神々に抗うもの達
「神を⋯⋯人の領域に⋯⋯?」
「そうだ。まあ、今聞いた所で分からないだろう。まずはここを抜けるべきだな」
と、桐谷さんは淡々と続けているが、イマイチ状況が呑み込めない。
「ちょちょ、ちょっとまって下さい。まず桐谷さんは何をしに⋯⋯」
「何って⋯⋯コレを解決する為に来た訳だが?」
そう言って校舎の床へと指を向ける。
「神話的事象、黒山羊様、それらの調査⋯⋯という訳だ」
「じゃあ桐谷さんが転校してきた理由って⋯⋯」
「察しがいいな。そういうことだ」
周囲を見渡してみると、他の化け物達は、ピタリと動きを止めていた。
ただ、まるでこちらをじっと見つめているかのような視線を感じる。
「一匹殺られたからか、様子見みたいだ。⋯⋯有馬」
と、桐谷さんは指輪をつけている右手に声を当てる。
「生存者二名、内一人は重症だが生きてはいる。今から予備の指輪を付けるからそっちで回収後、グリムロックの病室に回してやれ」
生存者、というのは僕と絵里の事だ。
「もう一人は私と自力脱出を試みる。以上だ」
そして桐谷さんは倒れている絵里の方へと向かい、指輪を差し込むと、その姿が一瞬にして消えてしまった。
「絵里!?」
「大丈夫。私の仲間の所に送っただけだ。一人用だから私達は正規の手順で出るしかない」
「正規の手順⋯⋯?」
「この空間は外部から遮断されたもの、もしくは異空間だ。その脱出方法を探す」
桐谷さんは徐にスマホを取り出したが、すぐに眉を顰めるでポケットにしまう。
「圏外か⋯⋯それもそうだな。笹倉くん、この場所⋯⋯と言うより、黒山羊様について何か知っている事はあるか?」
「⋯⋯それがここから抜け出す鍵になるんですか?」
「そうだ。この状況を生み出している元凶、もしくはものがある。伝承を辿れば抜け出す手掛かりになるはずだ」
と、言われても⋯⋯知ってる事なんて⋯⋯。
「あっ、もしかしたら⋯⋯」
「⋯⋯?」
「多分、部長⋯⋯が⋯⋯」
⋯⋯そうだった。
「まだ人がいるのか。どこだ?」
「三階⋯⋯ですが⋯⋯」
僕の言葉を聞いてか、或いは表情を見てか。それだけでは彼女は悟っていた。
「そうか。既に犠牲者が⋯⋯」
と、階段へと向かう桐谷さん。
「ど、どこへ⋯⋯?」
「部長⋯⋯確か秋野さんだったか。その死体は三階にあるんだろ? だったら調べるしかない」
調べるって⋯⋯まさか⋯⋯。
「秋野先輩の死体を⋯⋯漁る⋯⋯と⋯⋯?」
「それしか無いだろう」
上がって行く桐谷さんに着いていく僕は、窓から外を覗く。
真っ黒な空は、怪しく光る真っ赤な月明かりで血の色に染まり、それに当てられた化け物が、八木の鳴き声で可愛らしく鳴いていた。
「桐谷さん」
「どうした」
「外にいるのって⋯⋯黒山羊様⋯⋯ですか?」
ここまで来れば分かる。黒山羊様の伝承は多分アレだ。
「そうだな。有馬が言うには『黒い仔山羊』と言う種族らしい」
「こ、仔山羊⋯⋯」
全く可愛くないどころか⋯⋯見ているだけでおぞましい気味の悪い生物だ⋯⋯。
「今、この地球にはああいった外星からの存在が多数確認されている」
「それに対処するのが⋯⋯桐谷さんの役目⋯⋯?」
「そういう事だ」
階段を登り終えた僕達は秋野先輩の死体の前へと辿り着く。
周囲にはぶちまけられた内蔵や肉の破片、胃酸の酸っぱい臭いと、血の臭いが充満していた。
「あまり無理はするな。見たくないなら下がってていいぞ」
「い、え⋯⋯」
あまりにも無惨な秋野先輩の最期に、何も出来ず立ち去ってしまった僕は⋯⋯。
「悔いる必要は無い」
僕の表情と声で察したのか、ぴちゃぴちゃと血溜まりの上を歩きながら声をかける。
「アレらに見つかれば、本来人間が出来ることなんて無い。そもそも仔山羊の攻撃を受けて生きているあの子や今まで無傷な笹倉くんが異常なんだ」
「⋯⋯」
アレに会えば死んで当然、と言われても。納得出来るものじゃない。
「解析に回したい所だが⋯⋯私用の指輪を渡す訳にも行かないしな⋯⋯あった」
「⋯⋯それは秋野先輩のスマホと⋯⋯メモ調?」
桐谷さんが秋野先輩のポケットから持ってきたのはその二つ。
「スマホの画面は割れているが⋯⋯まだ使える。パスワードは無理矢理こじ開けるしかないが、メモの方はお前が見ろ」
「ぼ、僕が⋯⋯?」
「流石に片手間でやるには限界がある」
そう言った桐谷さんは秋野先輩のメモを投げてくる。
そしてその手を教室に空いた穴へと向けた。
「メェェェッ!!」
すると、目の前を巨大な触手が通ったかと思えば、ソレはいつの間にか現れた漆黒の壁で受け止められていた。
「
すぐさまその壁は形を変え、巨大なワニの頭へと変貌。触手に噛み付いては飲み込み、千切れた触手の先端から黒い流動体が外の仔山羊の体内へと侵入する。
そして仔山羊の体内が蠢いたかと思えば、さっきと同じように内側から破裂するように黒い液体が周囲に飛び散った。
「い、今のは⋯⋯?」
「
武装⋯⋯? アレが⋯⋯?
