武史くんの大型連休

増田朋美

武史くんの大型連休

その日は雨であった。今日も子供たちはもうすぐ大型連休がやってくるといって、とても嬉しそうにしていた。その日も、学校が終わって、明日は休みだ!と、子供たちは、解放感あふれる顔で、家に帰っていくのだが、何だか寂しそうな顔をしている父子がいた。ジャックさんと、武史くんである。もっとも、武史くんの方は何も気にしてないようであったが、ジャックさんの方は、大変に困ったかおをしていた。

「ちょっと相談に行こうか。」

ジャックさんはそういうが、武史くんは相変わらずニコニコしている。しかたなくジャックさんは、製鉄所へ向かって歩き始めた。

「こんにちは。」

ジャックさんは、製鉄所の引き戸を開けた。すると中から、水穂さんが弾いているのだろう。ショパンのワルツが聞こえてきたため、武史くんはすぐおじさんこんにちはといって、四畳半に行ってしまった。ジャックさんは、困った顔で、武史くんの靴を整理して、すみません、お邪魔しますといって中にはいった。

「ジャックさんどうしたの?そんなにだらっとしちゃって。」

と、杉ちゃんに言われてジャックさんは、

「ハイ。また、学校から呼び出されました。武史が、他の同級生の持ち物をとったというのです。」 

と、杉ちゃんに答えた。

「つまり、武史くんが、泥棒したということでしょうか?」

と、ジョチさんがいうと、

「そういうことになってしまったようです。武史のはなしでは、同級生の給食袋を盗んだ覚えはまったく無いと言ってるんですが。」

と、ジャックさんは言った。

「それならそのとおりにすればいいじゃない。」

杉ちゃんはそういったが、ジャックさんは、困った顔をしていた。

「詳しく状況を聞かせてください。本当に武史くんが、同級生の給食袋を盗ったのか、ちゃんと確かめないといけませんよね。それに、教育機関は、変にでっち上げることは、得意ですからね。」

ジョチさんにそう言われて、ジャックさんはわかりましたといった。

「なんでも、被害にあったのは、堀田実花さんという女子生徒さんだそうです。あの、貿易会社を経営している家庭の方だそうで。」

「堀田。ああ、堀田商事のことですね。僕も知っていますよ。確か、社長さんは、女性であったような。」

ジョチさんは、ジャックさんの話にそういった。確かに、堀田商事の社長さんである堀田巴さんは、よくテレビにも出ているほど、かなりの美人であることで有名であった。

「ええ。その堀田実花ちゃんの給食袋を武史が盗ったというのですが、武史は、そのような事はしていないと、学校の先生に主張しているそうです。同級生は、何でも、朝早くに起こったことなので、武史が何をしていたか、全くわからないそうです。武史は、いつも、朝一番に学校へ到着するのが常ですから。それに、堀田実花ちゃんが、武史が盗ったと言っているだけで、ほかの同級生の証言が無いことも気になります。」

「そうですか、つまり、実花っていう生徒の主張だけで、学校の先生が、武史くんの事を悪人にしたててしまったわけか。」

ジャックさんの話に杉ちゃんが割って入った。

「ええ、まあ確かに、堀田さんが、学校になにか資本を出しているらしいので、学校側はどうしても、堀田さんの方に行ってしまうというのも、また事実ではあるんですけど。」

ジャックさんがそう言うと、

「まあ、学校のよくやりそうなことだよな。多分、真相は、実花ちゃんが証言しない限り得られないと思うけどな。」

と、杉ちゃんが答えた。

「そうですね。子供ですから、あまり、自分の中で溜め込んでおくことはできないと思いますので、親御さんに話すとか、そういう事をするかもしれません。学校側も、隠しておくというか、人の言うことを聞かないことで有名ですからね。なにか、トラブルがあったら、隠しておくことか、なかったことにしてしまうというのが学校ですから。もう仕方ありませんね。武史くんは濡れ衣を着せられてしまうのかもしれませんが。」

ジョチさんが、仕方ない顔をして、現状を言った。

「そうですか。日本の学校は、なんでそういうふうに決着をつけないで放置してしまうのですかね。それでは、教育にはならないと思うんですけど。こちらイギリスでは、なにかトラブルがあった場合、授業を一日や2日中断して、トラブル解決まで話し合おうとするんですけどね。」

