緊迫

  それからまる一日経った。僕達は暗く澱んだ基地の中で、ただ黙りこむ。ケイは保存食が置いてある壁側でうずくまる。彼はここに戻ってきてからと言うもの、誰とも口にしなかった。ホウジョウとタクオはドアに近い床に座り、罪悪感に苛まれていた。


カヤはホウジョウ達から話を聞き、傷を癒しながらも一人、ソファにもたれこみながら考え込んでいた。一方僕は腹と背中の痛みがまだ残りながらも、向かい側のソファに坐り一人考え込んでいた。これからケイとどう接すればいいのか。一昨日の晩以来、ケイとは一切口にしていない。そして中に二人の人間がいることを。


「改めて再認識させられた。僕は改造させられたこと。二人の人間が中にいることを。そしてこれからどうすればいいんだ?ケイにどう接すればいいんだ?」僕は心の中で必死に思い悩む。


 するとその時、僕の左肩を誰かが叩いた。まるでドアのノックをするかのように。僕は振り向く。そこにはカヤがいた。「ねぇ、いいかしら。」そう言いながら、僕の右側に坐る。「なんだ?」僕はゾンビのような唸り声を上げる。「この状況をどうするかについてよ。」「あぁ、そうだな。それで何故僕に話しかけたんだ?」「だって、ケイもホウジョウもタクオもあの状態じゃ話しかけにくいわ。」「なるほど、僕は話しかけ易かったのか。」僕はため息を吐く。


「ごめん。別にそう言うわけじゃ…。」カヤは目を逸らした後、両手を合わせ親指同士を押し合わせた。「いや、別に気にしないでくれ。それよりもカヤが言った通り、僕達含め全員をどうやって元通りにするかだ。」


それから僕達は考える。しかし一向に思いつかない。焦る。「…。駄目だわ、難しすぎる。人と人とをつなぐのは。少なくとも強制的には。」カヤは結論めいた言い回しでそう話す。「確かにカヤの言う通り。僕達には解決できない問題なのかもしれない…。」と僕は諦めた掛けた。


 それから丸一日経った。僕達は昨日と同じ場所で陣取っていた。そして沈黙は続いたままだった。このままだとケンド達が来ても何もできない。僕は焦る。しかしどれだけ焦っても、時計の針は音を当てて動く。


 だが時計の針が昼の一時を指した時、突如ホウジョウが動き出す。それは石で出来たお地蔵様が急に動き出すかのように。僕とカヤ、タクオは驚くべき光景に、目を大きく見開く。周りが緊迫とした空気が変わった。その中をホウジョウは歩いて行く。


そして足を少し蹴り上げれば先が付く辺りの距離まで近づいた。「なんだ?」ケイは彼が来た事を肌身で察知したのか、顔を上げる。その時の彼はまるで、冤罪で捕まった犯人のようなやさぐれた顔つきだった。


「一度、話してみたい。」ホウジョウは唇を白くさせ、両手を震わせながら彼に聞いた。「今更何を…。」ケイは彼の言い草を嘲笑いながら、また顔を俯かせる。


「…。そうだな。今更話しかけられてもなんだからな。しかし一言言わせてほしい。私、タクオ、そして博士はミサキの命を奪った。これはたとえケンドのせいだとしても、私勝ちも加担したことは事実だ。…。すまない。そしてマサヤ君。意志を無視して、勝手に体を改造し、荷の思いすまない。」ホウジョウはケイにお辞儀をして謝った後、続けて僕にも謝った。


 僕は唐突の出来事に、頭が困惑した。まさか僕にも謝ってくるのかと。それはケイも同じで、何をどうしたらいいのか戸惑っていた。だがほんの数十秒でケイの顔から戸惑いの色が消え失せた。それからまた顔を上げ、ホウジョウを見つめる。そこには瞳が輝き、頬が赤くしっかりとした顔つきがあった。


「…。分かりました。心の底から反省していることが。でも僕はあなた達を許した事にはならない。」ケイははっきりと、まるで槍で突くような言い方で話す。その後、ゆっくりと立ち上がる。ケイとホウジョウの目線が合う。両者の顔には悲しみの趣が現れていた。


「そうだな。でも言えてよかった。」ホウジョウはそう言い残すと、今度は僕の所に来た。「マサヤ君。さっきも言った通り、君には重すぎる業を背負わせてすまない。もしかしたらそのせいで博士を、お父さんを恨んでいるのかもしれない。だが私は否定しない。いや、出来ない…。」ホウジョウはそこで言葉が詰まった。喉の筋がピクピクと動く。まるで魚のひれのように。


「そう…。」僕はどう言えばいいのか分からず、あやふやな返事を返した。ホウジョウはそれだけ聞くと、踵を返し元の場所へ戻っていった。歩は早くそそくさに。


「…。今思えばあの時、父が死んだ時心の中がすっとした気分になった。もしかしたら記憶は忘れていても、心の奥底では恨みを抱いていたのかもしれない。」と心の中で僕は、自分自身に向けて語り掛けた。しかし返事は帰ってこない。でも仕方が無いことだ。


 緊迫とした空気が、徐々に徐々に消えていく。それにつれ、皆は少しずつ緊張がほどけていた。しかしまだ完全にはほどけていない。これではケンド達との約束の明日までには間に合わない。だが急いで解くことはできない。僕達は黙る。それで今日は終わった。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る