第30話 重慶攻略/新型
射出。蒼穹を切り裂き、金属の塊が飛翔する。雲海を貫き、大気との摩擦で装甲は赤熱していた。遠目には、まるで流れ星のように見える。
目標地点が近づくにつれ、降下角度は容赦なく深くなる。
『ポイント到達...パージ』
ロックが解除され、熱を帯びた装甲が爆ぜ飛んだ。
中から現れたのは、三色に塗り分けられた人型機動兵器――IA。それは寸分の狂いもなく、目標地点へと強襲着陸を敢行した。轟音と衝撃波が周囲を揺るがす。それは強行着陸というより、もはや衝突と呼ぶに等しい激しさだった。
その間、隼人はと言うと、後ろで驚きの様子でこちらを見ていた。
『お待たせしました。行きましょう、ネクシス1』
安堵と再会を喜ぶ感情が、テレパスのように彼女の脳裏に流れ込んでくる。
「遅いよ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
大型IAは膝をつき、ゆっくりとしゃがみ込むと、胸部ハッチが開いた。
『搭乗を願います』
言われるまでもなく、隼人はコックピットに飛び込んだ。自動でハッチが閉まると、彼は一瞬、異世界に迷い込んだかのような感覚に襲われた。
内部はまるで球体に包まれたかのようで、全天周囲モニターが彼を囲んでいる。肝心の操縦席は、2本の操縦桿とペダル2つ、前に設置されたサブモニターだけのシンプルな作りだった。座席に腰を下ろし、左右に置かれたレバーを握り、前後上下左右に動かして感触を確かめる。
『
視界が光で満たされ、一瞬で別の画面に切り替わった。視点がメインカメラに移り、周囲の景色が鮮明に映し出される。視界の端には速度や出力のメーターが、まるで生きているかのように流れる。
『
「今のところはないかな。ただ、周りの景色が綺麗に見えすぎて驚いてるよ」
隼人は思った。視力3.0くらいあるのではないかと。
機体と同調しているため、各関節の可動域や、今の姿勢が立っているのか座っているのか、その感覚が自分の体のように馴染んでいく。
試しに手をグーパーすると機体も同じく手が動いた。
「完成度は70%ですが、戦闘は可能です」
開発中のものを無理やり引っ張りだしてきたのだろう。調べると機体の基礎は出来ているものの、各種システムが一部使用不可になっている。特に肝心のコックピットの重力制御が未完成ときている。
いつも通り、土壇場で切り抜けるしかない。心の奥底で緊張が高まる。
「練習通り、できるかどうか...」
『あなたなら...できます』
「簡単に言うなよ...」
「操縦系統に異常なし。脳波良好。自動補正はONに設定」
隼人は操縦プロセスを確認し、思考でイメージしつつレバーを前に押した。立ち上がりの初動である。
『主機の安定を確認。全システムオールグリーン。SNT-1ストライダー、起動します』
デュアル・アイが強く発光し、重力制御で保たれた25mの巨体が、大地に力強く立ち上がった。
全方位スキャンで敵の位置が表示される。接近してくる反応が10個ほどあり、そのうちの2体が突出して接近中だ。両方ともビームライフルを握っている。
「武器は...ビームライフルに、
先が尖った流線型の分厚い盾が、左腕に装備されていた。
隼人は腰にマウントされたビームライフルの照準を合わせる。
脳が認識した標的にライフルの情報が送られてくると、自動的に照準が定まる。この機体には
発射されたビームは、
「す、すごい」
見たことのない威力に、背筋に悪寒が走った。心臓が高鳴り、興奮と恐怖が入り混じる。
『初撃で2体同時とは、やりますね』
「ああ」
...これがライフルなのか?!...
