ワイズトネンシス
餅"mochi"
ワイズトネンシス
電脳空間、サイバー空間、サイバースペース。そう呼ばれる世界があった。
その世界では現実と同じように街並みが広がり、様々な人々が思い思いの過ごし方をしている。
現実世界との差は無いかと思えばそんなことはなく。獣人が歩いていたり、空に台地が浮かんでいたりと幻想的な世界でもある。
そんな街の広場には大きなゲートがあり、細かな光が集まり足元から徐々に人の形を成していく。
完全に人の形となった光はその瞬間に弾け飛び、光があった場所には男が立っていた。
「ココが……サイバースペース……」
辺りを見回し景観に圧倒されている男。彼は周囲の人の頭上に文字の表示があることに気付き、自身の頭上にある"サス"という二文字を視認した。
「なるほど、近くの人の名前は頭上に表示されるのかぁ」
サスは浮かんだ文字の意味を口に出しつつ確認した。
その後、手足を動かしたり服装や髪型を確認するサスは、誰の目から見てもこの世界に慣れていなかった。
とりあえず地図を広げてこれからどうするかを考え始めようとした矢先。
「君……サスさん、で良いのかな?」
サスの背後から声がかけられる。何だと思いながら振り向いたサスが口を開くより先に、声をかけた男が続けて話す。
「この世界に慣れてなさそうだからさ。俺で良ければ案内でも、と思ってね。どうかな?」
そう話す男の頭上には"シザン"という表示がある。
「えーっと、シザン……さん? 初めまして……」
「初めまして。それでどうする? 案内は必要かな?」
「え、あっ……じゃあ、お言葉に甘えて」
サスが押しに負ける形で案内を頼むと、シザンは嬉しそうに笑いながらこう言った。
「決まりだね。ようこそサイバースペースへ」
それからシザンの案内でサスのサイバースペース観光が始まった。
上昇する滝や現実では存在しない奇妙な花。魔法で動く車や独特な形の光る建物。
サイバースペースの全てが初見であるため、サスの気分はすっかり高揚していた。
「すげぇ! そこにめっちゃ光る花があったよシザンさん! ほら向こうにも!」
「そんなんで驚いてたらこの先大変だよー」
早く早くと急かすサスに、落ち着くように諭すシザン。二人はすっかり打ち解けていた。
「あの花はどんな花言葉なんだろう? そもそもこの世界にも花言葉とかあるのかな?」
「あの花は"私を見て"って花言葉だね」
「流石シザンさん物知りー!」
様々な花が咲く公園を歩きながら、くるっと振り返ったサスは笑顔で問いかける。
「シザンさん! 次はどこ行く!? あっち行く!?」
「そうだねぇ、とりあえず今日はここまでにしておこうよ」
「えぇー!? もっと色々見てみたいよ! まだまだ知らない事があって楽しそうだし!」
「どうせ今日だけじゃ全部案内できないしなぁ……明日の楽しみとしてとっておこう?」
「うーん……シザンさんがそう言うならそうするか……」
多少不服そうではあったが、今日の案内はここまでとして解散することにした。
せっかく仲良くなれたのになー。とサスは少し不満を漏らしたが、不服そうな表情を少し不安げな期待の表情へと変化させながらシザンに尋ねる。
「明日の楽しみってことは、また明日会って遊べるんだよね?」
「俺は大体いつもココに居るからね。サイバースペースに来ればいつでも会えるさ」
「んなこと言ったら毎日でも遊びに来るよ?」
「構わないよ。それだけこの世界は広いし、俺が案内出来ない範囲の事は二人とも初見で楽しめば良いでしょ?」
「よし、言質取ったからね!」
「んな物騒な……まぁとにかく明日また会おう。今日俺が声をかけた広場で待ってるからさ」
そうして二人は翌日も会う約束をして解散した。
それから翌日も、翌々日も、二人は毎日のように会ってサイバースペースを探索する日々が続いた。
ある時は虹の橋で空を渡り、ある時は巨大な泡に入って海中探索。サイバースペースならではの体験を積み重ねていった。
今日も二人はベンチに並んで座り、サイバースペースの地図を広げた。
