿は博識でございますな。なあ、ニナ殿」


不意に声をかけられたローブを被った少女、ニナは気付けば部屋の隅まで移動しており、影の中一体化しようとしているぐらいの存在感の無さとなっていた。

声をかけらてビクッと反応した後明らかに左右を何度も見渡してアワアワしている様子からテンパっているようだった。


「ニナ殿は凄いですぞヤスノリ殿。魔銃を究極まで極めたいと0.8秒の早撃ちを実現しましてな」

「マジュウ・・・ 早撃ち・・・ こう、筒状のもので弾丸を飛ばすような?」

「こ、こ、これ・・・」


ニナが袖から手を出すと、銃が握られていた。

いや、銃と呼んで良いのか、その見た目は銃であると言われなくても銃をベースに改造した何かなのは即剤に分かる。

が、小柄な少女が持つには不釣り合いな程に無骨で大きいものだった。


「こ、ここれだけは・・・ 得意・・・ ふひひひ」

「刀に銃か・・・ なんかあの一味みたいだな」

「有名な人たちがいたのか?」

「うんや、ここじゃ関係無いこと、ですかね」


ヤスノリの頭を過ったのは元の世界でスペシャルの時にテレビでやっていたとある三人組のものだ。

最も、これからヤスノリたちが行うのも宝石探しとなる為、その三人組のやることと似たようなことをやるのだが。

銃を見せていたニナは気付けば袖の中に手を戻すと部屋の隅の影の中に同化したかのように静かになっていた。

アリシアは、満足したかのようにヤスノリを見据えている。

いや、満足したかのようでは無い。

ヤスノリの何かを待っているようだ。

それに察しながらも、口には出せないのでどう逃げているか考えている所、アリシアは口を開いた。


「それで、ヤスノリ殿は? いくら力が封じられて継承が無かったにせよ、ヤスノリ殿事態に力が一切無いなんてことはさすがにないでありますよね?」

「お、おおおぉ、おー」


答えづらくなっていくヤスノリはしどろもどろで目が泳いでいる。

アリシアはそう言うのを察してくれないのか、ヤスノリを待ち続けているようだった。

そこに助け船を出したのは、闇と同化していた、ニナだった。


「や、ヤスノリ様は、ま、魔王様の力ごと全部封印されてるってお父さん言ってた」

「おっとそうでしたか。それは失礼しましたヤスノリ殿」


居たたまれない空気になったものの、アリシアは何も気にしていないと言った風に、というよりも本当に意識してないんだろう彼女は明るい笑顔のまま、ヤスノリを見据えている。

ニナは助け船を出し終わったから下がろうとしたが、アリシアに捕まってベットの前に引っ張り出された。

が、ヤスノリはだからといって何がある訳でもなく、苦笑いをしつつ顔を見渡し、色々と計算をした。

異世界に転生してきた身としては、仲間は女の子、それも美人や美少女であることは一応間違いが無い為、これは当たりだと言えるのだろう。

しかし、能力の全てを失っている、というのは大ハズレだ。

冷静に、慎重に、自分の手札とやらなければならないことの二つを考え比べていく。

大ハズレは大ハズレだし、期待値は一切無く、今後やることでそれは改善されるはず、なもの。

つまりはいかに早い段階で魔王の力を解放出来るかにかかっている、ということだ。

全てを開放するのが最も目指したいところではある反面、全てを開放しなくてもある程度の力はきっと見込めるはず、という淡い期待を持ち合わせている。

つまり、早いところ開放させたいが、全てを開放するつもりはあまり無いというところだ。


「で、えっと、いつぐらいに移動始めるかだな。移動手段って何か考えてたりする?」


基本おんぶに抱っこをしてもらいたい満々なヤスノリは二人を見比べた。

腐っても、いや本当に腐っているのかもしれないけども、二人は姫であるようだし、多少の融通が利くことを期待しているというか、それしか考えてはいない。


「ああ、そのことでしたら、本日が丁度よいかと」

「今日の夜? 随分急だけど何かあるのか?」

「きょ、今日は都市への船が上通るの。ふひひ、密航密航」


密航って、と口に仕掛けたが、彼女たちはアンデットだし、ヤスノリは魔王の子。

普通の方法で乗りに行っても弾かれるか捕まるか足止めされて応援呼ばれるかのどれかなのだろう。

と言うか船だよな・・・ 上?


「船って上を通るってどう言う・・・ あ、飛行船的な」

「まあそんな所だ」

「密航ってのがあれだが。まあそしたら何処に発着するのよ?」

「し、しないよ・・・ だ、だから上通るのに突撃・・・ ヒ、ヒヒヒヒ」


突撃・・・?

いやどう言う、と口にしようとした直後、アリシアに首根っこを掴まれると力は加えられて空へと剛速球となって投げ飛ばされた。

もの凄い勢いで風を切るヤスノリは風圧で顔面が大変になっている最中、雲を突き抜けた先には確かに船があった。

それを確認したぐらいで、ヤスノリは意識が消えて無くなったのだった。

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魔王(チート)能力回収一味 @ta-yu

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