決戦

 雑木林が風に揺れて唸る。まるで嘆いているかのように。僕達は彼らの唸り声を聞きながら、目の前に佇む研究所を見つめる。


「忌々しい場所。」ホウジョウは唾を吐き捨てるように、研究所に向けて呟く。「入りましょう。」タクオは息を呑み、研究所をできるだけ見ずに裏口へ向かう。僕達も後を着いて行く。鉄の扉が鈍い音を立てて開く。まるで僕達を歓迎するファンファーレのように。それを聞きながら僕達は中に入った。


 するとオレンジ色に輝く閃光が一瞬光る。僕達は手で顔を塞いだ。あまりにも眩しすぎた。しかし徐々に光は輝きを失っていく。僕達はそれにつれ、手を下ろしていった。それから辺りを隈なく見渡す。そこには壁の隅に一つずつつけられたライトが、橙色の光を輝かせ辺りを照らしていた。まるで太陽のように。


「ケンドの奴め。大層なご歓迎を。」ホウジョウは捨て台詞の如く話す。「確かにな。」僕はホウジョウの意見に首肯する。「だがこんな所で油を売るわけにはいきません。」タクオはごもっとなことを離す。そしてホウジョウが戦闘となり、皆を率先させる。その後、奥にある階段を下って行った。


 階段も同様、左右の壁につけられたライトが照らす。だがそのおかげで段差が見え、躓くことはなさそうだった。しかし嫌に照り付けるので気持ち悪くはなるが。そして皆無言で駆け下り、最下層に着く。鉄の扉がオレンジ色に照らされていた。それは前に来た時とは異様な雰囲気を漂わせる。まるで地獄へ続く門のように。


 しかしホウジョウは、そんな茶地なことは気にせんと言わんばかりにドアを開ける。もはやそれは突き破る勢い去った。皆中へ入って行く。すると今度は青白い光が出迎えてくれた。


僕は一瞬顔をしかめる。入り口と動揺、急に色合いが変わりすぎて、目が追い付かなった。それは皆同じだった。それから段々と慣れていく。皆はゆっくりと目を開け、辺りを隈なく見渡す。


どうやらライトが煌びやかに輝く以外は元のままだった。辺りに研究機材や資料などが散らかっている。だが前とは違い、より辺りを見渡すことが出来た。そのせいでより悲惨な面が目立つようになったが。


「おい、ケンド。着いたぞ。」ホウジョウは怒声ともいえる大声を出す。声が三回跳ね返ってきた。そして3回目が跳ね返る直前、向こう側から足音が聞こえてきた。それは四つ。一つは無機質な足音。もう一つ、鈍く獰猛な足音。更にもう一つはさわやかな足音。そしてさらにもう一つは可憐な足音だった。


 そしてその足音が数秒聞こえた後、ケンド、アイザワ、カール、マヤが向かってくるのが目視出来た。しかしカヤ一人は、前の傷が癒えていないのか額に包帯を巻きつけていた。「やぁ、君達。よく来たね。始まりと思い出の地へ。」相変わらずケンドは、気味が悪いほどの元気さだった。「今度こそお前たちを…。」アイザワは本当に猛獣になったのかように、鼻息を荒くする。それは奥まで見えるくらいに。


僕は彼らをじっと見つめ、息を呑む。ケイはケンドをただただ睨みつける。するとケンド達は僕達から三メートル辺りで歩を止める。まるで軍隊の行軍のように規則正しく。


「それじゃ、ケイ君。君の意見を聞こう。私達の所に来るか、それともホウジョウ達と居続けるか。」ケンドは両腕ピンと伸ばし、ケイに質問を出す。「…。ケンド、お前達とは手を組まない。なぜならお前も恋人を奪った張本人の一人だからだ。」ケイはケンドの差し伸べる手を折るかの如く、誘いを断った。


「はぁ。やはり駄目なのか。何故だい?どうして私がやったと断言できる。」ケンドは落ち込み、ケイに理由を問いただそうとした。「お前が胡散臭いからだ。ただそれだけのことだ。」ケイは断言した。


