陰口......
「あぁぁ! お金全部とられたぁ!」
志波は人混みの中で騒音レベルの一声を出した。
私のメイドに感じた怪しさ......まさか当たっていたなんて。
雑居ビルに入った私たちは、そこがメイド喫茶ではないと知らなかったのだ。
店を出た後スマホで調べたら、秋葉原には近年ガールズバーのような風営法的に非常にグレー店舗が増加しているらしい。
キレそうになった志波を宥めるのには苦労した。
私も腹が立ったが、店側のカウンターの奥にサングラスのゴツいおじさんがスタンバっていたからビビった。
「すいません、轟さん!」
志波は駅で会った時のように、再び土下座を始める。
大声で注目を集めた上でこれだ。
当然周りがざわつき、私はどうにかエスケープしようとファミレスに彼を誘った。
お金がないから無理だと扉の前で踏み留まるも、私が出すからと言ったら心底申し訳なさそうに受け入れていた。
「轟さん、ドリンク何がいい? 持ってくるよ!」
志波は名誉挽回したいのか、忙しなく立ってドリンクバーの方へ向かっていった。
まぁ私が誘導したような物だし、割と責任を感じている。
コスプレはしたくないけど、少し慰めて今日は解散しよう。
戻ってきた志波は両手が塞がっているのに、依然として慌ただしい。
「うわっ!」
案の定躓き、床一面に甘い水溜りが広がっていった。
「お客さま、大丈夫ですか?」
志波は店員が駆け寄ることに気づかず、テーブルの上にある紙を取ろうと立ち上がる。
「いてっ」
しかしテーブルに頭をぶつけ、その場に縮こまった。
悶える彼に、店員は心配して「後は私たちの方で処理しますので」と気を遣われていた。
私は心配を通り越して笑ってしまい、申し訳なさそうに席に着く彼を見つめた。
なんだかんだ言って、楽しませようとしているんだよね。
「すいません、僕のせいでデートが……」
涙目になり、志波は顔を合わせなくなった。
思えば最初からドジばっかやってるの見たけど、私もだんだんとエンジョイしていたのは事実。
「志波、だったら今度はお前から誘って。私は面白かったし、デート......悪くなかったよ」
私は初めて、彼へ正直な感想を喋った。
気恥ずかしかったけど、落ち込ませたままはやはり忍びない。
こんなので励ましになるのか、わからないけど。
「やっぱり轟さんは......優しいですね。初めて会った時からずっと」
志波は大粒を垂らしつつ、ぐちゃぐちゃな笑顔を見せた。
なんでこいつは、こんなに感情豊かに返してくるんだろう。
私が優しいって、勘違いしてデートまでして楽しんで。
仮初の私の姿に惹かれているんだろうな。
ふとそう考えると、何か心がざわつく。
本当の自分を見せたら、こいつはやっぱり怒るのだろうか。
いや、何よくわからないこと考えているんだ。
「私がドリンク持ってくるよ」
私は志波にそう言い残し、気晴らしに店の外へ出た。
扉を閉めた直後、スマホのコール用の音楽が流れた。
落ち着いて戻ろうと思ったのに、誰だ?
開くと舞であった。
「もしもし響子? 今何してんの?」
そういえば、ここ最近舞と香菜とあんまり話していない。
屋上での一件以来、いつか金ずる探しやめようと言おうと思ってた。
だけど、重い話できる空気が中々なかったんだ。
......ていうか、今何しているって言われているんだが?
今絶賛、デートしちゃっているんだけど!
なんて言い訳すればいいんだ?
「まぁいいや、あのさ次の金ずるなんだけどやっぱり中学の時の奴使おうよ」
舞......あの一件があったのにまだそんなこと考えていたんだ。
いや、私も実際自分勝手に人に迷惑をかけていたんだけど。
そうだよね、もうやらないって決めたんだから舞たちも説得する!
「てかさ、志波ってマジで気持ち悪くない?」
「舞、確かに志波はキモいしドジだし変な奴......だけど」
言いかけたその時、私は言葉を失ってしまった。
目の前に様子を見に来た志波がいたからだ。
いつからいたのかわからない。
けど......反応を観察するに、確実に今のセリフは耳に入っていた。
「轟さんもやっぱり......陰で僕のこと......信じていたのに!」
走り去ろうとする彼に動転し、私は思わず腕を掴んでしまった。
「響子、志波近くにいるの?」
スマホから聞こえる舞の声は、ポケットに入れたためか聞こえない。
いや、そんなことはどうでもいい。
今はこの誤解を解きたい。
しかし、そう思った瞬間私は言葉が出なかった。
今は確かに悪口を言いたかったわけではないが、この1年陰で馬鹿にしていたのは本当なんだ。
だから、ここで誤解を解いたとしてちゃんと志波に向き合えていると言えるのだろうか。
でも、今謝って受け入れてもらえるの?
「轟さん、覚えていますか? 僕はあなたと会った時、蟻を切り刻んでいた。やっちゃいけないことなのはわかっていた。誰にも認められないことや、受け入れられないことが辛かった。だから、僕を馬鹿にした奴を、蟻に見立てて報復していた。その姿を見ても、轟さんは仲良くしてくれた」
志波は、振り返らずに淡々と話し始めた。
あの時私は、ただ志波にビビっていた。
だから、優しくしたんだ。
「......嬉しかった。でも、今日のデートの失敗とかも全部僕が悪い。轟さんがそう思ってしまうのも仕方ない。もう僕は、誰とも話たくないんだ!」
そう言い残し、彼は私の掴む手を振り切った。
風に運ばれたからなのか、唇に塩分を含んだ雫が付着する。
「ねーちょっと響子、何があったの? 気になる~」
空気を読まない舞の通話越しの声。
「舞、人を傷つけるのってそんなに楽しい?」
気持ちのぶつけどころがわからない私は、その後舞とひたすら言い争いをした。
最終的には、お互いに論点を見失って暴言を吐き合うところに行きつく。
もうお互い、顔を合わせて喋る事はないかもしれない。
けれど、止められなかった。
私は誰かを傷つけることでしか、気持ちを抑えられない人間だと自覚した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます