変わってしまったおばあちゃん

日野玄冬

変わってしまったおばあちゃん

 今年で米寿を迎えたおばあちゃん。


 ずっとおばあちゃんっ子だった私は、幼い頃よく田舎に遊びに行って一緒に遊んだっけな。


 一緒に凧揚げして、桜を見て、海を眺めて、落ち葉を拾って笑い合ったね。


 そんなおばあちゃんがおかしくなったって連絡が来たのは、一年前だった。私も大学へ進学した時期で、今日までこうして顔を合わせることが出来なかったのだ。


 あんなに優しかったおばあちゃんは、今や見る影もないほど――逞しくなっていた。


 それはもう、サングラスが皺を刻んだお顔にとんでもない程フィットするぐらいに。


 「久しぶりやなぁ、元気にしていたか?」

 「あ、うん。久しぶり。体調大丈夫?」

 「おぉ、心配してくれてありがとなぁ」


 おばあちゃんは鷹揚に頷いた。


 「そうやなぁ。昨日の話でもしよかなぁ」


 おばあちゃんは私を見るなり、語り始めた。


 「元カレのジョニーから連絡が来てなぁ」


 私は絶句した。絶句し過ぎて手元の携帯で「元カレ」と検索してしまった。

 

 「ほいでジョニーもせっかちでなぁ。早よ会いたい言うから太子橋今市まで行ったんよな」


 何故数ある大阪の駅の中で太子橋今市駅を選んだのだろう。私には理解ができなかった。


 「そしたらなぁ、煙草の燃え滓集めてキャンドル作ってたおっさんがおったんよぉ。もうジョニーとの約束どうでもいいか思うてそっち付いて行ったんよ」


 私は幼い頃おばあちゃんに優しく教えてもらった事がある。


 怪しい人、特に意味の分からない人には注意しなさいね、と。


 「そのおっさんの家行ったらなぁ、もういーっぱいキャンドル置いてたわぁ」


 私が小学生の頃、おばあちゃんが線香花火を見つめながら教えてくれた事がある。


 面白くない人、特にオチのない話をする人には注意しなさいね、と。今思えば片鱗を見せていたのだ。背筋が凍った。


 「おばあちゃん……」


 私はぽっかり開いてしまった口をどうにか噛み締めると、隣でずっとハンカチを口に添えたお母さんを見た。


 お母さんは涙を流して、声を震わせている。


 「もう、こんなにボケてしまって……」


 どっちの意味でだろう。口に出しそうになった言葉を無理矢理喉で堰き止めると、息が苦しくなった。


 お母さんは涙ながらに訴えを続ける。


 「おかあちゃん……違うよ……昨日じゃないよ……」


 お世辞にも面白いとは言い難い話をする辺り、やはり、もうおばあちゃんは永くないのだろうか。

 

 それは、とても悲しいな。


 「それは……おとうちゃんとの馴れ初めの話でしょっ……」


 え。


 煙草の燃え滓でキャンドル作ってた人がおじいちゃんだったの? とか。


 お母さんよく泣けるな…… とか。


 他にも様々な感情が綯交ぜになって、うまく言葉にできなかった。


 でもやっぱり巡り巡ってきた一番の感想は、


 めっちゃおもろいやん。


 だった。


 血は争えないね。これからは永いよ。


 私はお腹をキュッと凹ますと、おばあちゃんに駆け寄った。


 

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