ケンドは理由を聞き、不服な表情を浮かべた。「ならば…。アイザワやってしまえ。そしてカール、マヤも、やれ。」「あぁ、分かった。」アイザワは鼻息を荒くさせ、両手を握りしめそれをぶつけ合った。本当に猛獣同然の姿になり果てていた。


「…。ケイ、貴様は俺と同じかもしれない。だから殺すことに躊躇するかもしれないと思った。しかし敵になれば容赦なく殺せる。俺は満足だ。そしてマサヤ、ホウジョウ、タクオ、カヤ。貴様らを我が弟の仇として殺す。」カールは親指を曲げながら、派手に宣戦布告した。「…。カール。」ケイは彼に視線を向けながら、親指を曲げる。


「マヤ。どうやら傷はまだ治っていないらしいわね。」カヤは挑発するかの如く、マヤを煽る。「あなただって、まだ傷が治ってはいない。だから同じ。」マヤはカヤを物凄い勢いで睨みつける。その後、カヤもマヤも親指を曲げる。カヤは剣を、マヤは刀を取り出した。それを両者、互いに向けあった。


 嵐の前の静けさだった。辺りがしんと静まり返る。その数秒後、風の着る音が聞こえた。カールがケイ目掛け接近した。鋭利なナイフを彼に向けながら。だがケイはそれを読んでいるかのように、注射器を彼目掛け投げつける。そして右手で左腕を持ち、左掌を大きく広げた。すると注射器がカールに近づく瞬間、大きな音を立てて割れる。まるで拳銃の弾が勢いよく窓ガラスを突き破るかのような。


カールはその時、瞳孔を丸くする。しかし事を理解したのか、一度立ち止り周りに風を巻き起こす。それで注射器の破片を全て払いのけた。ケイは渋い顔を見せる。


「…。今だ。」マヤはカヤが気を取られたその瞬間、刀を片手で持ち襲い掛かる。「しまった!」カヤはよそ見をしたせいで、危うく顔面を切られそうになる。しかし直前で何とか避けることが出来た。


「ちっ。」マヤは絶好の機会を逃し舌打ちをする。「そんな攻撃が当たるもんですか。さぁ、マヤ。最後の戦いを始めましょう。」カヤは剣を手に取り、マヤの懐へ向かう。そして両者互いに剣を混じり合わせた。


 僕は彼らの戦いを一目見た後、アイザワに目を向ける。彼はまるで闘牛、いや本当に闘牛と化していた。もはや理性があるさえわからい。


「ホウジョウさん、タクオさんは下がっていて。」僕は親指を曲げながら、彼らに警告する。彼等は黙ってうなずき、遠くの方にある机の影に隠れた。


 アイザワは両指の骨を折る。互いの目を見つめ合う。「何故、あなたはそこまでして力が欲しいと思ったんだ。」僕は戦う前、彼に一言問いかける。「うぎぃぃぃ。それは馬鹿にされ、いじめられてきた。これまでずっとだ。だから見返すためだ!それで力を得る理由になる。」アイザワは奇声を上げながら、床が抜けるくらい力強く走る。


「そうか。」僕は彼の覚悟を聞き頷く。と、同時に掌を握りしめる。深呼吸をする。そして僕は彼を見つめる。一発で決める。僕は前と同じ戦法で彼を倒そうと思い立った。


その時が来た。アイザワは僕のすぐ間近まで迫る。僕は拳をアイザワの腹目掛けぶち込んだ。弾力があった。しかしアイザワは倒れない。僕は彼の顔を見る。不気味な笑顔だった。唇を横に広げ、そこから白い歯がむき出していた。


僕は冷や汗をかく。今すぐここから離れなければ。僕は瞬間移動の如く、背中を後ろへやった。だがアイザワはその一連の行為が見えていた。彼は思いっきり、プロボクサー選手のようにブローをかます。それは素早く、僕の移動が追い付かなかった。


「うぐっ!」僕は呻き声を上げる。左目に直撃した。そのまま遥か彼方、入り口のドアまで飛ばされる。背中が痛かった。もしかしたら骨が折れたんじゃないかと思った。左目が見えない。ずきずきと痛む。失明したかもしれない。僕は何も考えれなかった。


 ケンドはその様子を見て、高笑いを上げる。「ははっ。実に良い眺めだ。フランケンシュタインのような継ぎ接ぎの君が、活性剤で新の能力を得た者に蹂躙される眺めは。はははっ。」


