「先輩が!」じゅうはち!

今回短いですがキリがいいのでここまで!

◇◆◇


「待ってよつばちゃん。なんで怒ってるの?」

「怒ってません」


 後日、畑にて。ご機嫌取りにクッキーを携えて四宮のもとを訪れた優也はほとほと困り果てていた。四宮は雑草を抜きながら優也の方を見ようともしない。非常に荒んだ目をしていて、いつもなら強引に話を聞き出す優也も、これまた非常に珍しく気圧されていた。


「優也ぁー。部活行くぞー」

「キャプテン。いや俺もう引退したし」

「でもマネージャーだろお前」

「部活より大事なことがあるんだよ」

「お前今着てるTシャツ見ろよ『バスケ命』ってお前」


 優也はいつの間にか引退し、マネジャーにジョブチェンジしていた。そもそも彼は普段からマネージャー兼監督のようなことをしている。単純に能力が高いのだ。だからサボリが許されている。


「ほら、早くたてよ」

「何お前、今日しつこいね」

「そりゃあオレは四宮ちゃんの味方だから。ねー」

「はい」

「えっウソでしょいつのまにそんな仲良くっ」


 優也は最後まで言い切る前にキャプテンに連れて行かれてしまった。四宮は安心したように息を吐いて肩を落とした。


「……みっともない」


 ぽつりと呟く。そして胸がツキリと痛んだ。

 四宮は分かっていた。自分はただ、幼い子どものようにいじけているだけだと。それは彼女にしてみればとてもみっともなくて、図々しくて、何より認めたくないものだった。


「めんどくさ!!!」


 三田はそう叫んだ。


「な……わ、分かってるわよ、そんな、めんどくさい女だって」

「いやお前思ってるよりめんどくさいからな」

「……サンタのいじわる!」


 四宮の元気がないことに気づいたサンタは相談に乗ってやろうと思った。そしたらこれだ。四宮はプクッと頬を膨らませてそっぽを向いた。


「優也先輩の前でもそういう顔すればいいのに」


 三田は四宮のほっぺをツン、とつついた。四宮はそれを鬱陶しそうに払って、「子どもっぽいでしょ」とため息をつく。


「……お前大人っぽいとか子どもっぽいとか気にしてるけどさ、それってそんなに重要?」

「当たり前でしょ。10代の2歳差は大きいの」

「でもさあ、優也先輩すぐに大学行っちゃうじゃん。悠長にしてる場合?」


 四宮の左瞼がヒクリと引き攣る。三田は「分かってんだろ」と頭を振った。


「向き合うのが怖いんだろ。フラれてもいい理由を探してる」

「……やめてよ」


 四宮は弱々しく呟く。しかし三田は引き下がらなかった。

 中学の時、孤立していく四宮に何もしてやれなかった。だから今度は。

 そんな思いで問い詰める。


「なんだっけ、二宮のことも言ってないんだろ? 最近毎日畑に来るじゃん」

「姑みたいなものよ。無視してればなんてことない」


 二宮は優也がいない隙を狙って畑に来る。そしてぐちぐちと四宮をなじったり、四宮の知らない優也の話をひけらかしたりしてくるのだ。あまりに陰湿だった。


「とにかく! ……もう部活行かなくちゃ。また明日ね、サンタ」

「……三田な」


 教室から逃げるように出ていく彼女を見送る。三田はこれからどうしようと、意味もなく窓の外を見た。





「優也くんはいい男やで。ぼくが保証する」


 あなたの保証がなんになるってのよ。


「せやさかい、ものすごいええ子と付き合ぉて欲しいねん。分かるやろ?」


 ウザい。


「よつばちゃんも優也くんのこと好きなら、優也くんのことを思うて身を引いてやってよ。ハッキリ言うて迷惑やねんな」


 本当にウザい!


「二宮先輩は優也先輩のことが大好きなんですねー」


 四宮は荒れ狂う心を理性で押さえつけながら、スコップでザクリザクリと土を掘る。サツマイモの収穫の時期なのだ。これは後で家庭科室に行って、コタツ先生に焼き芋にしてもらう。


「先輩受験はいいんですか」

「ええねん。もう受かっとるから」

「推薦組なんですねー」

「せやで。優也くんと同じ大学!」

「良かったですねー」

「ああ、よつばちゃんは行かれへんもんな。頭良くなさそうやし。何位?」

「学年で8位です」

「微妙やなあ」


 四宮はブチブチと蔦を引き抜く。ああ、誰かこの陰湿クソ野郎をどこかに追いやってくれと願いながら。

 しかしいつもヒーローは現れない。結局自分を救えるのは自分だけ、状況を打破するには行動を起こさなければならないのだ。

 四宮はスクっと立ち上がって、切るように二宮を見上げた。普段からは想像もつかない鋭い視線に、二宮は一瞬気圧され、低い声で「……なんやねん」と睨み返した。

 四宮はジッと目を合わせながら近づいてきて、近づいてきて、とうとう目と鼻の先まできた。二宮は反射的に一歩後ろに下がろうとしたが、それはプライドが許さず、ギリギリで踏みとどまった。


「私、先輩のこと嫌いじゃないですよ」


 いきなり何を、と言おうとして声が出ない。四宮の雰囲気に呑まれた。

 四宮は二宮の返答を待って、微動だにせず見つめてくる。二宮はゴクリと喉を鳴らし、何か言おうと口を開けた───が。


「でも興味がないんです。どうでもいいの」


 パンッと平手打ちをされたように感じるほど、その言葉は唐突で予想外だった。四宮はなんの感情も浮かんでいない瞳で二宮を一瞥し、とうとう挨拶もなく去っていった。

 残された二宮は呆然と立ち尽くしていた。



「許せないよネ!!!!!」


 久しぶりの登場、音蔵だ。彼女は激怒した。必ずあの変態クソメガネから愛しい後輩を守らねばならぬと立ち上がった。そして椅子に縛り付けられた。


「ハナセーーーー!!!」

「どうするよこれ」

「キモい」


 優子と七瀬の姉、椿は暴れる音蔵に見向きもせず、「二宮どうする?」と話し合う。


「先に手を打っておかないと、ネクラが暴れ出すし」

「コイツ四宮ちゃん関連ではありえないくらい役に立たないからな」


 音蔵は椅子ごと床に倒れた今でもまだ暴れ続けている。長い黒髪がバサバサと揺れてホラー映画のようだ。


「てか優也何してんの? アイツのツレじゃん」


 優子はイライラと膝を揺する。椿が「貧乏ゆすりなんて清楚っぽくないよ」と謎の基準で宥めた。


「私から四宮ちゃんに直接聞いてみようか? 1学期は委員会が同じだったし」

「うーん……もうちょい様子見ない?」

「なんで?」

「優也の反応見たいから♡」

「……もうっ、意地悪なんだから」


 怪しく嗤う優子に、椿は呆れたようにため息をついた。

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