6.せっかくだから

「なんというか……優しい人なのですね?」

「え?」


 話を聞き終わって、私はそんな感想を抱いていた。

 出先で初めて出会った人が落ち込んでいて、万が一のことがあるかもしれないから、一緒に旅に出たいと誘う。その考えは、善意に溢れている。

 恐らく、彼は優しい人なのだろう。そうでなければ、そんな提案はしないはずである。


「でも、安心してください。別に私は、あなたが考えているようなことはしませんから」

「そ、そうなのですか?」

「ええ、そんな気は全くありません」


 私は、彼が心配しているようなことをするつもりはない。落ち込んでいるといっても、そこまで深刻という訳ではないのだ。

 第一、今回の出来事は私に全責任があるとか、そういうことではない。少しもやもやとしているが、あんな王国のために自分をどうこうしようだとか、そういうことは考えていないのである。


「なるほど、どうやら僕の杞憂だったようですね」

「ええ……でも、心配してくれて、ありがとうございます」

「いえ、いらない心配でした」


 私の言葉に、男性は穏やかな笑みを浮かべてくれた。

 赤の他人のことであるというのに、彼は安心しているようだ。

 彼は、本当に人がいい。その笑顔を見ていると、改めてそう思う。


「……せっかくですから、ご一緒させてもらっても構いませんか?」

「え?」


 そんな彼を見て、私は思った。旅をともにするのもいいのではないかと。

 ここまで話していて、この男性がいい人であるということは理解できた。恐らく、一緒に旅しても特に問題はないだろう。

 妹のセレリアさんも一緒であるというのも、私が安心できる様子の一つだった。女性も一緒なら、それ程問題はないように思えるのだ。


「……別に、こちらは構いませんが、本当にいいのですか?」

「ええ、まあ、どの道辿る道筋は同じでしょうし」

「……まあ、それもそうなのかもしれませんが」


 そもそもの話、私達が辿る道はほとんど同じであるはずだ。目的地は同じなのだから、そうなるだろう。

 それなら、ほとんど一緒に旅するようなものである。そういう理由もあって、私は一緒でいいと思ったのだ。


「兄さん、今更そんなことを言うの? 先に誘ったのは、兄さんじゃない」

「た、確かに、そうか……わかりました。それなら、一緒に旅しましょう」

「ええ……ところで、一ついいですか?」


 セレリアさんの言葉で、男性は納得したようである。

 そこで、私はとても大切なことを聞くことにした。今まで聞こうと思っていたが、中々タイミングがなかったことを、今こそ差し込みたいのだ。


「はい、なんですか?」

「その……名前を聞いてもいいですか? そういえば、お互いに自己紹介をまだしていなかったような……」

「ああ、確かにそうですね」


 私は、まだ彼の名前を知らない。彼もまたそれは同じである。

 これだけ話していて、未だに知らないなんてそれはおかしな話だ。そのため、そろそろ自己紹介しておきたいのである。


「私の名前は、ルルメアといいます」

「ルルメアさんですか……えっと、僕はスライグ・ナルキアスです」

「……ナルキアス?」


 スライグさんの自己紹介に、私は少し違和感を覚えた。その姓が、何か引っかかるのだ。


「……あ」

「うん? どうかしましたか?」


 そこで、私は思い出した。アルヴェルド王国に、ナルキアス商会と呼ばれる商会があるということを。

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