「まあ、海外の方なので、比較したくなってしまう気持ちはわかりますが、それは、日本です。仕方ないと思ってください。」

ジョチさんは、妙ななぐさめかたをした。

「でもさ、僕らだけでも、武史くんの気持ちを聞いてあげたらどうかな?子供が、そういう体験すると、大人への階段を登っていけなくなることだって、あるじゃないか。」

と、杉ちゃんが言った。杉ちゃんという人は、なにかあるとそうやって、解決しようとする。

「そうですね。学校側とは違う大人もいるとしっかり確認させて置きましょう。ちょっと、武史くんに話をさせて見ましょうか。」

ジョチさんは、立ち上がって、急いで水穂さんのいる、四畳半に行った。ふすまを開けると、

「あのねおじさん。僕は、今日、代わりに悪いことをしたんだ。でもそれは、僕のことじゃないんだよ。実花ちゃんが僕に頼みに来たんだ。僕が、給食袋を盗ったことにしないと、実花ちゃんはママに怒鳴られるから、そうしてくれって。」

と、武史くんは水穂さんに言っているのだった。やっぱり子供だなあとジョチさんは思いながら、

「武史くん、今の話を、ジャックさんに話してあげてくれませんか?」

と、武史くんに言った。

「なんで?」

武史くんは嫌そうな顔をする。

「いえ、ジャックさんが、心配していらっしゃったから、ちゃんと本当の事を話してあげてください。」

ジョチさんがそう言うと、

「だめ!喋ってはいけないの。だって実花ちゃんが可哀想だもん。」

と、武史くんが言った。

「それはどういうことでしょうか?なぜ、お父さんに本当の事を話すことが、やってはいけないことなんですか?」

ジョチさんがそう言うと、

「だから、僕が盗ったことにしないと実花ちゃんが、ママにごはん抜きにされるからです。」

と、武史くんが言った。

「だから、実花ちゃんが叱られるより、僕が悪いことをしたと言うことにしておけば、実花ちゃんは、ご飯を食べさせてもらえるんです。」

終いには涙をこぼしてしまう武史くんに、

「理事長さん、あまり彼に真実を話させるのは、彼のほうが傷ついてしまうかもしれません。いずれにしても、実花ちゃんという子のほうが心配です。武史くんの言うことが本当であれば、実花ちゃんは、虐待を受けていることになります。」

と、水穂さんが言った。

「確かにそうですね。ご飯を食べさせて貰えないというのは、昔はよくありましたが、今は立派な虐待です。」

とジョチさんは腕組みをしていった。

それと同時に、製鉄所の電話が音を立ててなった。ジョチさんは、ちょっと失礼と言って、すぐ応接室へ行き、電話を取った。

「はいもしもし。」

「ああ、華岡だ。あのな、とりあえず子供の保護者が見つかるまで、、、。」

どうやら電話の主は華岡保夫であることは間違いなかった。でも、多分部下の刑事にかけているつもりでいるらしい。

「華岡さん、間違った番号を回しましたね。」

と、ジョチさんが言うと、華岡は、

「あ、ああ!すまんすまん!別のものにかけたつもりが、番号を間違えてしまった!」

と言った。

「華岡さん、先程子供と言いましたね。誰か、浮浪児でも保護したんですか?それとも迷子が出たとか?」

と、ジョチさんは聞いてみた。華岡は、申し訳無さそうな口調で、

「ああ、実は、コンビニで子供が万引きをしたと通報がありましてね。なんでも、陳列してあった弁当を金を払わないで食べてしまったと言うんだ。」

と言った。

「そうですか。その子は何歳くらいの子供さんですか?」

ジョチさんがそうきくと、

「ええ、小学校1年生の女の子です。」

と華岡は答えた。

「そうですか。その名前は、もしかしたら、堀田実花ちゃんというのではありませんか?」

と、ジョチさんが言うと、

「ああ、そのとおりですが、なんで理事長さんは、その名前を知っているんです?」

華岡は、そう答える。

「ええ、武史くんの学校の話をしていて、彼女の名前が出てきました。なんでも、武史くんの話によれば、実花さんは、武史くんに、給食袋を盗まれたことにしないと、食事を抜かれるなどの体罰を受けるそうです、お母様から。今こちらにジャックさんが来ていて、その事を話しておられましたからね。」

とジョチさんがそう言うと、車椅子で杉ちゃんがやってきて、ジョチさんから電話をむしり取っていった。

「華岡さんか、すぐにその子に、本物のカレーを食べさせてやると言って、製鉄所につれてきてやってくれ。どうせ、保護者が現れなくて困っているんでしょう?それでは、その子が可愛そうだし。」

