パシリどころ......じゃねーよ

「イエーイ! やるじゃん響子、色仕掛けなしで成功か? さっそくこいつ金づ......んぐっ」


 舞が陽気に近づいた瞬間、私は彼女の口を手で塞いだ。


「いいか舞、こいつのことを絶対金づるっていうな! 香菜もだ」


 私は小声で2人に強く忠告すると、若干不服な顔をしたが了承してくれた。


「あ、あの響子って? それに2人は一体」


 陰キャこと志波は、不安げに眉をへの字にした。

こいつ、なんで会って数秒なのに私と友達なれんだよ。

もう、折角失敗して終わろうと思ったのにこんな展開あんまりだよ。


「何あんた、人の名前も覚えられないの? ずっと話してたそいつだよ響子ってのは」


 私がげんなりとしていると、横から香菜が割って入り、強めの声で志波に言い放った。

すると、志波は顔を下げてしばらく沈黙した。

香菜と舞はその様子を不思議そうに眺める。

私はというと全神経を鋭くし、耳を澄ませた。


「何で嘘ついたのこの人。もしかして、俺を騙すためにわざと」


 そう小声が聞こえた瞬間、彼はカッターをしまったポケットに右手を突っ込んだ。


「てへ、緊張して間違えちゃった!」


 私は過去最大のアホ面を晒し、舞と響子を間違えるほどの馬鹿であるように努めた。

舞と香菜は小首を傾げて舌を出す私を見て、ドン引きどころではないほど引いていた。


「な、なんだ嘘じゃなかったんだ。響子さんって......天然なんですね!」


 くそぉ、陰キャの変人野郎に馬鹿にされるの滅茶苦茶腹が立つ!

でも、こいつポケットでカッターずっとカチカチさせてて怖えんだよもう!

涙目になりながら、私は2人を軽く紹介して陰キャ野郎を置いてその場を去った。

2人を強引に連れ去り、私は息を切らした。

あー、マジでだるかった。


「響子、あいつ金づるにしたんじゃないの?」


「そうだよう、ケーキバイキング行かないの?」


 詰め寄る2人の肩を掴み、目を瞑る。

今ここでこいつらに説明して信用されるかな?

想像してみたが、100パーセントないと確信した。


「2人ともいい、あいつのことはマジで金づるって言うな。後私があいつに命令するから、いい?」


「まぁいいけどさ、もしかして響子」


 舞は私の言動を不審に感じたのか、訝しげに見つめてきた。


「あいつのことタイプとか?」


「ちっげーよふざけんな!!!」


 はぁ、なんて憂鬱な入学式なんだ。

あの後ひたすら2人の誤解を解き、誤魔化しまくって説得を何とか成功させた。

しかしだ、結局あの蟻切断野郎がパシリになってしまったのは変わりない。

はぁ、楽しみにしたこの泡の柔軟剤も素直に楽しめないや。


 そして翌日、授業もぼーっと聞き流し昼休みが始まった。

私たち3人はまた屋上に赴き、寝転んだり胡坐かいたりとだらけていた。


「てかよ、パシリ君うざくね?」


 舞は開口一番、愚痴を漏らした。


「ねぇ、5分休みの時毎回教科書忘れてないかとか聞きに来てさ。響子のこと好きなんじゃないの?」


「うげぇ、縁起でもないこと言わないでよ香菜」


「とにかく、午後もやられたんじゃうざいからパシらせた後きつく言わねえとな。ていうかやっぱ、強請るネタ作らないとダメなんじゃねえか?」


「いやいや、大丈夫だって。私がやめろってスマホで送っとくから」


 スマホを開くと未読のメッセージが10件もあった。

全て志波の野郎からだ。

私があいつに命令するって流れになったせいで、あいつとマインで繋がっている。

あの2人は5分休み毎回来るのがうざいといっているが、それ以上に私は面倒多いんだよなぁ。

初めて出来た友達だから嬉しいとかなんとかいって、昨日から今日までずっと5分間隔ぐらいでメッセ飛ばしてくるし。

最初は演じて優しく接してやったけど、うざくなって途中「黙れ」って送ってしまった。

慌てて頑張れって送ろうとしたと言い訳したが、そのせいでさらにあの変人陰キャ野郎の好感度が上がってしまっている。

私としてはもう関わりたくないが、2人の手前言い出せない。

仕方ない、再び爆弾処理班になるか。

怒らせないようにオブラートに包んで、忠告しねえと。

あーなんて言えばいんだわからねえよ。

とりあえずジャブ打つか。


「志波くんって、優しいね」


 っと、一先ずこれで様子見。


「え? そんなでもないです」


「休み時間に毎回来てくれるじゃん」


「あー、はい。教科書とか忘れてたら貸しあうのが友達だって、噂で聞いていたので」


「そっか。でも、忘れた時はこっちからいうからさ、毎回来なくても問題ないよ」


「なるほど、わかりました!」


 なんとか忠告することはできた。

しかし、ここからどうパシらせるかまーったく思いつかん。

スマホから指を離していると、香菜が背後に回って画面を覗き込んできた。


「なに回りくどいやり取りしてんの? 貸して!」


 香菜は私からスマホを取り上げると、指の残像が見えるほどのスピードでフリック入力を始めた。


「ちょっ、返してよ香菜!」


 小柄な香菜の身体を覆い、私は脇腹をいじって攻撃した。

悶々と反応する彼女は、一瞬手の力みが弱まる。

私はその隙を突いて奪い返すことが出来たのだが、彼女のにやけ面を見ると、時すでに遅しのようだ。


「ヘブンで飯ダッシュで買ってきて。香菜は鶏むね肉サラダで、舞はミートスパゲッティ、響子はなんか適当で。5分以内に戻れなきゃ、自腹ね」


 文面を全部読み終わり、絶望していると更に恐怖がプラスされた。

今まで全部のメッセージにすぐ返事があったのに、既読されてから一向に返事がないのだ。

もしかして、また蟻でも切り刻んでるんじゃないか?

それだけならまだいいけど......。

ていうか私だけ適当ってするなボケ!

私は香菜の身体を羽交い絞めし、くすぐり地獄の刑に処した。

5分後、頬を紅潮させて放心して倒れる彼女の姿があったのは言うまでもない。

不安になりながらスマホを凝視していると、ピコンと新たにメッセージが追加される。


「みなさん、今どこにいますか?」


 あれ、これ私たち殺されるんじゃね?

既読から5分経って、このメッセージが来るって怖すぎでしょ!

蟻はカッターで切っていたけど、人間はもしかしてチェーンソーで切ったりするんじゃないのあいつ。

ヤバイヤバイ、絶対居場所を教えるわけには......。

次の瞬間、バコンというけたたましいドアを蹴破る音が響いた。

屋上全体の気だるい空気が一瞬にして、緊張感を帯び始める。

振り向く最中、「どうかチェーンソーだけはありませんように!」と心の中で100回唱え続けた。

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