怪談「スーパーにいる男」

Tes🐾

第1話

 Kさんはもう随分と冷凍食品を食べていない。

 嫌い、というわけではなく――ある出来事が原因で、買うのを躊躇っているのだ。


 その時のKさんは、まだ社会人の一年目だった。

 右も左も分からず、余裕のなかったKさんは、普段の食事のほとんどを冷凍食品に頼っていた。調理が簡単――というより、レンジで解凍するだけなので失敗の心配もなく、値段もスーパーのプライベートブランドならば、下手に作るよりも安くできる。

 週に一度、冷凍食品のまとめ買い。それが最初に身についた習慣だ。

 ただ、そうして何度も同じスーパーに通う間に、ひとつ気がついたことがあった。


 ――あっ、あの人またいる。


 いつも、同じ男が目につくのだ。

 歳は四十代くらいで、よれた藍色のジャージにサンダルを突っ掛けている。なんというか、単身赴任のオヤジのイメージそのままだな、とKさんは思った。

 それで印象付いたせいか、そのスーパーに行くと、度々その男を目撃するようになる。鉢合わせるのは必ず冷凍食品コーナーの前だ。ドアがいくつも付いた大きな冷凍庫の前で、商品を眺めながら行ったり来たりを繰り返す。

 最初のうちには三回に一度ほどだった。

 ただ、それが半年もすると、毎週のように見かけるようになっていた。

 別にKさんのことをジロジロ見てくるだとか、そういう不審なことは全くなかった。冷凍食品なんて誰もが重宝するのだから、いつも同じ場所で見かけてもおかしくはない。ただ自分が意識しすぎているだけ。そう分かっていても、必ず鉢合わせるとなると気味悪がらずにはいられなかった。

 そして、Kさんはこの時の勘があながち間違っていなかった、と後にして思ったという。


 それは年の瀬も間近になったころ。

 帰省する余裕もなく、Kさんは一段と忙しい日々を過ごしていた。

 そんな中でも、冷凍食品がなくなれば買い出しには行かざるを得ない。当然、行けばあの男がいる。

 ただ幸か不幸か、そのころには仕事の疲れから、あの男に対して何の感情も抱かなくなっていた。

 その日も買い出しにスーパーへやってきた折、またも男を見かけたが、「またいるよ」くらいにしか思わなかったという。

 ただ、その日はいつもと違うことがあった。


 男がKさんのことを見ていた。


 今まで視線どころか、意識を向けられていると感じたことすらない。けれどそれが打って変わり、冷凍食品のコーナーに入った途端、目を向けられたのが分かった。それもたまたまというわけではなく、しばらく男はじっとKさんを見つめていた。


 男は視線をKさんに向けたまま、冷凍庫の扉を開けると――

 ぱたん。

 中に入って、扉を閉めてしまった。


 Kさんは思わず「えっ」と声を上げてしまったという。

 当然だが、縦置きの冷凍庫の中は棚で区切られ、その間も商品が並べられている。一時期はやった『アイスの冷蔵庫に入るイタズラ』みたいなことができる隙間などない。

 けれど、男はまるで出入り口を通るかのように、冷凍庫の中に入ってしまった。

 思わず近寄ってその冷凍庫を見ると、やはり中は棚があり、商品が所狭しと並んでいる。

「あらー、お客さんごめんなさいね」

 と、そこで横から声を掛けられた。

 見ると、苦笑いを浮かべた店員のおばさんが走り寄って来るところだった。

「なんかここの扉だけ、気圧の変化か何かで、ときどき勝手に開いちゃうみたいなの。故障とかじゃないんだけど」

 取り繕うように言ったのは、Kさんが余程驚いた顔をしていたからだろう。

 けれど、Kさんはおばさんの言葉に何も返せなかった。

 居ても立ってもいられず、商品かごを置いて店の外に出て、家まで全力で走った。


 あの冷凍庫の奥。

 とても人が入れるスペースのないそこに、男はいた。

 棚や商品すり抜けるようにして立っていて、身体や手、顔の一部が見えていた。それはまるで輪切りにされて詰められた死体のようだった。


 けれど、冷凍食品の袋の間から覗いていた目だけは、しっかりとKさんへと向けられていたという。


 以来、Kさんは冷蔵棚に入る商品、とりわけ冷凍食品は食べられなくなってしまったらしい。

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