杉ちゃんにそう言われて、華岡も、

「よしわかった。じゃあ、そうしよう。コンビニの店主さんの話によると、ライオンのようにご飯にかぶりついていたようだから。」

と言った。

「おう、よろしく頼むぜ。ついでに、母親を虐待の疑いがあるかどうか、調べてくれ。」

「わかったよ。杉ちゃん。」

二人は、そう言い合って、電話を切った。

「しかし。堀田商事の社長が、子供を虐待なんかするでしょうか?テレビコメンテーターとして話していたことだって結構ありましたよ。」

ジョチさんが、疑問を話すと。

「いやあ、偉いやつは、子供が邪魔だとか、そういうふうに考えちまうことだってある。それに、偉くなるために、まともに育ててもらえなかったことだってよく聞くじゃないか。」

と、杉ちゃんが言った。それと同時に、

「おーい、杉ちゃんいるか?実花ちゃんを連れてきたよ。」

と言って、華岡が製鉄所の玄関を開けて、急いで入ってきた。武史くんがいち早くそれに気が付き、

「実花ちゃんがきた!」

と、声を上げた。ジョチさんと杉ちゃんは、急いで玄関に行った。確かに華岡が連れてきた子は、小学校の名札をつけた洋服を着ていたので、小学校の一年生であることはわかるのだが、それにしては異常に背が低い気がした。

「堀田実花さんですね。あなたは、田沼武史くんに、自分の給食袋を盗んだことにしろと指示を出しましたか?」

と、ジョチさんが聞くと、

「まあ待て待て。それより、待ってな。カレーを食べさせてやるから。コンビニで、弁当を万引きしたくらいだから、相当腹が減っていることだろう。だったら、僕が、カレーを作ってあげる。」

と、杉ちゃんが言った。実花ちゃんは、こんなところに連れてこられてかなり怖がっているようであったが、カレーという言葉を聞いて、とてもうれしそうな顔になった。

「実花ちゃん、カレーができるまで、おじさんと遊ぼうよ。」

と、武史くんがやってきて、実花ちゃんを四畳半へ連れて行った。華岡は、じゃあ俺は捜査があるからと、そそくさと製鉄所を出ていった。杉ちゃんの方はすぐに台所に行ってカレーを作り始める。武史くんは、ジョチさんと一緒に、実花ちゃんを四畳半に入らせてあげて、水穂さんに、ショパンのワルツを弾いてくれるように頼んだ。水穂さんは、少し考えて、比較的子供に人気のある子犬のワルツを弾き始めた。

「わあ、すごい。ポリーニみたい。」

実花ちゃんは言った。

「ポリーニ?ああ、あの、ポリーニですか?」

ジョチさんがそうきくと、

「はい。ママがよくその人の演奏を車の中で聞いてました。」

と、実花ちゃんは答えた。

「そうですか。じゃあ実花さんは、そういう音楽がお好きですか?」

ジョチさんがまた聞くと、

「好きじゃない。本当は、みんなが聞いているのと同じ曲を聞きたい。」

実花ちゃんは小さい声で言った。

「それはどんな曲ですかね?」

とジョチさんが言うと、

「アンパンマンのマーチ。」

と、実花ちゃんが答える。ジョチさんが水穂さんに目配せすると、水穂さんは、アンパンマンのマーチを弾き始めた。実花ちゃんはとてもうれしそうな顔で、いい声でアンパンマンのマーチを歌いだした。なんとも哲学的な歌詞だ。この歌詞のとおりに生きられたら、どんなに幸せだろう。

「実花さんは、アンパンマンのマーチがお好きだったんですか?」

とジョチさんがそうきくと、

「はい、だって学校のみんなは、アンパンマンをみんな見てるけど、あたしは見させて貰えないんです。」

と、実花ちゃんは答えた。

「なぜ、見させて貰えないんですか?」

ジョチさんがもう一回聞くと、

「宿題ができるまではテレビを見てはいけないって。あたしは、いつもテストで100点を取らないと叱られるから。」

と、実花ちゃんは答えた。

「そうですか。それでは、もう一つだけ伺います。武史くんになぜ、自分の給食袋を盗んだことにしてくれと、頼んだんですか?それと、食事を抜かれることになにか関連があるんですか?」

