「先輩が!」じゅうなな!

※関西弁は変換ツールを使用しています。違和感があるかもしれませんがご了承ください。



「最近可愛いよな」

「ああ、なんつーか、垢抜けたっつーか」

「あ、それ分かるかも。なんか大人っぽくなったよな」


 バスケ部の休憩中。モップがけをしていた七瀬はそんな会話を聞いた。

 好奇心に一直線な七瀬はダーッとモップの方向を転換させ、ボール磨きをしている友達の間に割って入った。


「何話してんのー?」

「うお、七瀬!」

「お前にゃ早えーよ」

「はあ?」


 七瀬はほっぺをプクッと膨らませて、「なんだよそれー」と友達にのしかかる。


「重い重い!」

「ふん。お前らより身長あるからね」

「ギブギブ! あー、その、四宮さんのことだよ!」

「四宮?」


 意外な名前に七瀬はピタリと動きを止める。


「なんで四宮?」

「いやほら、最近なんか変わったってウワサになってるし」

「変わった?」

「いや……お前が1番分かんだろ。雰囲気っつーか、なんつーか」

「……ああ! 四宮最近キレイになったよな〜」

「マジかコイツ」

「でも四宮はダメだよ」

「はあ?」


 七瀬はキョトンとした顔をしながら告げる。


「だってあいつ、優也先輩のじゃん」



◾️



「なんや、思うたよりブスやな」


 四宮は畑でカボチャを収穫していた。もうすぐハロウィンだから、ジャックオランタンでも作ろうかとコタツ先生と話していたのだ。

 そこに招かれざる客が1人。ふわふわとした髪をハーフアップにしていて、メガネをかけている男子生徒だ。背がすごく高くて、四宮は首が痛かった。


「……」

「ああ、すまんな? 最近可愛くなったって噂やったから見にきてん。四宮ちゃんやろ? 四宮……ミツバちゃんやっけ?」


 四宮は収穫したカボチャの土をはらい、両手で抱えてカゴの中へ入れた。収穫した野菜は家庭科室に置かせてもらっている。よくコタツ先生が勝手に使って勝手に美味しいものを出してくれるのでWin-Winの関係だ。

 さて、と四宮は考える。

 さっきから男は四宮の後ろをニコニコついてきている。四宮が怒って喋らないと思っているのだろう。しかし四宮は彼の思惑を探っていた。

 ただからかいに来ただけならいい。先生に言えば済むし。でも、男は何か、別の目的があるように思える。


「どちら様でしょうか」

「ぼく? ぼくは二宮あきら。なんか名前似てんね、ぼくたち」

「もしかして、優也先輩のお友達ですか?」

「そうそう。なんで分かったの?」

「優也先輩のお友達って、かっこいい人が多いから」


 ふわり。四宮が笑ってそう言うと、二宮はパチクリと細い目を瞬かせた。


「なんや、意外と悪い子やな」


 二宮は四宮に近づく。四宮は抵抗するでもなく、ただ笑顔でその場を動かない。

 しかし二宮の手が伸びてきた時、「でも、」と制止するように言う。


「中身とはギャップがありますよね。先輩、とってもかっこいいのに。正反対」


 訳:「性格ブス」。


「…………は」


 二宮は最初何を言われたか分からずポカンとしていた。しばらくして言葉の意味を咀嚼すると、「は、はああああ!?」と顔を真っ赤にして怒り出す。


「生意気やな、可愛くないやつ! 優也クンはなんでこんなやつのこと……!」


 二宮は悔しそうにギリ、と歯を噛む。

 その反応に、四宮は『ああ』と冷めた顔で思った。


(なんだ、また優也先輩のファンか)


 最近、四宮は優也のファンに絡まれることが増えた。彼は人気者だから、学年も男女も問わず熱心なファンがいて、ポッと出の四宮を警戒している。

 でもまあ、大抵は軽い嫌味や注意だけで引き下がる。四宮が優也の『お気に入り』であることを知っているからだ。


(もう話終わったかな)