訓練ではこんな武器は装備していなかった。確かにあの時はビーム兵器を使用したが、それとは全く別物だった。
「またか...」
事前に説明しないなんてことは以前にもあったなと内心嘆く。
その威力はヴァリアブルライフルのチャージショットとは比べ物にならなかった。証拠に、後方にいた残り8つの反応も、次々と消失していく。
『後方8体の撃破確認』
「何なんだよ、この武器は…」
『専用のライフルです。訓練時の物は出力を抑えているので、これが本来の威力です』
『機体の出力も訓練時よりも実戦用に調整しています。反応速度に注意してください』
ミサイルとビームが斜め左から降り注いだ。咄嗟に跳躍すると、そのまま空中へと移動した。
「ミサイルには.....これか!」
頭部リニアバルカンを選択しミサイルを迎撃した。同時にビームは回避しながら、ペダルを強く踏み込み一気に敵陣との距離を詰める。
迎撃しつつ、攻撃が徐々に激しくなるとライフルを腰に戻し、腕の
「操作が敏感過ぎて、余裕がない!」
尋常ではないGと割り増しされた出力に振り回されながらも、一撃離脱を繰り返して戦力を徐々に削いでいく。我ながらよく操縦桿を握れていると思った。N-10《サイクロプス》は
「次!」
レーダーで確認し、背後から来る
強い発光現象を起こしながら
「止まったな」
隼人はリニアバルカンを頭部めがけて発射した。メインカメラに直撃すると、N-10《サイクロプス》はつばぜり合いを中止し、その場から後退する。隼人はその隙に距離を詰め、下から上へと斬り上げてN-10《サイクロプス》を溶断した。
「今のでもう弾切れかよ」
弾切れの速さから継戦能力は当てにできなさそうだ。
『警告。高熱源複数確認』
勢いは増して周りが見えないほどのビーム量に機体が激しく振動する。
熱量が限界に達し、大地で大爆発が起こした。熱波は瞬時に周囲の建築物を粉砕し、一面を焦土と化した。
並みのIAならば、跡形もなく消し飛んでいるだろう。
しかし、煙の中から現れたのは、ほぼ無傷のストライダーと焼き尽くされた大地だけだった。
「今のを耐えるなんてな」
「当然です。恒星間探査船に用いられる材質を、惜しみなく投入していますから。並みのエネルギー兵器では、傷一つ付けることすら叶いません」
レインは、その無機質な声に、僅かながらも誇りの色を滲ませた。
「そうか。なら、やってみるか」
隼人はその言葉を軽く受け流すと、静かに正面を向いた。その瞳には、レインの自信を試すかのような、挑戦的な光が宿っていた。
「では、こちらの使用を推奨します」
ストライダーの機体表示に、盾のアイコンが点滅する。
「........戦術ユニット01型? 盾じゃないのか」
制限解除により使用可能になったのは、大出力ビーム砲と、後部のホーミングレーザー。分厚い装甲から、盾としての機能を期待していた隼人は、その内部に満載された武装に、僅かに戸惑った。
試しに戦術ユニット01型を突き出すと、装甲が斜めにスライドして中から砲身が顔を見せた。
メーターは満タンになっていて、準備はできているようだ。
「エネルギー充填よし。いけぇ!」
砲口から放たれたのは、ストライダーの2、3倍はあろうかという極太のビームだった。一直線に伸びた閃光は、前方のIA軍をその進路上から跡形もなく焼き払った。
だが、その圧倒的な破壊を前にしても、IAの勢いは止まらない。残存したIAたちが押し寄せてくる中、レーダーに映る反応に小型の機体はほぼない。残っているのは、重厚な装甲を誇る大型の機体ばかりだった。
総数は500機程度。小型の機体が大多数を占めていたようだ。
...小さいのがいないから変に気を使う必要もなくなったか.......