ココにはアレがあった。などと今までの案内を振り返りながら、現在地の確認を終える。
シザンが次の目的地について話そうとする前に、そういえばと前置きしつつサスが尋ねる。
「シザンさんさぁ、何で僕の案内をしようと思ったの?」
えっ……と困った表情で固まるシザンに対してサスは続ける。
「めっちゃありがたいんだけどさ、なんで僕に声をかけてくれたのかなーって思って」
そうだなぁ、と少し考えた後にシザンは話し始める。
「……サスが、昔の俺によく似ていたからだよ」
「僕が?」
「あぁ、そうさ」
疑問を抱くサスにシザンはゆっくりと続けた。
「この世界に初めて来た時、圧倒されてたでしょ? 俺も最初はそうだったんだ。何もかもに驚いて、圧倒され、不安になった」
「だよね! 最初に来た時はびっくりするよね! 確かに不安もあったなぁ……」
「その不安だった過去の自分を思い出してね。だから当時俺がされて嬉しかったことを、今度は自分がしたくなったのさ」
「されて嬉しかったこと?」
「俺が初めてこの世界に来た時に、同じように案内してくれた人が居てね……」
シザンは現実世界が嫌いで逃げるようにサイバースペースに来た。驚きや期待も大きかったが、それでも新しい場所は不安でいっぱいだった。
そんなシザンが不安そうにサイバースペースの地図を開いていると、案内をしようかと声をかけてくれた人が居た。
頭上にシャガと表示されたその人は、右も左も分からないシザンにサイバースペースの様々な魅力を紹介してくれた。
シザンがサスへ案内した場所のほとんどは、シャガから教えてもらった場所ばかりだった。
シャガのおかげでサイバースペースに来ることが楽しくなり、今もこうして毎日来ている。
それ以降会う事はなかったが、自分の為に動いてくれるシャガに憧れを持った。
自分も他人の為に何か出来る人間になりたい、そうでありたいと強く願った。
そこまで話したシザンは、つまりシャガの真似をしたかったんだ、と言った後にこう続ける。
「まぁ、全部自分のわがままだよ」
そう言ってシザンの表情はあからさまに曇った。
わがまま? と聞き返すサスに対し、目を合わせないままシザンは答える。
「そう、わがまま。俺はサスの為に案内をしたわけじゃないんだ。
自分が憧れたシャガのようになりたかった。誰かの為に何か行動が出来る人になりたかった。
そうなるには同じ事をするのが近道だと思って、その為に当時の自分に似たサスを使っただけさ」
「でも僕は楽しかったし、嬉しかったし、ありがたかったよ?」
「だとしても、さ。サスの為とかそんなんじゃない。俺はただ憧れに近付きたいという自分のわがままにサスを利用しただけさ。
シャガのように誰かの為に動くことなんて出来てないのさ。現実でわがままな自分が嫌いでこの世界に逃げて来たのに、せっかく変われると思ったのに、結局ここでもこうなるのか」
シザンは自分自身を貶めるような考えの言葉を並べ立て、曇った表情により一層深く影を落としている。
「まぁ言わんとしてることは分かったけどさぁ……」
サスはそう言った後で言葉を探して空を眺めながら続けて話す。
「誰かの為に何かをするなんて、少なくとも僕には出来ないよ」
シザンはその言葉に反応するようにサスの方に顔を向ける。
「だって誰かの為に何かをすることで自分に利があったら、それは結局自分の為になってしまうからね。
例えば、そうだな。誰かに笑顔になって欲しくて行動したとしても、誰かが笑顔になれば自分の望みが叶ってるわけだから、それは自分の為の行動ってことになるでしょ?」
シザンの反応を待たずして、サスは言葉を続ける。
「逆に誰かが僕に何かしてくれた時は、僕の為にしてくれたって素直に思えるんだけどね。
そこに対して相手が利があるかどうかなんて考えず、真っ直ぐに受け取ることが出来る。
だからシザンさんは僕の為に案内してくれたと思ってるよ。ありがとう、シザンさん」
いや……と否定しようとするシザンの言葉をサスは遮る。
