【短編、3万字】いじめの標的にされているような落ちこぼれの僕だけど、ある日突然『異性を自分に惚れさせる』能力に目覚め、今まで僕を見下してきた奴らに復讐し、能力を使って年上幼馴染との結婚を目論む話。

村木友静

第1話

 僕の住むこの街、いや、この世界では、誰もが皆一つ、自分だけの”魔法”を持っている。


 掌から火や水を出したり、雨や雷を降らせたり、人の心を読んだり。


 皆それぞれ、個性的で独創的な能力を持ち、人々は、それらの不思議な能力を、神から授かった”祝福”と呼び、日常生活や戦闘など、ありとあらゆる事に役立てていた。


 しかし、ごく稀に、魔法を持たない者、すなわち、神の”祝福”を受けない人間が生まれてくる事があった。


 祝福を受けた人間であれば、少なくとも五歳までにはその片鱗を、能力の一端を開花させるのだけれど。


 祝福を受けない人間は、五歳を過ぎても、何歳になっても、その能力に目覚める事はない。


 どうしてそうなるのかは解明されていないけれど、もし”祝福”を授かる事ができなかった場合、その人間は差別の対象とされ、周りの人間から侮辱や迫害を受けるケースが多い。


 最近では、ようやく、そういった差別を失くそうという動きが、大人の間では目立ってくるようになったけれど、それでも、世の中では未だに根強く差別の色は残っていて、分別のつかない人間、特に子供や老人には、そのような言動や行動が顕著に見られている。




 僕、ロズワール・レイドは今年で十一歳になる。


 ちなみに、五歳を過ぎてから今日まで、“祝福”の兆しが芽生えた事は一度もない。


 小さい頃は、自分がどんな祝福を授けられて、その祝福を使ってどんな活躍ができるのか、どのようにして人々の役に立とうか、心の底から楽しみにして、焦がれて、期待していた。


