plants world 〜なんのひねりもない物語〜
小説書く夫
第1話 知らない世界
秋、その期間は、日中の暑さに比べて、朝晩は少し肌寒さを覚える。吹いてくる風には爽やかさを感じ、心の悪いなにかを洗い流す。
葉がすっかり落ちきってしまい、木は寂しげに川辺に佇んでいた。
だが、ある光景を見、僕はつい足を止めた。その景色はそれほど僕の目を惹きつけた。
川辺に生えている木は葉がすっかり落ちているのだが、ある一つの木だけは、未だに春の面影と、その緑色のドレスを捨てていない。
ーーおかしい、もう秋は下旬に足を踏み入れ始めているのに…
明らかに不自然なのに、背後を歩く学生らは見向きもしない。
気付いたら僕はその木に向かって歩きだしていた。
まだ遠い、僕はついに走り出した。
「おい、何してる、危ないだろ!」
犬の散歩をしていたおじさんに怒鳴られたが、僕の耳はその声を遮断した。
視界が汗で塞がる。
ーーもうダメだ、少し休憩しよう。
だが僕が目を開けると、
「えっ……」
緑色の葉を纏った木は、僕の目の前に元気よく佇んでいた。
ちょうど着いたようだ。嘘のようだが、目の前で起こったことは受け入れざるを得ない。
着いてみて分かったことは、この木が他よりも大きい、ということのみだ。
木の周りをぐるりと一周してみた。
特に変わったものは見当たらない。
だが、なにかが不思議でならない。何故か木の周りから離れられない。
僕は木をコンコンと叩いた。
気付くと周りの音は聞こえなくなっていた。
ーーなんで?遠くには人も歩いているし、川も流れているのに音が聞こえない。
もう一回木の周りを一周すると、木に穴が空いているのが目に入った。
恐らく、先程まではなかった。いつ空いたのだろうか。
僕は勇気を出して木の穴に顔を突っ込んだ。中は真っ暗で何も見えない。
「ん……やっぱり何にも見えないか……」
だがその時、突然僕は穴の中に落ちた。背後から誰かに押されたように感じたが、触れられた感触はない。
闇の中を、僕は勢いよく落ちた。
*
僕は飛び起きた。いや、もしかしたら寝ていなかったかもしれない。
辺りを見回した。
少し小さい部屋のようだ。部屋全体には暖かみのあるオレンジ色の光が広がっている。
それ以外はドアのみがある殺風景な部屋だ。
ーーここは、木の中? ならこの部屋は一体……?
自分一人に問いかけても、残念ながら答えは導くことはできない。
「ここからどうやって出る?」呟きはついに僕の口をついて出た。
「まずここは本当に木の穴の底なのか?」
不安が徐々に募る。
僕は高校生だ、学校も、帰るべき場所もある。
「おや、誰でしょうか?」
すると、どこからともなく女性の透き通った声が聞こえた。
「えっ、えっっと、そちらこそ誰なんでしょうか?」
声を振り絞ってそう言うと、今度は僕の背後から声が聞こえた。
「人間の方ですね、初めまして」
後ろを振り向くと、緑色の女性が立っていた。ドアから入ってきたようだ。
女性は僕を見て微笑むと「こんにちは」と言った。
身長は僕と同じくらい、髪は長髪で緑色、目も緑色。
「私はエーリュウ。木の妖精です」
「き、木の妖精?」
僕が驚きの声をあげると、エーリュウは優しく頷いた。
「僕、さっきまでは、木の周りにいたんですけど、ここってその木の中とかですか?」
「はい」
どうやら本当に木の中らしい。正直胡散臭い話だが、どう見てもエーリュウは浮遊しているし、ワイヤーなどで釣っているようにも見えない。
空を飛べるのだったら、妖精だと言われても納得はいく。飛ばない妖精はいないだろう。
「少し…付き合ってくれませんか?」
エーリュウは言った。
「こんな狭い所で話すのもどうかな、と思ったので、少し移動しますね」
エーリュウは僕の手を掴み、歩き出した。
ドアを開け、外に出る。すると、とてつもない眩しさが僕を襲った。
視界は完全に真っ白になった。
だが、少し歩くと視界は元に戻り始めた。
そして、目の前に広がる光景に、僕は心を震わせた。
先程の部屋とは違う風景。
人々は、普段通りの生活をしている。洗濯物を干したり、近所の人と雑談など。
でも一つ違う点がある。
みんな、移動には背中に生えた翼を使っているのだ。透き通っているのもあれば、濃い色もある。その種類は人それぞれで、まさに十人十色といった感じだ。
家は木を基調としたモダンな家が多い。古びた感じが実にユニークだ。
エーリュウは森の中に足を踏み込んだ。僕はされるがままついて行く。
森の中は暗く、薄くエーリュウが見えるほどだった。
しかし流石は妖精と言ったところか、エーリュウは暗闇の中でも構わず歩き続けた。
しばらく歩いていると、エーリュウが口を開いた。
「ここには、人間達によって死んでしまった植物の妖精が暮らしています。毎日のように新しい植物がここにはやって来ます」
先程見ただけでも、学校の一クラス分はありそうだったが、まだまだ一部に過ぎなかったようだ。
「昔から、人と植物は長い間、共存して来ました。人間が吸う酸素は植物が排出し、植物の吸う二酸化炭素は人間が排出しています。ですが最近、人々は植物への恩を忘れ始めました。森を切り倒し、焼く。人間のために酸素を作る植物たちを、自分の手で絶滅させようとしています」
エーリュウは言った。声が震えているのが分かる。
僕は慰めの言葉をかけようと思ったが、言葉が思い付かなかった。
「植物は人間に説得はできません、声がないためです」
僕の中に疑問が生まれた。
「エーリュウ、じゃあなぜ、ここに住んでいる植物は言葉を話せるんですか?」
気が付くと、既に疑問は僕の口をついて出ていた。
「植物は、人間達にによって何らかの危害を加えられそうになると、せめてもの反撃として、人間の魂の一部を奪ります。それによって植物は人間に近い姿に進化し、今の姿になります」
エーリュウが言った。
「僕はどうやったらここから帰れるんですか」
僕は言った、帰らなければ両親が心配するだろう。
「先程も話した通り、ここは人間によって死んでしまった植物が住んでいます。そして、あなたは人間、植物ではないのでここの住民とは違います。空は飛べません。なので、植物がここに落ちてくるための入り口を使います」
エーリュウは遠くの方を指差した。
そこは、遠くからでも分かるような険しさの山で、大きさは日本一の山、富士山を思わせた。
「あの山の頂上は地上と繋がっているので、帰ることができるでしょう」
よく見ると、山頂は、地上から差し込む光に照らされ、電球のように白く光っていた。
「ですが、あなたは私達の敵…誰かに襲われることもあるでしょう、くれぐれも、気をつけてくださいね」
エーリュウは真剣な眼差しをして言った。
僕が唾を呑み込むと、その音は不自然なほどに辺りに響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます