plants world 〜なんのひねりもない物語〜

小説書く夫

第1話 知らない世界

秋、その期間は、日中の暑さに比べて、朝晩は少し肌寒さを覚える。吹いてくる風には爽やかさを感じ、心の悪いなにかを洗い流す。

 葉がすっかり落ちきってしまい、木は寂しげに川辺に佇んでいた。

 だが、ある光景を見、僕はつい足を止めた。その景色はそれほど僕の目を惹きつけた。

川辺に生えている木は葉がすっかり落ちているのだが、ある一つの木だけは、未だに春の面影と、その緑色のドレスを捨てていない。

ーーおかしい、もう秋は下旬に足を踏み入れ始めているのに…

明らかに不自然なのに、背後を歩く学生らは見向きもしない。

 気付いたら僕はその木に向かって歩きだしていた。

 まだ遠い、僕はついに走り出した。


「おい、何してる、危ないだろ!」


犬の散歩をしていたおじさんに怒鳴られたが、僕の耳はその声を遮断した。

 視界が汗で塞がる。

ーーもうダメだ、少し休憩しよう。

だが僕が目を開けると、


「えっ……」


緑色の葉を纏った木は、僕の目の前に元気よく佇んでいた。

 ちょうど着いたようだ。嘘のようだが、目の前で起こったことは受け入れざるを得ない。

着いてみて分かったことは、この木が他よりも大きい、ということのみだ。

木の周りをぐるりと一周してみた。

 特に変わったものは見当たらない。

だが、なにかが不思議でならない。何故か木の周りから離れられない。

 僕は木をコンコンと叩いた。

 気付くと周りの音は聞こえなくなっていた。

ーーなんで?遠くには人も歩いているし、川も流れているのに音が聞こえない。

 もう一回木の周りを一周すると、木に穴が空いているのが目に入った。

恐らく、先程まではなかった。いつ空いたのだろうか。

 僕は勇気を出して木の穴に顔を突っ込んだ。中は真っ暗で何も見えない。


「ん……やっぱり何にも見えないか……」


だがその時、突然僕は穴の中に落ちた。背後から誰かに押されたように感じたが、触れられた感触はない。

 闇の中を、僕は勢いよく落ちた。



 僕は飛び起きた。いや、もしかしたら寝ていなかったかもしれない。

辺りを見回した。

 少し小さい部屋のようだ。部屋全体には暖かみのあるオレンジ色の光が広がっている。

それ以外はドアのみがある殺風景な部屋だ。

ーーここは、木の中? ならこの部屋は一体……?

 自分一人に問いかけても、残念ながら答えは導くことはできない。


「ここからどうやって出る?」呟きはついに僕の口をついて出た。


「まずここは本当に木の穴の底なのか?」


不安が徐々に募る。

 僕は高校生だ、学校も、帰るべき場所もある。


「おや、誰でしょうか?」


すると、どこからともなく女性の透き通った声が聞こえた。

 

「えっ、えっっと、そちらこそ誰なんでしょうか?」


声を振り絞ってそう言うと、今度は僕の背後から声が聞こえた。


「人間の方ですね、初めまして」


後ろを振り向くと、緑色の女性が立っていた。ドアから入ってきたようだ。

 女性は僕を見て微笑むと「こんにちは」と言った。

身長は僕と同じくらい、髪は長髪で緑色、目も緑色。


「私はエーリュウ。木の妖精です」

「き、木の妖精?」


僕が驚きの声をあげると、エーリュウは優しく頷いた。


「僕、さっきまでは、木の周りにいたんですけど、ここってその木の中とかですか?」

「はい」


どうやら本当に木の中らしい。正直胡散臭い話だが、どう見てもエーリュウは浮遊しているし、ワイヤーなどで釣っているようにも見えない。

 空を飛べるのだったら、妖精だと言われても納得はいく。飛ばない妖精はいないだろう。


「少し…付き合ってくれませんか?」


エーリュウは言った。


「こんな狭い所で話すのもどうかな、と思ったので、少し移動しますね」


エーリュウは僕の手を掴み、歩き出した。

 ドアを開け、外に出る。すると、とてつもない眩しさが僕を襲った。

視界は完全に真っ白になった。

 だが、少し歩くと視界は元に戻り始めた。

そして、目の前に広がる光景に、僕は心を震わせた。

先程の部屋とは違う風景。

人々は、普段通りの生活をしている。洗濯物を干したり、近所の人と雑談など。

 でも一つ違う点がある。

 みんな、移動には背中に生えた翼を使っているのだ。透き通っているのもあれば、濃い色もある。その種類は人それぞれで、まさに十人十色といった感じだ。

家は木を基調としたモダンな家が多い。古びた感じが実にユニークだ。

エーリュウは森の中に足を踏み込んだ。僕はされるがままついて行く。

 森の中は暗く、薄くエーリュウが見えるほどだった。

しかし流石は妖精と言ったところか、エーリュウは暗闇の中でも構わず歩き続けた。

 しばらく歩いていると、エーリュウが口を開いた。


「ここには、人間達によって死んでしまった植物の妖精が暮らしています。毎日のように新しい植物がここにはやって来ます」


 先程見ただけでも、学校の一クラス分はありそうだったが、まだまだ一部に過ぎなかったようだ。


「昔から、人と植物は長い間、共存して来ました。人間が吸う酸素は植物が排出し、植物の吸う二酸化炭素は人間が排出しています。ですが最近、人々は植物への恩を忘れ始めました。森を切り倒し、焼く。人間のために酸素を作る植物たちを、自分の手で絶滅させようとしています」


 エーリュウは言った。声が震えているのが分かる。

僕は慰めの言葉をかけようと思ったが、言葉が思い付かなかった。


「植物は人間に説得はできません、声がないためです」


僕の中に疑問が生まれた。


「エーリュウ、じゃあなぜ、ここに住んでいる植物は言葉を話せるんですか?」


気が付くと、既に疑問は僕の口をついて出ていた。


「植物は、人間達にによって何らかの危害を加えられそうになると、せめてもの反撃として、人間の魂の一部を奪ります。それによって植物は人間に近い姿に進化し、今の姿になります」


エーリュウが言った。


「僕はどうやったらここから帰れるんですか」


僕は言った、帰らなければ両親が心配するだろう。

 

「先程も話した通り、ここは人間によって死んでしまった植物が住んでいます。そして、あなたは人間、植物ではないのでここの住民とは違います。空は飛べません。なので、植物がここに落ちてくるための入り口を使います」


エーリュウは遠くの方を指差した。

 そこは、遠くからでも分かるような険しさの山で、大きさは日本一の山、富士山を思わせた。


「あの山の頂上は地上と繋がっているので、帰ることができるでしょう」


よく見ると、山頂は、地上から差し込む光に照らされ、電球のように白く光っていた。

 

「ですが、あなたは私達の敵…誰かに襲われることもあるでしょう、くれぐれも、気をつけてくださいね」


エーリュウは真剣な眼差しをして言った。

 僕が唾を呑み込むと、その音は不自然なほどに辺りに響いた。

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