「一気に行くぞ!」
『了解』
発進と同時に無数の光の筋が放たれた。まるで、巨大な花火が咲き誇るような広がりを背に、ストライダーを追い抜く刹那、一瞬にして20機以上のN-10《サイクロプス》の反応がレーダーから消えた。
それに続いてストライダーもビームライフルを構えN-10《サイクロプス》を薙ぎ払うように照射した。ビームが一直線に伸び、触れたN-10《サイクロプス》の装甲を貫き、爆破した。
接近する
「この調子なら!」
声に興奮が宿る。先ほどまでの苦戦が嘘のように、ストライダーは圧倒的な力で敵を蹂躙した。
しかし、敵の数は依然として多い。遠目には、まだ200機近くのN-10《サイクロプス》がこちらに向かってくる。
『新たな高熱源接近中。数、200以上』
今の勢いに乗じて、一気に殲滅する必要があるな。
「ホーミングレーザー、再充填は?」
『完了まで、あと数秒』
ストライダーはビームライフルを連射し、迫り来る
隼人は直ぐに腕部の
「充填完了しました」
「連続で叩きこむ!」
再び、背部から無数の光が解き放たれる。先程の攻撃で学習したのか、N-10《サイクロプス》は散開して回避を試みるが、次々と爆発が起こり、残存していた敵の数を急速に減らしていく。
そして、装甲がスライドし、中から大型のビーム砲が露出し、薙ぎ払うようにして残りの敵機を撃破した。
「続いて高速で接近する反応あり。数3」
レーダーで確認し、視覚拡大すると、3体がこちらに向かっている。
盾にドラムマガジンを装備したリニアショットガン装備が2体。もう1体は何も装備 していないようだが。
「そうか、二刀流か」
腰から
ストライダーは戦術ユニット1型を盾のように構えた。
接触する次の瞬間、タイミングを計って粒子スラスターを急速に噴射し、激突する。
「もらった!」
ドン!
突如、横方向からの衝撃で攻撃が中断された。
攻撃を受けた方向へ見やるとショットガン装備の
「なに!」
振り向くと二刀流の
咄嗟に戦術ユニット01型で弾き返すとその場を離れた。
「なるほど、動きを止めに来たか」
.....だがこの機体....
「そんなもんが通用すると思うな!」
急加速で
「後ろ!」
背後からリニアショットガンを連射しながら
『高熱源接近中です』
トリッキーな機動をしながら、前方から二刀流がストライダーに襲い掛かる。
二本の
ストライダーは体を後ろに倒すと同時に足を上に蹴り上げる。
両手から
「消し飛べ!」
放たれた大出力ビームが、
「ハア...ハア...ハア...」
『敵機全滅を確認』
レインの言葉に操縦桿から手を離すと、気づけば両手が震えていた。緊張が解かれたからだと思うが、機体の運動性に振り回されたんだとも言える。それを示すようにスーツ越しでも腕の筋肉がつりかけていた。
「ハア...ハア...なんとかなったな」
『はい、間一髪でした』
「まさか、あの場所から脱出できるとはな...」
隼人の言葉に、レインは静かに答える。
『想定の範囲内です。ストライダーは、いかなる状況下でもパイロットの生還を最優先に設計されています』
「そう言う割には、途中でかなりヒヤヒヤしたんだけど?」
隼人は苦笑すると、操縦桿を軽く叩いた。
モニターに新しいルートが点滅表示される。隼人はその表示を確認し、ペダルを踏み込んだ。ストライダーは轟音を上げて宙に舞い上がる。
「そうだ!後ろの、生存者は?」
隼人は問いかけたが、レインからの返答はなかった。一瞬の沈黙がコックピットを満たす。
「....レイン?」
『問題ありません。生体反応は確認できています』
「そうか。良かった〜」
肩の力がスっと抜けた。戦闘ですっかり頭から離れていたが、皆無事なら良しとするか。
「どうする救助活動する?」
『この流れのまま、他の前線IAを掃討します』
「いいのか、それで?」
目の前に現在の戦況が表示された。
『今の攻撃で、他のIAの活動に動きが見られました。いくつか場所で同時に攻撃が始まっています』
『これ以上ここに留まれば他の防衛線の被害はさらに拡大します』
「冷たいな」
『戦場において常に最善の選択ができるとは限りません。あなたの判断がより多くの人命を救う結果につながります』
淡々と話しているようで、その口調にどこか隼人を諭すように感じられる。
