対話

 そして翌朝。ケンド達の約束の日。僕は起き上がる。その時ひどく興奮していた。心臓の鼓動が嫌でも聞こえ、それが時計の針の音と重ね合わさった。「一体これからどうなるんだ。」僕は頭の中で、そう考えた。


 するとその時、ケイがゆっくりと起き上がる。目がどんよりとしていた。まず彼が取った行動は、近くに脱ぎ捨てたコートを羽織ることだった。それからゆっくりと水道へ向かう。蛇口を捻る。水が滝のように勢いよく出た。ケイはそれを両手で受け止めすくう。それを顔に向けてパシャッと掛けた。まるで満タンのバケツを自分でかぶるように。


僕は一連の光景を、目を細めて見つめていた。まる夜行性動物を監視するかのように。ケイは顔を洗い終わると、近くに置いてあるよれよれのタオルで拭く。その後、僕のいる方へ向かってくる。僕は一瞬たじろいてしまった。


「少しいいか…。」余韻の残る言い方だった。ケイは僕を見下すように見つめる。「…。分かった。」僕も負けじと劣らない余韻を残る喋り方をした。


そしてケイに連れられ、僕達はドアへ向い潜り抜けた。それから四方を冷たい壁で覆われた階段を上っていく。一直線だった。それに暗い。だが光が見える。そこまで段差はなさそうだ。翌々考えると、この階段をゆっくりと昇るのは初めてかもしれない。気を失ったり、急いでいたりしていたから。僕はそんな呑気な事を思いながら段差を踏んでいく。


 一方ケイは俯いたまま、重い両足を上げながら昇っていく。その姿は囚人が重い鉄の玉を足に付けて、必死に歩く姿に似ていた。更に彼の背後に、暗い影が覆いつくす。まるで悪魔が取りついて、その上から生気を吸っているかのように。そんな彼を僕はただ見つめていた。


 そうして僕達は階段を上り切ることが出来た。外は青白く、人は誰一人いなかった。周りのビルが廃墟のように感じられるほどに。その時、新鮮な空気が肌身を刺激した。とても清々しかった。


「行こう。」ケイは風に流されれば消えかけそうな位の声を出す。その後右へ方向転換し、歩き出す。僕は黙ってうなずき、彼と共に歩き出す。それから共に、ゴーストタウンとなったかのような町の中を歩いて行った。


「私は君にどう接すればいいか分からない。」ケイは顔を振り向きもせず、誰もいない所に向けて言葉を発する。「…。それは僕も同じだ。」僕も誰もいない所に向けて言葉を発した。


「お互い一緒の様だ。僕は前にも言った通り恨んでいる。ホウジョウ達もケンドも。しかし君は複雑だ。何故か恨んでしまう。君も被害者なのに。」「僕もある意味では加害者で被害者なのかもしれない。」僕達は会話を続けながら、目の前にある大道を右折する。その先は途方に続く歩道があった。エンジン音が響く。左側の大道には数台、車が走っていた。まだ数は少ない。これから数が増え、同時にうるさくなっていくのだろう。


 その時太陽が顔を出す。周りの青白い光景が段々と橙色に変わっていく。それにつれ人が徐々に増えてきた。「あぁ、もしかしたら合意の上でやっているかもしれないからな。しかしその確証はない。だから君にその怨念をぶつけるのは余りに不純ない。」「だが僕はそれでも罪悪感はある。とても根深い罪悪感だ。ある事故が起きて、一人だけ生き残ったようなとても申訳がない感覚。それと似ている。」「やはりどうも君は責められない。」その時のケイの声は冷静で苛烈だった。


 そして僕達は数十メートル歩いた先で右折した。そこにはさっきよりも人が増えていた。「しかしそれでも疑いの目はなかなか晴れない。嘘を付いているか、あるいは自分自身に起こった悲劇を強調しているのかもしれないからな。」そう続けてケイは話す。


「確かにその通りだ。もしかしたら自分でも無意識の内に、ただ協調したいだけなのかもしれない。しかしそれは僕でも分からない。分かれば苦労もしない。」僕は地面に向けてため息を吐く。「そうかもな。もしかしたら私も同じかもしれない。」ケイは明るくなった空を見上げながら、明後日の方向に声を向けた。


「なんだかんだ言って、僕達は悲劇の中に放り込まれたのかもしれない。それは強制、いや勝手に。そして憎みあう。」「…。確かにな。私たちは混沌の渦の中に巻き込まれたのかもしれない。」僕達はまるで悟りを開くかの如く、菩薩の道に達しようとしていた。


 それからまた僕達は右折する。人が多かった。まるで蟻の行軍かのように。「ならばマサヤ君はどうする?もしケンドを倒し活性剤を破壊した後、ホウジョウ達と着いて行くのか?それかケンド同様倒すのか?」「それは分からない。当たり前だが。だったらケイもそうじゃないか?質問で質問を返すが。」「まぁ、君と同じで私にも分からない。ケンドとホウジョウは今でも恨みの対象だ、何度も言うが。しかし私にはできるのだろうか。今まで親しくしてもらったホウジョウとタクオを倒すことが出来るのだろうか?」ケイは哲学的な問を放つ。恐らく誰も答えられないような、とても難解な。


だからその問は煙のように、空気の中へ消えていった。その直後、僕達はまた右折した。そこはさっき見た光景。だが違う。廃墟になっていたゴーズトタウンは、今では人が栄える都市となっていた。


 すると僕達が以前立っていた階段の前にホウジョウ、タクオ、カヤが立っていた。「あっ!マサヤ、ケイ。」カヤは僕達を見つけると、すぐさま叫ぶ。まるで今まで見たことのない動物を見た少女のように。


 僕達はその叫び声に呼応するように、すぐさま向かう。それは無言で。そして皆のいる所へ着いた。「今まで何処へいっていたんだ?」「そうですよ。もしかしたら何処かへ消えたかと皆が心配しましたよ。」ホウジョウとタクオは迷子になった子どもが見つかり、安堵する親のような態度を取った。


「少し気晴らしに散歩していたんですよ。」僕は彼らに説明する。一方ケイは口を噤んでいた。まだ彼らと話す気分にはなれないようだ。「…分かった。時には気晴らしも大切だろう。それよりもケンドとの約束だ。」ホウジョウは覚悟を決めた面を見せた。


 僕達は黙って頷く。「それじゃ行こう。」ホウジョウは先頭を歩き出した。僕達は黙って着いて行く。するとカヤが僕の左肩をトンと叩いた。「それでどうだったの?」「…。まぁ、何とかうまくやれたと思う。」僕は自信なさげにそう語る。「そう…。まぁ、それはそうよね。」カヤは察したかのように、それ以降何も聞かなかった。


 それからはさっきとは違い左折する。その先は途方に長かった。車のエンジン音がうるさく響き渡る。その騒音の中をひたすら歩いて行く。そして数十メートル歩いた先に、駐車場があった。それは家一戸がちょうど入る位の広さはあった。


そこの手前に僕達が乗っていたセダンが佇んでいる。一人でに寂しく。皆はそれに乗り込み、ホウジョウが車のエンジンを掛けた。エンジンの音が周りに、車内の中に響き渡る。そして右折し、大道に入る。それから他の車に紛れて進んで行った。












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