「なのに同じように僕が誰かに何かしようとすると、全部僕自身の為になっちゃうんだよなぁ……不思議なもんだよねぇ」
まぁとにかくさ。と、サスは視線をシザンに動かすことなく更に言葉を続ける。
「僕は案内してもらって嬉しかったと思ってるし、これからもこうして一緒に居たいと思ってる。
シザンさんだって知らないもっと楽しいことが、この世界にはまだまだ溢れていると思うんだ。そういう景色を僕は一緒に見たいんだよ。
これは僕のわがままで、エゴで、シザンさんの為に言ってるわけじゃない。僕自身がそうしたいと思ってるだけだよ。
だからシザンさんが良ければ今日この後も、勿論明日からもまた一緒に遊んでくれる? 案内してくれる?」
シザンは沈んだ声で答える。
「……それは、勿論」
その言葉を聞いた瞬間、サスは笑顔でシザンの顔を見て話す。
「ほら、お互いのわがままが噛み合ったならそれで良いんじゃないかな?」
シザンはハッとした表情でサスの言葉を繰り返す。
「わがままが……噛み合ったなら……」
「そ。シザンさんのわがままで僕を利用したのなら、僕だってわがままでシザンさんを利用してるの。
僕の目的はシザンさんとこの世界を楽しみたいってこと。だから、シザンさんの方から案内してくれるのは願ったり叶ったりってわけ。
もし僕のわがままが気に入らないなら、ここで解散してこれから会わないようにしても良いけど、どうする?」
シザンの答えが分かっているサスは、少し意地悪そうに尋ねた。
シザンは重苦しい表情から一変して、軽やかな表情でふっと笑った。
「気に入らないわけないさ。誰かの為に行動したい俺のわがままを受け止めてくれるんだから」
「そういうこと。んじゃこれからどうする!? どっかオススメの場所とかある!?」
「いや切り替え早いなぁ……」
軽く呆れながらも、じゃあ……と答えようとするシザンの返事を待たずに、サスは続けて話す。
「あ、ごめん。もう一個わがまま言っても良い?」
「ん? なんだい?」
「あのね……僕はシザンさんが笑ってる方が良いんだ。だから、無理しない範囲で良いから笑顔で居てね!
哀しい時にも笑っていてほしいとか言ってるわけではないよ。無理に笑う必要はなくて、普段の生活で笑顔が多ければ良いなって思ってさ。
だから、次に行く場所はシザンさんが笑顔になれる所にしよう! ね!」
そこまで言われたシザンは、少し意地悪な笑みを浮かべながら話し始める。
「俺が笑顔になれる場所か……それなら別に移動しなくても良いかな」
「なんで? このベンチが一番のお気に入り? まぁ景色良いもんねぇ」
そう言ってサスはシザンから視線を外し景色を見渡す。
「そうじゃなくて」
シザンは少し間を開けてサスが視線を自分に向けたことを確認する。
そして顔をサスに近付けつつ、サスの頭に手を置きながら言う。
「サスが隣に居るなら俺はどこでも笑顔になれるってこと」
それを聞いたサスは一瞬で顔を赤く染める。
「ばっ……!! いきなり恥ずかしいこと言うなよもぉぉぉおおお!!」
「ははは! でもわがままなサスのお望み通り俺は笑顔になったよ?」
「そうだけどさぁああああ!!」
ケラケラ笑いながら謝るシザンと、顔を真っ赤にして抗議するサス。
相手の為にと願うわがままと、笑顔であるようにと願うわがまま。
二人の優しいわがままは噛み合い、一つのわがままへと変わっていく。
「さっきのサスじゃないけど、俺ももう一つわがままを言って良いかな?」
「え? 何? からかった後でまだからかう気?」
「からかってないんだけどなぁ……いたって大真面目だよ俺は」
「あ、さっきのが大真面目なら僕も同じこと考えてると思う。せーので言おうよ。いくよ?」
せーの……というサスの掛け声の後で二人の声は重なった。
相変わらず顔を真っ赤に染めたサスと、真剣な表情でサスを見るシザン。
言い終わり笑顔で顔を見合わせる二人の傍らには、二輪の鮮やかな花が寄り添うように咲いていた。
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