やるせない気持ちはあったが、最前線での判断はそうであるべきだと彼は知っていた。一呼吸置き、隼人は「分かった」と告げた。
ストライダーは、置き去りにされた街を眼下に、新しい戦場へと加速していった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「
誰もが、今までの光景がまるで幻想だったかのように感じていた。ほんの数分前まで敵のマーカーで埋め尽くされていたレーダーは、オールクリアを示している。
ドローンで周辺を撮影すると、どこもかしこも敵ロボットの残骸が山と積まれていた。だが、そのドローンとの通信も突如途絶える。戦闘の余波で機体が限界を迎えたのだろう。衛星通信はかろうじて生きていたものの、ほぼすべてが使用不可。武器弾薬も尽きかけ、残っているのは小火器と輸送車だけだ。施設もほとんど使い物にならないだろう。
「司令、どうなさるおつもりですか?」
幕僚の一人が、疲弊した声で問いかけた。司令官は、無言で戦況マップを睨んでいる。
「各員へ。我が部隊は現時刻をもって司令部を放棄。撤退する」
司令官の言葉に、周囲からどよめきが起こった。
「よろしいのですか? 死守を命じられているのでは......」
別の幕僚が、信じられないといった様子で声を上げる。
「死守、か...」
司令官は呟き、遠くを見つめた。
「だが、守るべきものが残っていなければ、何を守るというのだ?」
彼の声は低く、しかし、揺るぎない決意が込められていた。
「後方の戦車隊が残存していればの話だったが、状況が状況だ。今のままじゃ防衛線もないに同然だろう」
司令官は再びマップに目を落とす。マーカーが消え去った後も、そこには深い傷跡が残っていた。
「通信衛星が生きていても、他と途絶えては意味がない。補給も来るかどうかすらわからない状態で、ここに留まることなどできはしない」
「残存戦力は?」
「小火器と輸送車のみです。負傷者多数、生存者への救助活動は....」
幕僚の言葉が途切れた。救助に割ける戦力も時間も、もはや残されていない。
「救助は後方部隊に任せる。我々は、可能な限りの物資を回収し、速やかにこの区域を離脱せよ。全滅するよりは、生きて次につなげる方が賢明だ」
司令官は、苦渋の決断を下した。彼の顔には、疲労と諦め、そして未来へのかすかな希望が入り混じっていた。
「司令、しかし...」
「これ以上、無駄な犠牲は出せん。私の判断に従え」
司令官の低い声が、幕僚たちの反論を押しとどめる。彼は再びマップを見つめた。
「これが、我々に残された唯一の道だ。この惨状を、必ず次に活かす。それが、死んでいった者たちへの、せめてもの償いとなるだろう」
彼の脳裏には、壊滅した部隊と、さらに悪化していく戦況が映っていた。この決断が、最善だと信じるしかなかった。
~~~~~~~~~~~~~
次世代思考型デバイスとして知られるこの技術は、2030年以降に開発された。外部デバイスや頭部、首元にチップを埋め込むことで使用が可能となる。特に義体者が多く活用していることでも知られているが、元々は日本企業によって、スマートフォンに代わる次世代の通信システムとして開発された。その技術は生活の一部となり、世界を席巻した。それが軍事転用されたのだ。
主に軍事利用において各国で導入され、この技術は戦闘機や戦車、パワードスーツに搭載されており、その活用範囲は幅広い。
この技術は使用者が情報を処理する代わりに、能動的な機動性と操作性の向上を確立させた。また、思考のみでの操作が可能となった代わりに、脳や神経に大きな負担がかかるというデメリットも存在する。故に、マニュアルコントロールが一部導入されて、負担軽減が図られている。
2040年以降には度重なる改善で、通常兵装として大型兵器に搭載可能となった。改善点は以下のとおりで、機体から
また、思考のみでの操縦方法も可能となった。
エクスマキナ・クライシス 南方カシマ @norikazu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。エクスマキナ・クライシスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます