第2話

「そうです、その法解釈を理解できれば、あらゆる事象に応用できるようになりますよ……レイド、すごいです。この年齢で理解できるなんて大したものですよ」


「あはは……シェリーの教え方がうまいからだよ」


「何を言いますか、おだてても何もでませんよ?」


「おだててなんかないよ、本当にそう思ってる。シェリーのこと、尊敬してるよ」


「うぅ……あ、ありがとうございます……こんなにいい子なのに、ちょっかいを出してくる子達の気が知れませんね」


「あはは……でも、仕方ないよ。弱い僕が悪いし、それに、僕には祝福がないから……」


「……レイド」




 卑屈になってそう言うと、シェリーは真剣な表情になって、僕を見つめた。


 その顔には、珍しく怒気が含まれているような、そんな気がした。




「どんな理由があったって、いじめる側が正しいことなんて絶対にあり得ません。それに、あなたは弱くなんてない。祝福がないから何ですか。その代わりに、ロイドには賢い頭と優しく純粋な心があるではないですか。それだけで充分だと思いますよ」


「シェ、シェリー……」




 シェリーの言葉に、僕は胸が熱くなった。


 あぁ、この人はどうしてこんなにも美しく気高いんだろうと、そんな愛慕にも似た感情が溢れて止まらなくなり、思わず泣き出しそうになってしまう。



「えへへ、ありがとうシェリー。……あ、僕、そろそろ帰らなきゃ」


「そうですか? たしかに暗くなってきましたもんね……わかりました。気をつけて帰るんですよ?」


「うん、大丈夫。勉強教えてくれてありがとね。また明日」


「はい……あの、レイド」


「ん? なに?」


「何かあったら、真っ先に私に相談してくださいね?」


「あはは、シェリー、心配しすぎだよ。大丈夫、シェリーが心配しているような事なんて滅多に起きないし。それに、何かあったら自分でなんとかするよ。僕だって男なんだから」


「で、でも……」


「本当に大丈夫だって。でも、ありがとう。何かあったら、シェリーに真っ先に相談するね?」


「や、約束ですよ?」


「うん、約束」



 そう言って、指切りをすると、シェリーは嬉しそうに微笑んだ。  


 まるで、自分の子供に向けるような慈愛に満ちた顔で、僕の頭を撫でるシェリー。


 照れ臭くなって、そのまま早々にシェリーの家を出た。


 沈む夕日を背に、家路に続く道を走りながら思う。


 本当に、シェリーは美しい。


 完璧に近い存在だと、そう思った。


 完璧で、至高で、優等で。


 劣等種の僕とは、対極の存在だ。


 シェリーは僕の事を好いてくれていると思う。


 けれど、それは庇護対象としての好意だ。


 昔馴染みの、弟や息子のような存在だから、よく目をかけ優しくする。


 もしかしたらそれは、好意ではなくある種の同情に近いのかもしれない。


 “レイドは弱いから、可哀想だから、私が守ってあげないと”と、そう、シェリーは思っているのかもしれない。


 それを想像してしまうと、シェリーの優しさが途端に残酷に思えてしまう。


 きっと、シェリーに他意はないのだろう。


 純粋な気持ちで、僕に優しさを与えてくれる。


 でも、僕は違う。


 その優しさの裏側を、いつも探ってしまう。


 たったそれだけの事でも、僕とシェリーには雲泥の差があるという事を証明していた。


 卑屈で醜い自分が、僕は大嫌いだった。

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