「この黒い流動体は、一つ一つがとある細胞で構成されている。ある生命体から抽出し研究した後、人でも扱えるよう創り出されたソレにナノマシンを取り付け、私の脳波で操作、形を変えて鎧や槍、生物の部位を生成して戦うんだ」
「な、なるほど⋯⋯?」
「まあいずれ分かる。お前が私達と共に戦うのならの話だが」
桐谷さんはそうして自分の作業に入っていく。
僕も言われた通り、手帳を探っていく。
真っ赤な血痕が染みた手帳は、飾り気の無い、淡々としたものだった。
毎日の三行日記のようなものばかりで、それらしい記載は今の所ない。
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7/5
今日は部活で最近トレンドな怪異について調べた! 山奥にあるお嬢様学校で奇妙な魔術実験をしてるとか! 空飛ぶ蛇が都心に現れたとか!
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7/8
今日は哲くんといっぱい話せた! えへへ、やっぱり私、哲くんの事が⋯⋯。
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7/17
そう言えば、教室でみんなが黒山羊様の話をしてた。この学校のドロドロさんはハズレだったけど⋯⋯黒山羊様はどうなんだろ⋯⋯?
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7/21
女々調くんは体調が悪くて学校を休んじゃったみたい。昨日一緒に話した黒山羊様について話したかったのに⋯⋯。
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7/22
旧校舎にある仏壇に黒山羊様の御神体があるって女々調くんが言ってたし⋯⋯今日の夜みんなで探しに行こう!
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⋯⋯今日は夏休み前日の夜七月二二日。つまりこれが最後の記録。
「先輩が⋯⋯僕の事を⋯⋯」
そう想ってくれていたのは嬉しかったけど⋯⋯。先輩はもう⋯⋯。
「ごめんなさい」
せめて、これは僕が持ち帰ります。それしか出来ないから。
「何か見つかったか?」
「はい、御神体が仏壇にあるとかなんとか⋯⋯」
ふむ、と考え込む素振りをする桐谷さん。
「パスワードの解析を終えて軽く確認したが、この件に関するめぼしいものは無かったな」
「この件に関するめぼしいもの⋯⋯という事は」
「⋯⋯そういう事だ。まあ今は気にする必要は無い」
そう言って桐谷さんは部長のスマホの電源を切る。
「御神体を探すぞ。とりあえず外からの脅威に注意しつつ、ありそうな場所を片っ端から漁って行くとしよう」
「わかりました」
外からの脅威⋯⋯そういえば⋯⋯。
「そうだ、この教室に入った後、廊下で奇妙な生き物が歩いているのを見たんです」
「⋯⋯なんだって? 特徴は?」
先に言って欲しかった、という表情だ。
「虫っぽくて⋯⋯僕達くらい大きかったと思います。詳細な見た目はガラス窓越しで分かりませんでしたが、シルエットは明らかに⋯⋯」
少しずつ思い出しながら桐谷さんの方を見ると、その背後に⋯⋯。
「桐谷さん!」
脳ミソのようなピンク色の頭部を持つ化け物が立っていた。
「⋯⋯お前か」
その化け物は鋏に似た左腕を桐谷さんに振り下ろそうとする。
が、それが届く前に桐谷さんの回し蹴りが化け物の頭部を直撃。木造の壁にぶつかってけたたましい音を立てた。
桐谷さんは一歩下がり、天井から二メートルはある真っ黒の巨腕を生成し、握り拳で粉砕する。
「コイツら異星の科学者だ。冷静に対処すればそこまでの脅威では無い。⋯⋯醜悪な見た目にさえ慣れてしまえば仔山羊よりはずっと楽だろう」
