ケバブとメイド......じゃねーよ!

「はい、これがケバブサンドです!」


 志波の手から渡されたそれは、私の手のひらでは若干収まらないボリュームをしていた。

ケバブサンドは初めて食べるが、薄い皮で包まれている肉とキャベツの量がハンパない。

それにオーロラソースのようなソースがかかっており、見ているだけで唾液が溢れる。

歩き回って腹が減っていたこともあってか、私は大きく口を空けた。

余韻に浸っていられないぐらいには、胃袋を鷲掴みされた。

キャベツのシャキシャキとした食感と噛み締めるたびにあふれる肉汁。

それらを包み込む薄皮と、全てを融合させるようにアクセントを効かせるピリ辛いソース。

これはあれだ、たまに無性にドカ食いしたくなるやつだ!

食べ終えた私を喪失感が襲いかかり、志波の手元に自然と目がいった。


「食べるの早い! でも美味いですよね、これ」


 志波は遠慮がちに小口でそれを食べた。

私はというと、よだれを垂らしながら彼が完食するまでケバブサンドじーっと眺めた。

もうあの店からかなり距離あるし、買いに行くのはダルい。

あーもう、なんでそんな私に拷問するような食べ方するんだよ!

ゆっくり食べる彼へ限界を感じ、私は彼の手ごと口に押し込んだ。


「志波! ジャンクフードはかぶりつくものなんだよ!」


 やべっ、ついやっちまった。

口に強引に入れた瞬間ソースが飛び散り、彼の鼻や頬に付着した。


「はい!」


 しかし反応は予想を斜め上回るものだった。

目を光らせた彼は、ガツガツと猛スピードで食べ始める。

そのあまりの勢いのせいか、最後の一口は私の指に舌が触れた。


「キモっ! セクハラっ!」


 一瞬の出来事につい、私も反射的にそう言い放ってしまった。


「ふみません」


 志波は真面目な顔をしながら、パンパンに頬を張って謝る。

その姿に腹の底から湧き出るような笑いが起こった。


「なんだよリスみたいな顔してんじゃん志波! ほら、ソース拭いてやるよ」


「あ、ありがとうございます」


 ってあれ、私なんでこんなことしてんだ。

笑ったせいで思考がバグったのか、これじゃ本当に恋人同士みたいじゃん。

いくらデートちゃんとするとはいっても、これは仕方なくなんだから。

うん、きっぱりラインは敷いておこう。


「ほら、さっさと次行こう!」


 私は若干冷たく喋りかけた。

彼は気にせず、再びくしゃくしゃの紙を取り出す。


「次はですね......これです!」


 志波は意気揚々ともう一枚紙を手に取り、見せつけてきた。

紙には彼の好きな魔法少女が映っていたり、その他にも何かしらのアニメキャラと思しき物がある。

しかしこれは......二次元ではない!

この魔法少女も、あれもこれも生身の人間である。


「これってもしかして......」


「コスプレだよ? 魔法少女ミミ......きっと轟さんにピッタリだと思うんだよね。ちなみに俺はミミちゃんに恋心を抱いている幼馴染の......」


 こいつ、何トチ狂ったことを言っているんだ。

なんで私がコスプレさせられて、おまけに露出多い服着なきゃならないんだよ!

おまけにこれ、スタジオで撮影って書いてある。

こんな所でこいつと2人で写真撮影だって?

もしそんな写真が舞や香菜にバレたら......マジで一生の黒歴史確定じゃん。

しかも志波の野郎、マジの目してやがる。

冗談でもなく本気で、デートでコスプレ撮影しようとしているんだ。


「どうしました?」


 疑問の1つもない表情で、彼は心配したような声をかける。

お前が悩みのタネだっていうのに。

ヤバい、何とかコスプレだけは回避したい!


「志波、コスプレは後にしよう。その次のこれ、メイド喫茶の方が興味あるなー私」


「でも、僕がリードするんじゃ......」


 不服な顔をする志波に、どうしたもんかと手をこまねいていると女が突如視界に入った。

メイドらしき衣装をした小柄な彼女は、大胆にも志波の懐に抱きつく。

意表をつかれた瞬間に私もメンを喰らったが、どうやら彼もそうらしい。

というか、私以上に動揺している。


「お兄ちゃん、よかったらお家に来て?」


 上目遣いと甘えた声で迫る彼女に、私はただ生唾を飲んで静観した。


「お家って、お店のことだよね。うーん、後で行こうと思ってるから」


 志波は動揺しつつも考えを変えず、そう答える。

私は絶好のチャンスと認識し、彼女がどこまで粘るか見守った。


「えー、お兄ちゃんは私のことタイプじゃないってこと? 悲しい」


 すごい、即興で涙を浮かべるなんて。

彼女の攻撃に揺らいだのか、志波は先ほどのように断る言葉を発しなくなった。

ただ沈黙し、どうしようかとテンパっている。

なんだろう、最初はチャンスと認識したけど腹が立ってきた。

仮にもデートをしている相手を置いて、あんなデレデレするなんて。

でも、コスプレは絶対に嫌だし。

そうこうしていると、ロリ顔もメイドはついに王手を仕掛ける。


「うちのお店、今来てくれたら割引するよ。私、今日初勤務だから優しい人に来てほしいの。お兄ちゃん、お願い」


 うーん、メイド喫茶ってこんなに色仕掛けするものなのだろうか。

何故だろうか、渋谷や原宿にいる悪質なキャッチ野郎どもの幻影が見える。


「わ、わかりました。轟さん、コスプレは後でいいですよね?」


「え、まぁそのつもりだったけど」


 ていうか後回しじゃなくて、今日はもうメイド喫茶で終わりにしてくれ!

そんなこんなで、少し怪しいメイドに連れられ私たちは雑居ビルの一室へ赴くのだった。

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