第11話 残り49,994,800円
自転車で十分程度の駅から電車に乗り、がたごと揺られること二駅。バスで行くという方法もあるが、俺はこちらの方が好きだ。
県内でも中核にあたる駅で降りる。久しぶりの人混みと刺すような日差しに既に心折れそうになりながらも、待ち合わせ場所の大きなモニュメントへと向かう。
いろはは俺よりも三十分程度早く家を出た。
こちらで鉢合わせるわけにもいかないので、ちょうど良い時間調整になったと考えるべきだろう。
いろはと車谷の二人が向かうのは、大型複合施設のセントラルシティパーク、略してセンパと呼ばれる場所。言っておくがせんぱいでは無い。
映画館からゲームセンター、各種ショップ、カフェやレストランまでが揃っており、まあデートスポットとしては外さない場所だろう。
知らんけど。
……それにしても。暑すぎる。
日陰にいてもこの
俺は左腕の時計を眺める。既に霧島との約束の時間は五分過ぎている。まさかとは思うが、そういう嫌がらせだったらどうしようと思い始めた頃。
駅のエントランスから、ぱたぱたと一直線にこちらへ向かってくる女の子の姿が目に映る。
薄い水色のワンピース。ふわりとカールした髪の毛が一歩踏み出すのに合わせて揺れる。
とてつもない美少女がそこにはいた。
「……ふう。すみません。影の薄いせんぱいを見つけるのにかなり時間がかかってしまって」
「一直線にこっち向かってきてたよな?」
こんな時だけ影の薄さを活用するな。
しかし、この後輩は。
「……仕方ないでしょう。女の子は出かけるまでに色々時間がかかるんです! せんぱいには分からないでしょうけれども!」
この暑さのせいか、霧島の白い頬はほんのりと染まって汗で髪の毛が張り付いている。それなのに。なんなんだこの、透き通った感じは。
なんでこんなに、気合い入ってんだ。
「……霧島さん。勘違いしてたらいけないから言うんだが、今日俺たちは影山いろはと車谷くんの後をつける。そうだな?」
「そうですけど。なんですか?」
「ならいい。まるで車谷くんとデートでもするみたいな格好だったから一応言っとこうかと」
霧島は首を傾げて一瞬考え込むと、すぐに叫んだ。
「ば、べ、別にせんぱいのためじゃないんで! 調子乗らないでもらえます? ほら、早くいきますよ!」
センパへと続く道を先々進んでいく霧島の背中を追う。
「そりゃ、そうだろうよ」
……危ない危ない。
制服しか見たことのない後輩の私服の攻撃力を、俺は今日初めて知った。
***
「霧島さん。車道側を歩くのはやめろ」
「……なんのつもりですか?」
センパまでの道のり。俺は途中で霧島に声をかけた。
「見ろ。歩道の内側を歩くと影の薄い俺はみんなに肩をぶつけられてしまう。歩いている人たちに申し訳ないだろ。車道側ギリギリが俺の安全地帯なんだ。だから変わってくれ」
「いつか車の方にぶつけられそうですけどね」
ぶつぶつ言いながらも大人しく場所を変わる霧島。あっつ、などと愚痴りながら髪を耳にかける仕草と、そのうっすら汗ばんだ首元に俺は慌てて目を逸らす。
「で、せんぱいは影山いろはと車谷くんの行き先に目星はついてるんですか?」
「ついてるわけないだろ」
「なっ! ど、どうするつもりですか? 後をつけるつもりがばったり正面から遭遇なんてことになったら!」
なんで目星がついてると思ったんだ。
まあ、作戦がないわけでもない。
「心配するな。俺と霧島さんが別行動すれば問題なしだ。俺はほぼ見つかることはないし、霧島さんが仮に見つかっても一人でセンパに来てたんだねで済む」
「いいですかせんぱい。土曜の昼間から一人ぼっちでセンパに居るのは済んでません。なにも無事に済んでませんからね」
