第12話 せんぱい貯金

 アイスコーヒー片手に俺は二人の捜索を始める。とっとと見つけて後は霧島に押し付け、隙を見て帰ってしまおう。

 さて、まずは手始めに本屋でも――。


 ……俺は驚きのあまり二度見する。

 本屋の入り口。見覚えのある二人。

 いや、おったわ。本屋におったわ。


 俺はポケットのスマホに手を掛ける。

 いいや待て。すぐに移動する可能性もあり得る。ここで下手に霧島を呼び寄せて遭遇の確率を上げるよりは少し様子を見るのが得策か。


 いろはと車谷の二人が入っていったのは映画館のすぐ近くに位置する本屋だ。妹はよく本を読む。もしやと思って来てみたのだが、まさかこんなに早く見つけられるとは。


 いろはの隣には背の高い男子が立っていた。

 あれが、車谷くんか。……なるほど。霧島が好きになるのも分からないでもない。

 爽やかな短髪。程よく焼けたすらりと伸びる手足。藍色に近いポケットTシャツと黒のチノパン、白のスニーカーという至って普通の格好なのに様になっている。

 いろはと並ぶともうただのカップルにしか見えない。


「霧島さん、ああいうのがタイプなんだな……」


 爽やか好青年という言葉がぴったりだ。

 俺もいろはが彼氏を連れてくるのならああいう奴がいいと思ってしまう、なんというかそういう雰囲気を持った男だった。


 二人は雑誌、漫画、小説のコーナーを楽しそうに談笑しながら見て回っていく。俺はそれを気づかれないよう距離を取りつつ追う。


 俺でなければ途中で母親に手を繋がれた子供に『ママ、なにあの人』『しっ、見ちゃいけません』などと言われる所だろうが、俺の場合はそもそも見つけられないので問題なしだ。


 しかしなんというか。あんなにお似合い感を出されると霧島を呼んでもいいものか躊躇ためらってしまう。落ち込んだりされて、こちらに矛先が向くの嫌だなあ、などと思いつつ。


「……ん? 移動するのか?」


 二人は何かに気づいたように本屋を出ていく。それを見送ってから、俺も後を追う。

 二人が向かった場所を確認して、俺は即座にスマホを取り出した。


 コールが五回を越えたあたりで繋がった。


『……はい?』

『霧島さん。今どこにいる?』

『ペットショップのそばです。……あ、やっぱり抱っこ大丈夫ですすみません』


 霧島? そばじゃないだろ中だろ聞こえてるぞ。抱っこしとる場合か何しに来たんだお前。ほんと自由か。


『わんちゃんねこちゃんに釣られて二人もここにいるのではと思いましたが……違ったみたいですね』

『釣られたのはお前だ。二人を見つけた。映画館だ。この後映画を観るんだと思う』

『なるほど』


 それだけ言うと、霧島は黙り込む。

 歩いているのか、小さく息を吐く音だけが電話越しに聞こえる。


『とりあえず、しばらくは待機だな』


 映画館の入り口脇にある売店を眺めつつ言う。二時間程度は待つことになるだろうか。帰らせてもらえないだろうか。


『え? なに言ってるんですか? 観ましょう、映画』

『は?』

『一緒に観るんですよ。ま、私たちが観るのは映画じゃなく二人のことですけれども。どの映画かだけはきっちり確認しておいてください』


 とりあえず陰からこっそり覗いてみる。

 ちょうど入場を開始する列ができていた。そこに並ぶいろはと車谷。この時間からの上映は……。


 上映スケジュールの表示された画面を上から目で追っていく。そして俺はすぐに口を開く。


『霧島さん。ダメだ。あれだ、なんか揺れたり風吹いたり雨降ったりするやつだ。高いやつ』

『何がダメなんです? 私、そういうの好きです』

『好きですじゃなくてだな。言っとくが、流石にこれを奢るような金は俺にはない』

『私が奢りますよ? せんぱい貯金があるので』


 ……せんぱい貯金?

 なんて嫌な響きだ。今すぐ口座ごと解約しろ。そこで俺は、あることに気づく。


『……まさか』


 俺は今現在の借金の額を思い返す。

 残り49,994,800円。

 スタートは5,000万だったので、単純計算でいくと現時点で5,200円を返済していることになる。


 確か、このタイプの映画の料金の一人当たりの金額は――。


『ぴったりですね? せんぱい?』


 画面越しの声に一瞬遅れて、背後から声がした。振り向くとそこには霧島が立っていて。

 俺は通話終了のボタンをタップする。


「なにが、ぴったりなんだ」

「二人でちょうど、5,200円です」


 馬鹿な。そんな上手い話があってたまるか。

 俺は慌てて金額を確認しようと辺りを見回す。それよりも早く、霧島はスマホの画面をこちらに見せてきた。一人2,600円。そんな。


「ま、待て。せんぱい貯金とか言ったな。まさかとは思うが、奢って貰った場合俺の借金はどうなる?」


 霧島はやれやれと言った様子で首をすくめると。


「ちょうど残り50,000,000円になります。あ、ポップコーン代はまけておきますよ。さあ行きましょう」


 呆れて言い返す気力もない。

 チケット購入の機械へと移動する霧島を眺めながら俺は肩を落とす。


 夏休みを迎える前に俺の借金は5,000万の大台に乗ってしまった。母さんでも一括で払えない。終わりである。

 

 

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