「ふぅぅ。」アイザワは蒸気機関車のように鼻孔から空気を出した。まるで威勢を見せるかのように。僕はただ両肩を激しく上げ、息を吐くことしか出来ない。「マサヤ!」カヤはマヤとの死闘の最中、僕を気に掛けた。「よそ見を。」だがマヤはそれを許さない。刀が休む暇もなく襲い掛かってくる。カヤは援護には行けなかった。


一方僕はケイがいる方向に目をやる。ケイは右肩から血を流しながら、必死にナイフの斬撃を避けていた。一撃でカールを仕留める機会を狙って。だからとても他の事に目を向ける余裕がなかった。


 僕はまたアイザワ居る方角へ目を向けた。ゆっくりとこちらへ向かってくるのが見える。僕は体勢を戻そうと力を注いだ。しかし全身に響く激痛によって立ち上がれない。


それでもアイザワはそんなことは待たんとばかりに迫ってくる。僕は右瞼を閉じようとした。シャッターのように。するとその時、アイザワが呻き声を出す。それは見えない何かに首を絞められ、今にも悶え死にそうに。


 僕は閉じようとした右瞼を限界まで開ける。「どうしたんだ…。」ケンドは突拍子な出来事に声を裏返す。「うぎぃぃぃ。」アイザワはまるでマンドラゴラのような悲鳴を上げ、その場で倒れこむ。。


 皆はその轟く悲鳴を聞き、一度戦いを鎮める。「活性剤の限界が来たんだ…。」タクオは恐れ、茫然とした態度を取る。その合間もアイザワは苦しむ。唾液が口から釜茹の如くあふれ出す。しかし彼は最後の力を振り絞り、怨念を唸り続ける。だがそれは何を言ってるのか聞き取れない。そして遂に、アイザワは白目を向き意識を失った。


死んだ。皆は唖然としてそう思った。だがケンドは一人、手を震えさせ興奮した趣を見せていた。「あぁ、これが。これが。人間の生命を惜しみなく出し切ったその先。」僕は彼の様子にただ唖然とするしかなかった。


「…。」カールはアイザワの死体を一瞥する。その顔には同胞を失った悲しみは見て取れた。しかしそれは一瞬の内に消えてなくなる。その後、カールは僕の方に目をやる。


そして今がその時、と言う風にカールはこちらへ素早く向かってきた。風が床をかすめるような音が聞こえる。ナイフの煌めく刃先が迫る。


 僕は気付き、すぐさまこの場から離れようと強引に体を動かした。何とかカールが着く前に避けることが出来た。しかし全身により痛みが生じた。「あっ!」僕は倒れこむようにしか着地できなかった。まるでアイザワの様だ。僕は彼の死体を横目で見てそう思う。


 カールが足音を立てて、こちらへ向かう。それは親指を内側に曲げ、ナイフを懐にしまいながら。そして僕の身体に馬乗りし、両手で強く首を絞めた。「弟の仇だ。そしてそれにはナイフはいらない。能力もいらない。首を絞めるだけで十分だ。」僕は首を絞められうまく言葉が出なかった。狭くなった喉から必死に呼吸する音が聞こえる。


このままだと絞殺させる。僕は額に玉のような汗を流す。それに頭が痛くなる。能力の限界が来ている。だが親指を曲げれない。手が思うように動かない。意識がもうろうとし始めた。視界が暗くなっていく。


 しかしその時、何かが割れる音が響き渡った。ケイだ。僕は割れる音だけで彼だと断定できた。カールはその時、両目を見開き口を大きく開ける。まるでしまった言う風に。そして破片がカールの顔全体に刺さった。まるで矢の的のように。


そのままカールは嘆声を上げながら、僕の首から手を離す。僕はその隙を狙い、親指を曲げ、彼から離れようとする。カールは傷を負った顔を手で塞ぐ。血がぽたぽたと床へ向けて垂れる。僕は彼のその姿を見つめながら、後ろへ後ずさる。