「じゃあ俺みたいな冴えない影の薄い先輩と土曜の昼間から遊んでると思われた方がいいと?」
「…………そんなわけ、ないでしょう」
「なら別行動で決まりだ。先に二人を見つけた方が連絡を取る。これでいいだろ」
なぜか納得いってなさそうな霧島だが、これ以外に良い方法も思いつかない。そして俺はほぼ見つかることはないと言ったが、それは車谷くんに対しての話である。いろはに見られれば俺はほぼ百パーセント見つけられてしまうのだから、霧島といるのは非常にまずい。
セントラルシティパークのショッピングモールに続く自動ドアをくぐる。しっかりと空調の効いた店内が汗のにじむ身体を冷ましていく。
「とりあえず、飲み物買うか。そこから別行動しよう」
ハンカチで汗をぽんぽんっと拭う霧島に言う。嫌ですとでも言われるかと思ったが、彼女は大人しく後をついてくる。
「……せんぱいって、なんでそんなに堂々としてるんですか? よく来るんですか? ここ」
霧島から声がかかる。
「初めて来たが、別に普通だろ。そもそもだな、人に気づかれないくらい存在感がない俺は、人目を気にする意味がないから堂々とせざるを得ないんだよ」
「ふうん」
「逆に霧島さんはあれだな。学校ではあれだけ強気のくせに今日は大人し……ん"?」
振り返ると、水戸〇門の印籠のように俺の生徒手帳を掲げる霧島がいた。なんで持ち歩いてるんだよ出すなやめろ返せ。
「すみませんでした」
「まったく、人が少し優しくするとこれですよ」
「いつ優しかったのか教えて欲しい……だから掲げるな俺の生徒手帳を!」
「はしゃがないでください。二人に見られたらどうするんですか。ちゃんと周囲に気を配ってくださいよ」
こいつ……!
俺だっていろはに見られるわけにはいかないのだから、警戒はしている。
しばらく進むと、左手に手頃なカフェが見えた。俺たちは視線だけで合図をすると、カフェの店内を覗き込む。
「いないみたいだな」
「いないみたいですね」
入店。喉がカラカラだ。
レジの店員さんの前に立つ。案の定気づかれない。後ろに並んでいた霧島がお待ちのお客様どうぞ、と言われて怪訝な顔を浮かべている。
「たのむ、一緒に頼んでくれ」
「……なんなんですかその体質」
呆れたようにこちらに来る霧島。
そこで店員さんも俺に気づいたのか、ビクッと震えて俺と霧島を交互に見た。
「……ご注文はお決まりですか?」
「あ、はい。持ち帰りで。アイスコーヒーのMサイズと」
霧島の方を見る。目が合った。
「え? 私もですか? でも一緒に頼んだらお会計が……」
「これくらい奢ってやる。いつか耳を揃えて返せよ。ほら」
「奢ってやるのに返せってなんですかっ」
ぼそりとつぶやいた霧島は、店員さんにぶどうジュースを注文した。ぶどう、好きなんだな……。
「お待たせしましたー」
俺と霧島はそれぞれドリンクを受け取り、店の外へ。
「よし。じゃあここからは別行動だ。見つけたら連絡を入れる。いいな?」
「せんぱい。このまま帰ったりしたら家まで行きますからね」
「……帰るわけないだろうに」
ちょっと考えた。やはりこの後輩鋭いな。
「じゃあ俺はこっちから。霧島さんは、反対から」
「はい。あの」
霧島は少し迷うように俯くと。
「これ、ありがとうございます」
ぶどうジュースを小さく持ち上げて、ちう、とストローに口をつけた。
「気にすんな。後日返せよ」
「残り499,994,800円です」
それだけ言い残して、霧島は踵を返す。
その後ろ姿を見ながら俺もコーヒーを一口。
「――にがっ」
やはりコーヒー牛乳に限る。
格好つけてもいいことなどないのだ。
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