 けれど、現実は残酷で。


 この歳になっても、僕にはいまだに祝福の片鱗が見えない。


 それが何を意味するのか、つまりは、そういうことだ。




 僕は、神に選ばれなかった。




 そうして、神に選ばれなかった人間がどのような扱いを受けるのかは、先程説明した通りだ。




「ほーら! 能無しレイドのカバンが宙を舞うぞ!」


「うわっ! 能無しが感染るー!」




 僕が通っている、十二歳以下の子供に読み書きや計算を教えてくれる街の学校。


 その帰り道、同じクラスのドンパス、ライルが、僕のカバンを投げて遊んでいる。


 学校では、いつもこうだった。


 祝福を受けていない、つまりは社会的弱者の僕は、体力の有り余った子供達にとって絶好の遊び道具だ。


 たとえ反抗されても、祝福のない僕では誰にも勝てっこない、だから、レイドは無駄な抵抗はしてこないと、そう皆分かっているから、いい標的にされる。


 直接的な嫌がらせをしてくるのは主にこの二人だけど、みんな、心の底では全員が、僕を見下している。


 クラスの人間の殆どがそうだった。


 皆が皆、僕を見下し、蔑んでいたと思う。


 そして、質の悪いのがもう一人。


 ドンパスとライルに指示を出し、僕を徹底的にいじめ、おもちゃにしようとしてくる人間が、もう一人いる。


 それが…




「あっはっはっはっ! 惨めねぇ!」




 それが、高らかに笑い声を挙げる金髪の少女、ケラーだ。


 彼女に比べたら、ドンパスもライルもまだかわいいものだ。


 彼女は、控えめに言って、鬼だ。


 ケラーは、この街、そしてこの土地全域を治める王国の軍隊、王国軍を率いる幹部の御令嬢だ。


 長い間、この王国を脅かす存在である“魔族”と戦ってきた王国軍。


 その軍隊の要人の娘とあれば、誰もが畏怖し、特別扱いするのは当然だろう。


 けれど、彼女が怖れ慕われる理由は家柄だけではない。


 誰も彼女に逆らえない理由が、もう一つあった。


 それは、彼女が授かった祝福だ。




 祝福、『ドープ』




 簡単に言えば、筋肉を増強し、身体能力を底上げする祝福らしい。


 英雄と呼ばれる彼女の祖父と同じ祝福らしく、しかも、彼女の祝福の出力はゆくゆくはその祖父を上回るのではないかとも噂されている。


 小さな街に現れた、神童。


 誰もが彼女を称賛し、彼女を褒め称え、彼女のする事の全てを承認した。


 平和な生活を送る庶民の気持ちが分かるようにと、ケラーの父親がこの街の学校に通う事を彼女に義務付けたらしいけれど……


 その結果、こんな化け物が生み出されてしまった。


 確かに外面はいいかもしれないけれど、僕にとって、ケラーは魔族よりも残忍で恐ろしい存在だった。


 そう思うほどに、僕が彼女から受けてきた仕打ちは言うに絶えないものだった。




「レイド、あなたはいつ見ても惨めで醜いわねぇ? 死んだ方がマシなんじゃないの?」


「あはは、ケラー様、言えてますね」


「ほんとですよ! 祝福のない無能なんて、死んだ方がマシです!」


「っ………」



 三人のあまりの言い草に、思わず反抗的な態度を取ってしまう。


 それを、ケラーは見逃さなかった。


 ニヤついていた顔をキッと歪め、僕を睨みながら言った。




「何かしらその態度、すごく不愉快だわ。レイド、あなたまた顔の形を歪められたいの?」


「……ごめんなさい」



 彼女に凄まれた僕は、泣く泣く頭を下げた。


 男なら、やられたらやり返せと、そう思うかもしれない。


 けれど、僕にはそれができなかった。


 なぜなら、一度ケラーに反抗的な態度を取って、死ぬ寸前まで制裁を受けた経験があるからだ。


 だから、僕には彼女に無条件に降伏することしか選択肢はなかった。




「ふっふっふ……分かればいいのよ、分かれば。でも、この私に反抗的な態度を取ったのは紛れもない事実よね?」


「そ、それは……」


「また口答えする気? だめね、一度痛い目に合わせないと、このおバカさんは分からないみたい。ドンパス、ライル、その無能を押さえなさい」


「「わっかりました!」」


「い、いや、待ってケラー、謝るよ、謝るからそれだけは……」


「うるさい!」



 そう言って、彼女は右手を振りかぶり、拳に力を込めた。


 すると、光が眩く彼女の拳に集結し、束になって収縮していく。


 祝福、『ドープ』の力だ。


 あんなに強く長くため込まれた祝福を受けたら、僕はひとたまりもないだろう。


 最悪、骨折したっておかしくはない。


 あぁ……母さんになんて言い訳しよう……


 本当に、ついていない……




「フリーズ!!!」



 そう、全てを諦めて目を瞑った、その瞬間。


 遠くから聴こえてきたその声と同時に、分厚く大きな氷でできた障壁が、僕とケラーの間に降り落ちた。


 それは、ケラーの『ドープ』で強化されたパンチを受けてもびくともせずに、無機質に僕の目の前に鎮座している。




「コラッー! 何をしてるのあなた達ー!」




 続けてやってくるその声に、ケラー、ドンパス、ライルの三人は飛び上がって驚き、震えていた。




「レ、レイド、今日のところは見逃してあげるわ! ほんと、十一歳にもなって幼馴染に子守りをしてもらうなんて、情けないわねあんた!」


「卑怯者!」


「覚えておけよー!」




 そう言って、三人は走り去っていく。


 三人と入れ替わるような形で、先程の声の主である、可憐な少女が僕に声をかけた。




「はぁ……はぁ……レイド、大丈夫ですか? 怪我してませんか?」


「う、うん……シェリー、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


「あの子達、また懲りずにあなたにちょっかいを掛けているのですか? 困りましたね……私が学校の先生に相談しましょうか?」


「い、いや、大丈夫だから、本当に心配しないで。そんなことより、今日も宿題を教えて欲しいんだけど、いいかな?」


「むぅ……まぁ、あなたが大丈夫と言うなら出過ぎたマネはしませんが……何かあったら、必ず相談してくださいね?」


「あはは……うん、ありがとう、そうするよ。シェリー、いつもありがとね……えっと……だ、大好きだよ?」


「なっ……コラ! 年上をからかうんじゃありません!」




 長い銀髪、蒼い瞳、雪よりも白い肌。


 突如現れた、妖精のような出立ちをした可憐な少女の名前は『シェリー』。


 容姿端麗、才色兼備な僕より二つ年上の幼馴染だ。


 彼女はこの街ではちょっとした有名人で、僕とは比べものにならないくらいに将来を期待されている。


 何故かと言うと、彼女もまたケラーと同じように、特別な祝福を授かっているからだ。


 祝福、『フリーズ』


 空気に含まれる水蒸気を凍らせ、無から氷を作り出す魔法。


 その祝福はとても珍しく、とても美しいと評判で、この街の全ての人がその祝福に魅了されていた。


 しかし、シェリーが凄いのは祝福だけではない。


 彼女は頭も良く、誰にでも優しく、誰よりも美しい。


 だからこそ、街の皆に好かれ、慕われていた。


 そんな彼女を幼馴染に持ち、よく目をかけてもらっている僕は幸せ者なのだろう。


 もしかしたら、神様は僕に祝福を授けない代わりに、シェリーの幼馴染という地位を与えてくれたのかもしれない。


 そう思ってしまうくらいに、シェリーは完璧な女の子だった。


 大好きだと、そう言った言葉もあながち嘘ではなかった。

 

 僕は、シェリーを愛していた。

 

 幼い頃から、物心がついた時からずっと、シェリーの事が好きだった。


 その気持ちに嘘偽りはないし、その気持ちは未来永劫変わらないと断言できた。




 でも、肝心のシェリーはどうだろう。


 シェリーは、僕の事をどう思っているのか。


 そんなの、分かりきっていた。


 シェリーが、僕を好きになってくれる事なんてあり得ない。


 多分、弟ぐらいにしか思われていないだろう。


 そうに違いないし、僕もそれくらいは弁えていた。


 だって、僕は弱いから。


 未来に何の希望も期待も持てない能無しだから。


 シェリーに釣り合うような人間ではないから。


 だから、僕はこの恋心を真剣にシェリーに伝えるつもりなんてなかったし、この先もそんな機会が訪れる事はないというのを確信していた。




 いつも、いつもいつも思う。


 僕に祝福があったら、僕は自分に自信が持てるのだろうか。


 僕に能力があったら、シェリーと対等な関係を築けるのだろうか。


 いつも思って、想像して、絶望する。


 なぜなら、僕には祝福がないからだ。


 それは、未来永劫変わらない事で。


 それは、いつかはシェリーが僕の側を離れて、誰かの物になってしまうという事を意味していた。

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