「理事長さん、もう少し遠回しに聞いてやってください。直接彼女に聞きだずのは彼女は辛いかもしれませんよ。」

水穂さんは急いでジョチさんに言った。そうですね、とジョチさんも言って、少し考え直す仕草をした。

「武史くんが羨ましいです。パパがいて。」

と、実花ちゃんは、小さくため息を付いて言う。

「なぜ、パパがいて羨ましいの?」

水穂さんがそうきくと、

「だって、パパに遊んでもらえるし、一緒に勉強してくれたりもするし。いいな、あたしは、ママしかいない。」

と、実花ちゃんは答えた。

「だったら、ママにパパがほしいと言って見ればいいじゃないですか。あなたは、それを主張する権利が十分にあると思いますが?」

とジョチさんがいうが、

「理事長さん。それができたら、実花ちゃんは武史くんに、頼んだりしないと思いますよ。自分の給食袋を盗んだことにしてくれと。」

と、水穂さんが言った。

「実花ちゃん、これは大事なことだから、正直に言ってね。うちの武史に、給食袋を盗んだということにしたと頼んだの?」

ジャックさんが、実花ちゃんに聞くと、実花ちゃんは黙ってしまった。

「仕方ありませんね。子供さんですもの。発言するのに時間はかかりますよ。それよりも、杉ちゃんのカレーができるのを待ちましょう。」

と、水穂さんが優しくそう言ってくれなかったら、実花ちゃんは泣いてしまったかもしれなかった。

「いいなあ、武史くんは、パパがいて。あたしは、ママしかいないから。」

実花ちゃんはまたそういうのだった。

「でも、僕はママがいないよ。僕のママは僕のことを置いて出て行っちゃったって言われたよ。実花ちゃんのパパも、そうみたいだね。」

武史くんが子供らしくそういう事を言った。

「だから、僕と実花ちゃんはとても仲良しなんだ。」

「なるほど。わかりました。お互い、片親だけの喪失感があるから、仲良くなれたんですね。」

ジョチさんが、二人の話をまとめるように言った。

「それに、実花ちゃんは、忘れ物が多くて、忘れ物をすると、グラフにつけることになっているんだけど、もうグラフが継ぎ足さないとだめなくらい、埋まっていて。」

「なるほど。そうですか。それはもしかすると、ただ忘れ物が多いだけでは片付かない問題になるかもしれませんね。もしかしたら、心の病気になるのかもしれません。それは、ちゃんとお医者さんに調べてもらったほうがいいですね。」

武史くんの発言にジョチさんは言った。

「そうですね。僕もそう思いました。それで、実花ちゃんのお母さんにも、実花ちゃんとちゃんと接する方法を学んでもらう必要があると思います。」

と、水穂さんも言った。

「もしかして、実花ちゃんのことはすでに知っているのかもしれません。それ故に暴力的な解決しかできないと思っているのかもしれない。今、実花ちゃんのお母さんに必要なのは、正しい情報でしょう。それを、誰かが提供してやるのが、必要なんじゃないでしょうか?」

ここでジャックさんは、なんとかしてやらなければと思った。日本人であれば、噂話で終わってしまうことだろう。でも、誰かがなんとかしてあげないといけないこともまた事実であるし、実花ちゃんのお母さんに、早く正確な情報を教えてあげないと、実花ちゃん自身が危ういこともあるかもしれない。

ジャックさんは、すぐにスマートフォンを出して調べてみた。日本の春の終わりは、ものすごく大きな連休がある。中には、10日間も会社が休みの人もいる。ジャックさんは、そんなに休みをもらって何になるんだと、大型連休を疑問に思っているところがあったが、実花ちゃんのためを思うと、それを有効活用しなければならないと思った。大型連休には、子育てにまつわるイベントも盛んに行われることも知っていたからである。調べてみると、たしかにある。発達障害とか、情緒障害などがある子供さんの親御さんのためのサークルとか、講座とか、、、。ジャックさんは、それを一生懸命手帳にメモした。

「おーい、カレーができたよ!さあ、腹いっぱい食べや。悩むやつは、だいたい腹が減っているから、それを解消するのが一番だ。」

と、杉ちゃんが台所からでかい声でそう言っているのが聞こえてきた。

「実花ちゃん、杉ちゃんのカレーは、ものすごく美味しいよ。」

と、武史くんが、にこやかに笑っていう。実花ちゃんは、武史くんの顔を見て、

「武史くんが、そう言っているんだったら食べる。」

と言った。武史くんは、実花ちゃんを食堂へ連れて行った。何だか、ふたりとも、精神障害があることが確かなのだが、それなりに、二人は気を使い合っているし、一生懸命やっているんだなと言うことが感じ取れたのであった。

「まあ、もう少し、年齢が高ければ、カップル成立ですね。」

と、ジョチさんは言った。

「いずれにしても、実花ちゃんは、なんとかしなければなりませんね。彼女のお母さんも。」

と、ジャックさんは、若すぎるカップルを見つめながら、そういったのであった。










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武史くんの大型連休 増田朋美 @masubuchi4996

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