第5話『異形の森で(前編)』

 「この件は内密に進めて欲しい」

 その日、伝奇部部室棟に現れた白衣の少女は、開口一番そんな事を言い始めた。

 「進めて欲しいって、まだ何も話聞いてないんで、やるかどうかも決められないんですけど……」

 気の抜けた声で正論を発した紗絵に対し、少女は苛立たし気に顔を上げた。その表情は季節外れの大きなマスクに覆われて窺えないが、鋭い視線には有無を言わさぬ意志が宿っている。

 「お前達に拒否権など無い。正規に認証された部活動である以上、生徒会の要請には答える義務がある筈だぞ、伝奇部」

 「機密保持に関しては遵守しますが、ご希望に添えるかは内容次第です。我々は委員会とは違い、一部活動に過ぎませんから」

 紗絵の隣に座っていた双葉は努めて冷静な声で応えた。そして、紗絵とキョウに対し、「余計な事を言うな」と言いたげな視線を向ける。

 もっとも、二人の背後に立つキョウには会話に割り込むつもりなどなかった。学園の政治事情について詳しいとは言えないキョウだが、そんな彼でも目の前の応接ソファに腰かけた相手の名前くらいは知っている。

 難波利江。生徒会書記。そして猿梨学園理工学部においてバイオ工学の権威として知られる一方、生物部部長としても活動している才媛だ。下手な事を言えば学園での立場がどうなるか分からない。

 「我々に無能を遊ばせておく余裕はない。希望に添えなければこの部を処分するだけだ。嫌でも遂行してもらうぞ」

 彼女は腕時計を一瞥し、少し眉をしかめると白衣のポケットから小型メモリーを取り出して応接机に置いた。

 「依頼内容は怪獣の駆除、概要はこれに入れてある。せいぜい努力する事だな」

 難波はそう言うとおもむろに立ち上がり、別れの挨拶もすることなく出口の方へ向けて足早に歩き始める。複数の要職を兼ねる彼女は多忙な人物としても知られている。こんな部に構っているヒマは無いようだ。

 「お疲れ様で~す」

 紗絵の白けた声と共に、部室の扉が閉じる音が響いた。


***


 「何様なんだ。あの態度、生徒会にはあんなのしかいないのかよ」

 約一時間後、東部エリアの校舎脇林道を歩きながらキョウは吐き捨てた。

 「文字通り学園の支配者だもの。多少態度も大きくなるよ」

 横を歩く紗絵はそう言いながら苦笑する。

 猿梨学園都市は、「学生の主体性、就業意欲、政治意識の向上」を目的に制定された都市区画のひとつだ。学園の自治を担う生徒会は20代未満の優秀な生徒で構成され、市内における権限は「国」のそれに匹敵する。

 「難波書記は黒森会長の信頼も厚い、生徒会の実質ナンバー3よ。何様かと問うても、女王様の家臣だとか答えるかもしれないわね。素で」

 先日、戦闘スーツとともに渡されたインカムから双葉の声が響く。上空には「ノニエンくん2号機」が二人の後を追うようにして飛行していた。

 「で、そんなお偉いさんが何故こんなところの怪獣退治を依頼してくるんだ?」

 キョウはため息交じりに携えた散弾銃を意識しながら周囲を見渡す。

 林道に生えた木々は明らかに異様だった。どの幹も波打つように捻じれており、木によってはN字型に折れ曲がっていたり、一度ぐるりと弧を描いてから天を目指し伸びているものもある。まるでシュールレアリスム系の絵画だ。おまけに刺々しい葉の付いた枝や洞からは刺激臭を放つ蒸気が漂い、霧がかかったようになっている。

 「一応、この辺りも理工学部の敷地だからね。怪獣がここをねぐらにしてたら、校舎の方も危ないと思うよ」

 「実際、昨日、一昨日と犠牲者が出てくるようね。放っておくわけにもいかなくなったんでしょう」

 「だが、警備なら風紀委員に頼めばいいだろう。何故俺たちに……」

 「風紀を近づけたくないのよ、辺りを見ればわかるわ」

 周囲を見渡すと、木の脇に生い茂る下生えの中に黒いビニール袋が転がっているのがいくつも見えた。

「何だ、これは? ゴミ袋みたいに見えるが……」

 キョウはそう言いながら袋に手を伸ばす。しかし、それはあまりにも迂闊な行動だった。

 次の瞬間。袋が裂けて中から何かが飛び出した。

 「うわっ!」

 キョウは思わず後ずさり、しりもちをつく。

 咄嗟に飛び退こうとして失敗したのだが、かろうじて回避には成功したらしい。彼の眼前で鋏のようなものがバチリと閉じた。

 いや、鋏ではなく顎だ、とキョウは分析する。ゴミ袋から現れたのは、彼が今まで観た事も無いほど巨大なムカデだった。クワガタを思わせる巨大な牙の上には黒くつぶらな複眼が、そして鞭のような触覚が蠢いている。

 鎌首をもたげた様は大蛇のようだ。それはキョウの方を再度睨むと、鋏のような顎を大きく広げた。危機を直感したキョウは、慌てて散弾銃の銃口をムカデの頭部に向けようとする。

 しかし、それより早く、彼の前に黄緑色の閃光が走った。

 「ヨロイムカデ……の小型種か、だから嫌なんだよねここ……」

 紗絵が気味悪そうな声を発した。当のヨロイムカデは首を斬り落とされ、断末魔の代わりに無数に生えた足と身体をくねらせている。どうやら彼女が手にした鎌口セイバーの斬撃を食らわせたらしい。

やがてどろりとした紫色の体液が溢れ、怪物は動かなくなった。身体を覆う灰色の甲殻は名前の通り頑丈そうに見える。原理不明のセイバーには耐えられなかったようだが、キョウが持つ散弾銃では撃ち抜けなかったかもしれない。

 「あまり迂闊に触れない方がいいわ。それ理学部の連中が不法投棄した産廃だから。何が入ってるか分からないわよ」

 双葉はあまりに遅すぎる忠告を発した。

 見ると、破れた袋からは虹色の光沢を放つ油や不気味な液体が漏れ出している。それらの詰まっていたであろうプラスチック容器やガラス瓶は、恐らくヨロイムカデの牙であろう鋭い歯型に食い荒らされていた。

 「なんて有様だ。まさか、この辺りの木が変な形してるのも……?」

 「ええ、産廃から漏れた汚染物質の影響よ。学園創立当初から捨て続けていたようだから、生態系への影響は計り知れないわね」

 「風紀に見られたくないわけだ……」

 「でも、この森が毒を吸収してるおかげで市街地の方まで汚染が広がらなくて済んでるからね。不気味だけど、決して悪い事ばかりでもないよ」

 紗絵はセイバーをしまうと、倒れたままのキョウに手を差し伸べる。彼は「すまない」と言いつつ、その手を取って立ち上がった。

 そして、改めてヨロイムカデの死骸を眺める。

 「なぁ、こいつが今回の駆除対象って事はないのか」

「残念だけど目標は脊椎動物系との事らしいわ、捜索を続行しましょう」

 「とはいえヨロイムカデには気を付けてね。今のは小型だったけど、大きいのはビルの基礎を噛みちぎるくらい巨大だから」

 双葉の即答と紗絵の警告に、キョウは深いため息を吐いた。

(続く)

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巨乳JCや浮浪少女と怪獣退治なハーレム生活!!~猿梨学園伝奇部~ スミス中尉 @fltsmith

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