第10話

 ど、どうして。


 どうして、僕の祝福が効かないんだ。


 祝福『ホレイル』は、どんな異性でも強制的に僕に惚れさせる能力で間違いないはずなのに……




 目の前で起こったイレギュラーに、僕は動揺を隠せないでいた。


『ホレイル』の効力については、クラスメイトを使って検証済みだ。


 だから、本来であれば、シェリーは僕の虜になっているはずなのに……


 それなのに、シェリーはいつも通りのままで。


 惚れるどころか、呆れるように眉をひそめていた。




 ……どうして……どうしてシェリーには僕の祝福が通用しないんだ!


 当てが外れて焦った僕は、何も言えずにただ口をパクパクさせながら冷や汗を流す事しかできなかった。


 それくらいに、シェリーを自分の物にできなかったことに絶望していたんだと思う。


 そんな僕を見たシェリーは、ひそめた眉を八の字に折り、心配するように尋ねてきた。




「レイド、すごい汗ですよ? 大丈夫ですか?」


「え、あ、うん……大丈夫だよ……ははは……」


「でも、顔色も悪いですし……うちに帰って休みましょうか?」


「えっ! ……い、いや、本当に大丈夫だから……ごめん、シェリー、呼び出しておいて悪いんだけど、僕、帰るね! それじゃ!」


「あっ! レイド! 待ってください!」




 そう言って、シェリーは僕の額を伝う汗を拭おうとする。


 けれど、僕はそれを良しとはせずに、彼女の手を払った。


 そうして、戸惑いながらも呼び止めようとしてくれたシェリーを背に、僕は駆け出した。


 遠く聞こえるシェリーの声と風を切る音が混ざった夜闇の中を、一心不乱に駆け抜ける。


 シェリーの顔を、直視することができなかった。


 それは、罪悪感と劣等感に苛まれたからだ。


 本来なら、僕は正々堂々と、自分の口で、自分の言葉でシェリーへの想いを伝えるべきだった。


 それなのに、僕は卑怯で卑屈で反則的な手を使って。


 そこまでしても、僕の願いは叶わなくて……


 あまりの自分の醜さと無能さに、僕は絶望した。


 シェリーの優しさが、余計に自分の劣等性を強く意識させる。


 自分の中でうごめく後ろ暗い何かに吐き気を催しながら、僕は涙をこらえて自分の家へと走った。




 そうして自宅に戻ると、勢いよくベットに突っ伏した。


 僕はクズだ、低能だ。


 誇りや道徳心すら捨ててまで、願った未来を得られなかった。


 能無しという言葉がこれほど似合う人間もいないだろう。


 祝福が通用しないというのなら、僕がシェリーの心を惹きつける事なんて不可能だ。


 僕には、何もない。


 何もないどころか、人より劣っているところの方が多い。


 だから、この先、どんな男がシェリーに言い寄っても。


 シェリーが奪われるのを、僕は指を加えて黙ってみている事しかできないんだ。


 顔を赤らめ、熱く情熱的な視線を向けるシェリー。


 でも、それが向けられるのは、その対象は僕ではなくて……




 想像しただけで、死にたくなった。


 実際、それを黙って見守る事しかできないのなら、死んだ方がマシだった。


 何とか、何とかそんな未来を阻止する方法はないのだろうか。  


 シェリーの心を、僕に、僕だけに向ける方法は。


 低能な頭を使って、必死に考える。


 そして、ふと、ケラーが口にしていた言葉を思い出した。




『祝福は、辛く長い鍛錬か、自分より強い相手と命のやり取りをすることで成長する』




 たしか、ケラーはそんな事を言っていた。


 祝福は、辛い鍛錬か、もしくは“強い相手との死闘”を経る事で成長すると。


 もし、それが本当なら……




 僕はベットから立ち上がり、カバンに必要最低限の荷物をまとめた。


 僕が授かった祝福、『ホレイル』。


 その祝福は、異性の生物を強制的に僕に惚れさせ、服従させる能力を持っている。


 しかし、僕がこの世で一番惚れさせたい相手、シェリーにはその効力を全く有さず、何かしらの原因や弱点が、この祝福には存在する事が窺えた。


 一瞬だけ、頭を過った可能性。


 それは、シェリーにこの祝福が通用しないのは、既にシェリーが僕に惚れているからではないのかという事だ。


 一瞬だけそう考えて、そう考えた自分を、僕は鼻で笑った。


 そんなの、あり得ない。


 こんな劣等感まみれの僕を、シェリーが異性として好いてくれるなんて、何があってもあり得ない。


 自惚れるなと、僕は自分を律し、祝福をどう鍛えるのかという方向へと脳のリソースをシフトさせた。


 何かしらの欠点が、この祝福にはある。


 けれど、その欠点には改善できる余地があった。


 ケラーの言う通り、祝福が進化するというのなら。


 この祝福が、シェリーにも通用する程の、いや、どんな異性の生物にも通用する程の強度に練り上げられる可能性があるというのなら、試してみる価値はある。


 タイムリミットは、シェリーが結婚できるようになる15歳になるまで。


 つまり、三年だ。


 それまでに、僕は……




 荷物を背負い、部屋を出る。


 そのまま、家を飛び出し、僕は覚悟を決めた。


 一刻でも早くシェリーを自分の物にしたい僕に、地道で安全な鍛錬という方法を取る選択肢はなかった。


 だから、僕はこれから、自分の命を懸けるような苦難の道を進む事を余儀なくされる。


 ケラーの言う通り、自分より強い相手との死闘が、祝福を飛躍的に進化させるというのなら、僕は……




 シェリーが他の誰かのものになる、取り返しがつかなくなる、その前に。




 僕は、この世界で1番の強者になる。

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