良い奴......じゃねーよ!
扉側を向くと、汗だくの彼の姿があった。
「はぁ、やっと見つけましたよみなさん」
チェーンソーは隠し持ってるようには見えないけど、彼の一挙手一投足は大変不気味である。
怖じ気てその場に完全に停止する私とは裏腹に、香菜と舞は「おせーぞ」と文句を垂れて志波に近づいていった。
「志波、5分経過しているから金は出さねえぞ」
舞ぃぃ、飯奪い取った挙句に箸で頭をポンポン叩くなー!
それに香菜も食べるの速すぎだろ。
「え、あ......うん。ごめん、居場所わからなくて校内中走り回ってて」
彼女は草食動物のようにモシャモシャと野菜をむしりながら、口を開いた。
「ふーん、でもヘブンから屋上って普通の足じゃ絶対5分で来れないはずなんだよな。校内走り回って7分なら、滅茶苦茶脚速いんじゃない? 使えるね、君」
若干不服そうな顔をしていた志波だが、香菜のおかげなのか「デヘッ」と一瞬笑る。
キレやすさとチョロさを併せ持ってやがるこいつ。
今後私もブチ切れかけたら褒めればいいのか?
ていうかよく考えれば、強請ってもねえのに必死に私たち探してたんだよな。
まぁ、パシリとして使えるかは置いといてそこまで変な奴ってわけでも......いやいや!
多少いい感じのことしたって、あの危険な行動は帳消しできねーって。
「響子さん......どうぞ」
両頬をバチンと叩き正気に戻ると、目の前にはチーズ牛丼が2個あった。
右手に握っている方を差し出す彼に、私はビクつきながらも受け取った。
「あ、ありがとう!」
苦笑してしまったが、気づかれてはいないようだ。
ていうかなんで私だけこいつとお揃いなんだよ。
気持ち悪いなぁもう!
それにチー牛って、有名だけど本当に美味しいのかこれ?
私は放りこむように口に入れた。
こ......これは!
チーズのまろやかさと肉のジューシーな旨味が絶妙に合わさっている。
それに噛むほどに玉ねぎの旨味が口全体に広がっていく。
通常の牛丼はストレートな味わいだが、このまろやかアクセントも悪くはないかもしれない。
って、何グルメレポートしてんだか。
「志波、お前何一緒に飯食おうとしてんだよ」
チー牛に夢中になっていると、舞が志波にちょっかいを行っていた。
いつもの金ずるならここで追い返すのだが、友達という体をとってやっている以上それはリスキーだ。
ていうかパシリでさえ、こいつが友達の関係をあまりよくわかってないから乗り切れたようなもんだし。
「え、ダメ......ですか?」
舞の少しドスの聞いた声に怯えたのか、志波は前髪を揺らしてアワアワと動き回る。
その様子が面白いのか、舞と香菜は「きめえ」と言いながらも爆笑していた。
私は2人がそう発した瞬間、鳥肌が立った。
しかし、テンパって聞こえていないのか志波は依然として千鳥足で動き回る。
「アハハ! いいよ、そこで飯食えば? 私たちもう食べ終わっちゃって、残り時間だべるだけだし。あ、話かけたり話題に入ってくんなよ?」
「あ......うん」
一瞬顔を暗くしたように見えたが、僅かに口角が上がっているように見える。
志波と舞のやりとりは、私が介入することなく何とか揉め事もなく終着した。
その後は本当にこいつを省いて会話したが、言いつけを守ったのか一言も会話に入ろうとしない。
どうやら志波は、言われたことは基本守るタイプのようだ。
「じゃ、そろそろ時間だし行こうぜ響子」
「あ、うん」
屋上から降りるその時、まだ志波は1人でごはんを食べていた。
怒ることもなく、何か反応することもなく、無言でだ。
その姿に恐怖以外にどこか哀愁を感じてしまった。
しかしそんな感情を抱く自分に違和感を感じ、「いや、今まで利用してきた陰キャもあんなもんだろ」と、自分にツッコミを入れて顔を戻した。
そして放課後、私たちは近くのカラオケ店を訪れた。
理由は昼休みの話し合いで、誰が一番上手いかと言い争いが起きたから。
とまぁそれは建前で、いつも最終的にはみんなで大合唱して終わる。
「じゃ、志波は外で待機な」
舞がそう言うと、カラオケ店の敷居を彼が跨ぐことなく扉が閉められた。
金づるとしてはいつものことだが、流石に金出させて犬のように外に待機させたらキレそうだなぁ。
私は室内に入り一曲歌い上げると、トイレと偽って彼の様子を確認しに行った。
外に出ると、夕焼けのオレンジ空に雲がかかり雨がポツポツと降っている。
天気をチェックすると、夕方から雨が降ると書いてあった。
あーどうしよう、私たち傘持ってないし。
ていうか、志波の野郎はどこに?
「あ、響子さん!」
ん、この軽々しく下の名前いう奴はただ1人。
振り向くと、遠くからビニール傘3本携えて走る志波の姿があった。
あいつ、待機してろって言ったのに。
「なんで離れたの?」
これぐらいなら別にキレないだろうというラインはもう掴んだ。
「え? あ、雨降りそうだったから」
志波はペタリと濡れた前髪をかき分け、こちらを見つめた。
傘は3つ、何で自分のは買わなかったのだろうか?
そう不思議に思いながら、私はお礼を言って受け取った。
すると、彼は突然瞳から大粒を垂らす。
奇怪な動きに呆気に取られていると、志波は涙を拭き取りながら喋り始めた。
「ご、ごめんね驚かせて。5分休みのやつで迷惑かけて、昼休み嫌われたかと思ったんだ。だから、みんなの機嫌直したくて。でも、まだ響子さん嬉しくなさそうだから。僕、気を遣わせてるんだよね」
何かと思えば、こいつはずっと忠告を引きずっていたのか。
だから急いで飯も持ってきたし、傘も。
おかしいだろこいつの思考回路。
普通にパシりにされて、カラオケ代取られてなんで傘まで自主的に動いて持ってきてんだよ。
「……はぁ、上がれよ志波」
「え……でも」
「うるせぇ、来ないと絶交な」
背中越しにそう言うと、彼は嬉しそうに店内に入った。
はぁ、何金づるに情湧いてんだよ私。
いや、これはあれだな。
こいつの狂気が爆発しないための仕方ねぇやつだ。
「雨止むまで延長だからな志波」
「……はい!」
ま、悪い奴じゃねぇとは思った。
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