「そ、そうですか」
「まだ居るかもしれない。油断せずに行こう」
その後、僕達はもう一度教室を見て周り、何か残されていないかを調べていった。
「無い⋯⋯ですね⋯⋯」
「そういうものだ。もしかしたら昔ここに来た連中が遺したものがあるかもしれないと考えていたが⋯⋯現実はそう上手くいかないな」
「目の前の光景は非現実的ですけどね」
「⋯⋯」
今の感想を素直に答えると、意外そうな目でこちらを見つめていた。
「お前⋯⋯冷静だな⋯⋯」
「そうですか⋯⋯?」
「目の前で部長を殺され、友人に大怪我を負わされ、正体不明の怪物が今の目を光らせているこの状況で、よくまあそんな軽口を⋯⋯」
⋯⋯。
「意識してないだけですよ」
部長を殺された。
絵里に大怪我を負わされた。
考えれば考える程、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
でも、僕が何か出来る訳じゃない。
「⋯⋯」
桐谷さんは何も言わなかった。
多分、僕の言葉の意味を理解しているからだと思う。
「⋯⋯ん?」
職員室に入ると、連絡黒板に文字が書かれていた。
『助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて』
悲壮感に満ちた白いチョークで書かれた文字。
サーっと血の気が引くような薄気味悪さを感じる。
「笹倉さんは運がいいな。普通、こういった場所に迷い込んだ人間の末路は大抵がこんなものだ」
「⋯⋯」
「さて。手掛かりとしてはここにあるのかもな」
「と言うと?」
「ここには迷い込んだ人間が居た。ソイツ次第だが、何かを残してくれている事を祈ろう」
そこから僕達は手掛かりを探し始めた。
それでも職員室には何もなさそうだったので、給湯室の扉を開けようとした。
そういえば、さっきここに来た時、どうして僕はここを開けなかったんだろう。
「うっ⋯⋯!?」
途端に鼻を突く異臭。
今まで嗅いだことの無いような、吐き気を催すようなソレは、目の前に倒れている腐肉から溢れ出るもの。
何かを引っ掻いた後のように手の爪がより一層爛れており、その必死さが僕らにも伝わってくる。
「桐谷さん⋯⋯!」
「⋯⋯なんだ? ⋯⋯ここに閉じ込められた者か」
「⋯⋯というより、僕らが最初に来た時にはこんな場所⋯⋯」
「こういう特殊な状況下でなければ見えないものもある」
そう言って桐谷さんは足元から玉虫色に光る黒い流動体を流し始める。
その流動体は探るように死体の表面を這う。
「⋯⋯まだ死体は新しいのか。物的な手掛かりは⋯⋯」
と、モゾモゾと探る横で、置かれた薬缶とガスコンロに挟まる一枚の紙を見つける。
そこにはこの下に地下通路があると書かれていた。
そして、死体の手の先には床扉が見える。
「⋯⋯桐谷さん、これ」
「床扉を開けるために引っ掻いていたが、ついぞ無理だったと。⋯⋯出るために必死だったんだな」
その床扉に取っ手のようなものは無く、引っ掻いても持ち上がる気がしなかった。
「木造だろ? だったら簡単じゃないか」
ギュルルル、と音を立てて流動体が収束し、拳の形を作る。
そしてソレが盛大に床扉を破壊してしまった。
中には階段が続いており、薄気味悪いくらいに冷たい空気が僕の肌を撫でる。
「行きましょう」
「⋯⋯笹倉さんが私に命令か。随分気合いが入っているな」
「あっ、ちょ、そういう訳じゃ⋯⋯」
いや、でも。そうか。
「いえ。そう、かもしれませんね⋯⋯」
「そうだ。そのくらい図太く行かないとこの仕事は続かないぞ」
こんなこと二度とごめんなんですけど⋯⋯、と言いたかったが、生憎そんな勇気は無かった。
一般高校生だった僕が邪神を葬る仕事に着いたワケ 〜暇を持て余した神々の遊び〜 紅 @kou2741
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