終焉

 血の跡が、あるドアの前で途切れていた。そこは前に活性剤の資料を取りに来た、博士の部屋だった。


「ここにケンドが…。」僕は全体がまだ痛みながらも、ドアをじっくりと見つめる。「…。行くぞ。」ホウジョウは怒り顕わにしながら、壊れるくらいの勢いでドアを開いた。全員中へ入って行く。


 そこにケンドはいた。中央にある机の向こう側にある椅子に座り、血の付いたメスを見つめながら。「ケンド…。」ホウジョウは眉間にしわを寄せるくらい、ケンドを睨みつける。「ひひっ。はっはっ。」その時ケンドは急に、気が狂った笑い声を上げた。と同時にメスに付いた血を人差し指で触り出す。


「気が狂ったんじゃないの。」カヤは身を震わし、嫌悪感を示した。するとその時、ケンドがいきなり立ち上がる。「君たちは活性剤をどのように思うかね?」と僕達に質問を問うてきた。


「恐ろしい物だ。力と言う魔物に全身を蝕まれ、最終的には全身を朽ち果てさせてしまう。」ケイは簡潔にそう答えた。「確かにそれは正解だ。でもそれが美しい。一時的に力を手に入れ、そして思う存分使い果たし、それから朽ちていく。人間の一生と同じだ。」「馬鹿馬鹿しい、あれのどこが人間の一生なんだ。」ケイはケンドの言うことに嫌悪感を示した。


「はぁ、分かった。それじゃフランケンシュタインのマサヤ君に聞こう。どう思うかな?」「怖かった。戦ってみて狂気を感じた。逃げ出したくなるくらいに。」と痛みに耐えながら喋る。「ほう、やはり作られた者同士。気持ちは分かるのかな?」「似た者同士…。いや違う。似た者同士ではない。しかし気持ちは少し分かるかもしれない…。」「ほぉ、やはり気持ちは分かるのか。なるほど。」ケンドは興奮を抑え、感慨深げに語った。


 するとその瞬間、ケンドは机の上を飛び越えた。まるでハードル選手のように。それから歩き出す。「ならば貴様は所詮、活性剤の商品価値を愚弄する存在でしかない。何故ならば同じだからだ。能力活性剤も置換法も制御装置も。」とケンドは雄弁に語った。


 僕達は黙ってそれを聞く。ケンドの語り口は何か引き付けられるものがある。皆は彼に殺意があるものの、油断してしまう。彼は語ったその直後、僕に近づく。そして不意打ちの如く、メスを僕の胸目掛け刺してきた。僕はその狂気を肌身で感じる。そして左足を使い、彼の股間を蹴り上げた。ケンドは直撃を喰らい、股間を両手で抑える。その時、メスがカランと言う音を立てて落ちる。


「マサヤ!」「マサヤ君!」マヤとケイは親指を曲げ、ケンドとの戦に備える。一方ホウジョウは彼らの代わりに僕を支えた。しかし、僕はホウジョウの好意を振り払う。そしてすぐさま落ちたメスを取り、それをケンドの胸へ刺した。一瞬の出来事だった。皆はぽかんと口を開ける。


 人肉の生ぬるい質感がメスを伝い感じられる。気持ちが悪かった。それは脳裏に焼き付くくらい。僕は数秒刺した後、ゆっくりとメスを抜き取る。嫌な感覚が体全身を覆う。その頃にはある程度痛みは消えていた。いや忘れていたのかもしれない。


 ケンドはにこやかに、幸せな夢を見るかのような表情を浮かていた。血が彼の体を伝い流れ落ちていく。それは徐々に溜まりを作り、数分後には血の池がそこにあった。僕は黙ってケンドを見下ろす。沈黙。


「…。行こう。」ホウジョウは認知が追い付かず、片言で喋った。それから出ていく。ケイもカヤも彼の後に付いて行った。


だが僕は彼らが出て行っても、ケンドをじっと見つめていた。笑っている。恐らく未来永劫笑うのだろう。世間に公表もされないだろうし、この研究所も放置される。だがこれで良いのだろう。僕達はこれ以上何もできない、やる気もない。僕は終わったのだと、空白感を感じながら部屋を後にした。


 皆は入り口付近に戻った。そこに広がる光景は戦場後のように、無残で血生臭い匂いが漂っていた。カヤは気絶したマヤを、ケイは苦しむカールを担ぎ上げる。するとカールが何かもぞもぞと喋る。


「どうして助ける。」「別において行ってもいいが。やはりそんな苦しんでいると置いてゆけない。」ケイは率直に彼に言う。カールはため息をつきながら、ケイに支えられ扉の先へ進んで行った。カヤもそれに続き、マヤを背中で担ぎながら出ていく。これが僕が最後に見たカールとマヤの姿だった。


僕もよろめきながらも、タクオの元へ行く。タクオは僕の顔を見つめる。「行きましょう。」僕はタクオの左肩を持つ。タクオは頷く。ホウジョウも手伝うかの如く、右肩を持った。そして歩き出し、ドアを潜る。僕達は後ろを振り向かない。ドアが重たい音を立てて閉まる。その音を聞きながら階段を一歩一歩昇っていく。


 そして研究所の外へ出た。その頃には太陽が黄金色に輝き、空が赤く包まれていた。風が吹く。周りの草木が悲鳴を上げるように揺れる。僕達はその声を聞きながら、研究所を後にした。その後、この研究所は立ち入りを禁止され、二度と日の目を浴びることはなかった。


 三日たった。僕は父の部屋に行く。そこには父の映る写真が入った写真立てが置かれていた。僕はその前に佇む。「父さん。僕はケンドを殺した。気持ち悪かったよ。もしかしたら父さんもケンドと同じ気分だったのかもしれない。でもこれで超能力は恐らくもう日の目を見ない。僕の能力も。しかしまた誰かが能力を悪用するかもしれない。それに僕を狙う奴がいるかもしれない。けれどそれはその時々で対処していくよ。」と言った後、僕は立ち上がり写真立てを後にした。


 それからキッチンへ行く。そこでお茶をコップに入れ一杯飲み干す。そしてリビング に行き、ソファに寝込む。瞼を閉じた。視界が真っ暗になる。恐らくまた僕の命を奪いに来る奴が何処かにいるのかもしれない。そう一瞬考え込む。しかし今は眠る。眠りが必要だ。だがそんな葛藤をしてる合間に僕は眠りについた。

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