 何かの機器にぶつかった。そこで僕は後ずさるのを止める。すると足音がまた聞こえてきた。が、今度はケンド、マヤの物ではない。僕は目線を向ける。そこにはケイが歩く姿が見えた。足音が止まる。ケイが僕を見下ろす。親指を曲げながら。


 僕は彼を見上げる。するとケイは手を差し伸べた。無言だった。僕はそれにこたえようと、その手を掴む。だが手を掴む瞬間、激痛が走る。僕は彼から手を離す。「少しこのままにしてくれ。立てそうにない。」と僕は顔をしかめる。ケイはそのことを理解し、こくりと黙ってうなずく。


「カール!」マヤの叫び声が聞こえてきた。そしてこちらへ向かってくる。仇を内に。彼女の顔にそう書いてあった。しかしマヤは気を鈍らせた。カヤはそれを見逃さない。そのまま彼女は、マヤが隣を通るその時を狙い、懐に拳を一撃入れ込んだ。剣は使わなかった。マヤは両目と口を限界まで広げ、静かにその場で崩れ落ちる。気絶した。その時刀が手から離れ、無慈悲に落ちる。


「やっぱり切り刻めないわ。妹だから。」そうカヤは、倒れこんだ彼女に言い残す。「…。やっぱり仲間想いは時に命取りになる。そうこの光景を見て思った。」ケンドは失望した様相を見せる。


 その時だった。ホウジョウとタクオが機会を狙い、背後からケンドを捕えようと襲い掛かった。「ケンド!もうお前の仲間たちは戦闘不能の様だな。」「あなたがずさんに仲間を切り捨てるから。」とホウジョウとタクオは叫びながら、彼の両腕を掴んだ。


「えい、腹立たしい。」ケンドは気に触れたのか、怒声を上げながら彼らを力一杯振りほどいた。ホウジョウとタクオはお尻から地面へ倒れこむ。「所詮、貴様らでは俺には勝てん。それに会った時から忌々しいと思っていた。」続けてそう言いながら、胸ポケットからメスを取り出した。あの時ポケットに入れたメスだ。それを近くに倒れこんだタクオの心臓を目掛け、刺そうと試みた。


「駄目!」カヤは止めようと短剣を作り、それをケンド目掛け投げ込んだ。しかし能力の使い過ぎか、一瞬たるむ。そのせいで軌道がずれた。


短剣はケンドがメスを持つ左腕の肘裏に当たる。一瞬顔をしかめる。だが彼は刺すことはやめない。そしてタクオを勢いよく刺した。まるでギロチンのように。血が噴き出る。右腕の上腕部分から。心臓部分から外れた。死は回避された。しかしタクオは余りの痛さに傷を抑える。


 ケンドは殺せなかったことを悔やみながら、メスをゆっくりと抜く。舌打ちが響きわたった。それから彼は落ち武者の如く、奥の方へ進んで行った。


 けれど僕達の関心はタクオへ向けられた。皆彼に近寄る。「タクオ。大丈夫!」カヤは親指を曲げながら、急いで彼の元へ行く。「大丈夫です…。」タクオは血が出る腕を抑える。しかし血は手をすり抜け、滴る落ちる。


「タクオ済まない。俺が体を動かし、ケンドを止めていれば…。」ホウジョウはタクオの手を強く握りしめた。


 一方僕はケイに連れられ、ようやくタクオの元へ着いた。「大丈夫ですか…。」僕は何とか痛みに耐えながらも、タクオを心配した。


「そうですね…。大丈夫ではありませんが…。しかし、あなたこそ大丈夫ですか…?」タクオは声を振り絞る。僕は何も返せなかった。頷くだけだった。


「…。ケンドを追いかけよう。」ホウジョウは顔全体を影で覆いながら、皆へ向けて話す。「行こう。」カヤは立ち上がる。


「それじゃタクオさんは僕が。」ケイは思考がまとまったのか、ようやく口を開けた。「いえ、別に私は大丈夫です。ケイさんは行ってください。」タクオはケイの手を強く握る。


「分かりました。」ケイは一言残す。そして立ち上がる。僕もケイの援助を受け、立ち上がる。ホウジョウは皆が立ち上がったことを確認した。「タクオ、言ってくる。」そう一言言い残し、血の跡の着いた通路を歩いて行く。僕達は彼の後を着いて行った。






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