彼女がお風呂に入らない

にしざわ

彼女がお風呂に入らない

俺には彼女がいる。


年齢は俺と同じ20歳。同じ大学、同じ学部。

1ヶ月前から付き合い始めたのだが、この春から、はれて同棲することになった。


顔は可愛いし、体つきもちょうどいいし、頭もいい、料理もうまくて気も利く、本当に俺にはもったいない、まさに理想の彼女だった。


だが同棲を始めて、俺は彼女の欠点を一つだけ見つけてしまった。


全然風呂に入らないのだ。


大学の授業はコロナのせいでリモートだから、外に出なくてもいい。買い物はバイトのある俺が毎日行くから、彼女が外に出る必要はない。

外出しなければあまり汚れないから、風呂に入らなくてもそこまで不潔ではない……


という考えに、つけ込まれているのかもしれないと俺は思い始めた!


彼女は四、五日に一回しか風呂に入らない。

「シャワーとか湯船って嫌いなの」


たしかに、風呂が嫌いで入りたがらないという小さい子どもはいる。

彼女は昔から風呂嫌いで、いつも親に強制されて渋々入っていたらしい。

そして俺と同棲を始めたことで、強制する者がいなくなってしまったのだ。


俺は人並みに綺麗好きなので、彼女には風呂に入ってほしい。

というわけで、どうにか彼女を風呂に入れようと画策し始めた。


「風呂入って」

まずこう直球で攻めると、彼女はうだうだと文句を言ってなんとか入らずにいようとする。

いつもスマートで頭の切れる彼女が、風呂に入れと言われるだけで、「見たい動画が」とか「もう寝なきゃ」とか、急に子どもじみた言い訳ばかりする。

それが可愛くて、俺はいつもつい許してしまった。


続いて、

「一緒に入ろ」

と、彼氏ならではの持ち球で攻めてみたが、彼女はなびかなかった。

「一緒に入る嬉しさよりも、風呂に入る煩わしさが上回る」

彼氏にとっては結構悲しいことを言われてしまった。


「臭うよ」

女子にとってはやや厳しい言葉を投げかけたが、それでも入らない。

それに四、五日に一回風呂に入れば、日中汗をかいていなければ、まあぎりぎり臭わないくらいなのである。

一度、風呂に入っていない彼女にベッドで迫られたことがある。

「さ、さすがに風呂に入ってから……」

そう言ったらいたずらっぽい目で微笑まれ、

「でもいつも汚いのとか見てるでしょ。そういうの好きなんじゃないの?」

それはたしかにそうで、そのまま流されてしまった。

なんで俺のAVリストが彼女に筒抜けなのか怖かったが。


次に物で釣ろうということで、彼女の好きなアイドルのフォトブックを、アリを誘導する砂糖のように点々と風呂場まで配置したが、それらを回収されただけでしかもこっぴどく怒られた。


俺は「風呂嫌いを風呂に入れる方法」をネットで検索した。すると子どもをなんとか風呂に入れようとする微笑ましい親の努力が載っていたので、それを実践することにした。


彼女の大好きなモンブランを買ってきて、

「お風呂入ったら食べていいよ」

と挑発。好物を対価にする作戦だ。

目の前で俺がモンブランを食べると、彼女は可愛い顔でぎりぎりと歯ぎしりした。しかし結局入らなかった。代わりにポカポカと殴られた。


湯船に浮かべる可愛いアヒルを買ってみたが、それでも入らない。

「え、可愛い」

しかし気に入ってくれたようで自分の部屋の窓際に飾ってくれた。アヒルが活躍する場所はそこではないのだが。


今度は、風呂に入らなければアイドルグッズを全部捨てると脅した。

普段は落ち着いている彼女が取り乱し、俺に土下座して謝る。

しかし可哀想なことしたな……と俺が気を緩めて許すと、

「もう嫌い!」

彼女はグッズをかき集めて部屋に閉じこもり、そのまま籠城してしまった。

嫌われたくなかったので、風呂は強制できなかった。


「美容院さんごっこしよう」

と言うと、冷たい目で見られた。

隙を見て髪を洗う作戦だったが、あえなく撃沈した。




……と、こうして彼女を変えられないまま、数年が過ぎた。

結局、彼女はいつも自分のペースでしか風呂に入らなかった。

俺も必死に戦ったが、彼女の頑固さが勝った。

あとは、たかが風呂ごときに抵抗する彼女が、可愛いくてしょうがなかったというのもあるのだが。


しかし俺はある日、ついにこれを強制する方法を思いついた。

そして数年後、それを実行に移した。


「じゃあ、行こうか」


そう言って彼女の腕を取った。彼女は油断して、隣で微笑んでいる。


「おめでとう!!!」


目の前の扉を開けると、大学の同級生、お世話になった先生、職場の同僚たちが、口々に俺たちを祝福した。


今日は2人の結婚式。


が頭から降りかかったのだった。



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