 四宮は腕時計をチラリと確認して、そろそろバイトの時間であることを思い出す。悔しげに唇を噛む二宮に「失礼します」と義務のように言った。





「よつばちゃん、お疲れ様。気をつけて帰ってね!」

「はい、お疲れ様でした。お先に失礼します」


 バイト終わりは四宮にとってご褒美タイムのようなものだ。優也に「今日もお疲れ」と言ってもらえて、家の前の十字路までの道を一緒に歩ける。

 いつか、手を繋いで歩けたらな。

 そんなことを想像したりして、寝る前に恥ずかしさに悶える。それすらも楽しい。

 そんな最高の時間だというのに───


「よつばちゃん、おつかれさん〜」


 何故昼間のメガネヤロウがいやがるのか。四宮はピシリと固まった。


「……こんばんは、優也先輩と……二宮先輩」

「おっ、覚えててくれてたんや? なあなあ、これって脈アリちゃう? どう思う、優也クン」

「死ね」

「手厳しいなあ」


 二宮は優也の肩に手を乗せ、やけに馴れ馴れしく話しかけている。しかし優也は特に抵抗もせず、イライラとした顔のまま黙っている。四宮は思わず思った。


(だ、誰よその男……!)


 通学カバンの肩紐をギュッと握りしめる。二宮は優也と付き合いが長いのだろう、他の人たちよりも親密に見えた。四宮はこれが悔しくて、その上至福の時間まで邪魔されたものだから、口が引き攣らないように頬の内側を噛んだ。


「あー……ごめんねよつばちゃん。コイツがどうしても着いてきたいって聞かなくて」

「ジブンが賭けババ抜きに負けたんやろ」

「お前がイカサマしたのがそもそも!」

「……あの」

「! あ、ごめんねよつばちゃん。コイツすぐに───」

「1人で帰ります」

「え?」

「お、ええん?」


 四宮は「はい」と頷いた。二宮の勝ち誇った顔が恨めしい。


「私は明日もありますけど、二宮先輩はそうじゃないんでしょう? 卒業も近いんですし、どうぞお2人で」


 訳:私は優也先輩といつでも帰れるけどお前は? てか卒業後疎遠になるんじゃないの。


「へー、優しいなあよつばちゃん。自分だって同じやのに」


 訳:ずいぶん余裕やね。自分の状況分かってへんの?


 バチバチと火花が散る。優也は『俺のために争わないでって言った方がいいかな?』と呑気に考えていた。

 四宮の様子にも気づかずに。


「まあまあ。ほら、あきら帰れよ」

「えー。よつばちゃんもこう言うてるんやし、ぼくといのうよ」

「お前と行くわけねえだろ。俺はよつばちゃんと帰りたいの! あと名前で呼んでんじゃねえよ」

「ええやん。ぼくたち仲良しさんやねんから。なー?」

「仲良しではないですけど……私もう失礼しますね」

「そうだねー。暗くなる前に行こっか」

「? なんで優也先輩が着いてくるんですか?」

「え」


 四宮はキョトン……と無垢な顔で優也を見上げた。

 え? 二宮と帰るんじゃないの?

 と言わんばかりの顔だ。


「いや、そもそもよつばちゃんと約束してたし」

「別にいいですよ」

「よくないよ。もう暗いし送らせて」

「1人でも帰れます」

「だから…」

「連れてきたのは優也先輩でしょ」


 四宮は鞄を抱えなおして、もはや優也の方を見ずに言う。


「今日は一緒に帰りたくありません」


 ───四宮は拗ねていた。

 私と約束してたのに。先輩と帰るの楽しみにしてたのに。先輩も同じ気持ちじゃなかったの。いつも強引なくせに、なんでその人を振り切れなかったの。


 私となんて、いつでも会えると思ってるの?


 恋心を自覚して、自分が優也に好かれているという驕りがあった四宮は、プライドを挫かれてひどく傷ついた。

 一方の優也は、初めて四宮に拒否されてフリーズしていた。

 優也から見た四宮は、いつもニコニコしていて優しい女の子だったので、まさかこんな強い言葉を使われるとは想像もしていなかったのである。


「失礼します」


 だからワンテンポ反応が遅れてしまって、足早に去って行く四宮を逃してしまった。

 残ったのは、抜け殻になった優也と、上機嫌な二宮だけだった。





 


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