階段から飛べた僕、階段から落ちた君

緋雪

HANA

「この階段を昇るのは危ないからやめておいたほうがいいぞ。」

男の人の声がした。

 けれども、小さな僕らは駆け上がる。透明でひんやりとした階段を。声を上げて笑いながら、僕も君も。やがて羽根が生えた。パタパタッと羽ばたかせてみる。身体が浮いた。僕らは嬉しくて、二人、モンシロチョウのように飛び回りながら、どんどん階段を昇る。


 やがて階段がなくなった。もうその上はないらしい。ここが階段のてっぺんだ。

「どうする?」

「いこうよ。」

二人で立ち止まってたら、声がした。

「じゃあ、そこから飛べたらにしようかな?」

僕らは何故だか嬉しくて、二人でピョンって飛んだんだ。


「飛べたね!!」

そう言って、隣を見たら、君の姿がなくて、

「えっ?!」

って言った瞬間、階段は崩れ、君は階段と一緒に落ちて行った。


 

 …また同じ夢を見た。僕はどこか、やるせない気分になる。


 カーテンを開ける。ほとんど真上にある太陽が眩しい。また閉める。

 だんだん自然の光がダメになってきているような気がする。PC画面の見過ぎかなあ。ゲームをやってるわけではないんだ。ただ話してるだけ。


 ピコン


PCから音がして、メッセージが表示される。


 RYO; 起きてる?寝てるか?まだ昼だしなw

 SHIN; 起きてるよ。飯食ってた

 MARI; おはよー。イツキは?


僕はキーボードをカチャカチャッと短く叩く。


 ITSUKI; 今起きた。おはよ。



いつものチャット仲間。



 SATOMI; 早起きじゃん、まだ11時半だよ?www


こいつは苦手。めんどくさい。


 ITSUKI; 飯食うわ。ちょいROMな。


一旦、そこを離れた。



 半年くらい前からだろうか。なんとなく、ここのチャットルームに来るようになった。ゲームをするでもなく、誰かが好きな音楽を流しといて、ひたすらどうでもいい話をする場所だ。学校のある日は、夜10時くらいから12時くらいまで、土日は、ほぼ一日中そこにいる。ずっと喋ってるわけじゃない。ROMすることもあれば、寝落ちしていることもある。まあ、大した話はしていないので、誰がいて誰がいなくても別に構わないんだけど。



 下に降りて台所に行ったが、誰もいない。両親は仕事。兄貴はバイト、妹は部活。みんな充実していらっしゃる。僕を除いた、うちの家族は。

 母が僕のために用意してくれていた朝食をとる。「レンチンしてね。」ってメモを無視して、そのまま食べ、さすがに皿くらいは洗う。冷蔵庫からミネラルウォーターを取って、自分の部屋に戻った。

 


 PCの前に座って、水を飲みながら、マウスで、ROMってる間のログを読んでいく。…ん?誰だ、こいつ。


 ITSUKI; ただいま。お初の人?

 RYO; 迷い込んできた人みたいよw

 ITSUKI@; え?あ、こんにちは。

 ITSUKI; ややこしいことになってるな。

 MARI; でしょでしょ?www

 RYO; あの、名前、なんとかならんか、そこの二人。

 ITSUKI; 本名なんだけど。

 ITSUKI@; 本名なんだけど。


ほぼ同時に同じ色の同じログが上がった。ちょっと気味が悪い。


 ITSUKI@; ごめんね。私が変える。何て名前にすればいい?イツキが決めて。

 ITSUKI; 俺?俺が決めるの?

 RYO; いいから決めてやれよ。ややこしくてかなわん。あと色もな。

 ITSUKI; じゃ、俺が樹だから、花でいい?

 HANA; これでいい?

 ITSUKI; 名前変えてもらって悪いから、色変えるわ。


僕は明るい紫から紺色に変えた。これでなんとかなりそうだ。


 そこから色々と「HANA」のことを皆が聞いたけど、まあ、誰もプライベートなんか明かしちゃいない。年齢だって性別だってホントかどうかわからない。HANAは異世界からアクセスしてると言っていた。一番プライベートに触れられたくない奴だな、これは。そう思って、皆、特に詮索しないことにして、話した。

 だけど、僕には、HANAと話したい理由があった。何で僕の名前で僕の色をして、僕がいるチャットルームに入ってきたのか?本当にそんな偶然あるのか?


 僕は裏から、HANAにプライベートメッセージを送る。


 ITSUKI; あとで話したい。いいかな?

 HANA; いいよ。何時?

 ITSUKI; 22時でも?

 HANA; OK

 ITSUKI; 登録、わかる?

 HANA; できた。じゃ、22時に。

 ITSUKI; OK


 22時少し前、僕はPC前に座った。HANAからのアクセスを待つ。


 ピコン


 HANA; イツキ?いる?

 ITSUKI; 今きた。

 HANA; 話って、「何で?」ってことだよね。

 ITSUKI; うん。でも、そう言うってことは、偶然じゃないんだろ?

 HANA; うん。

 ITSUKI; 君は誰?

 HANA; 言っても覚えてない、多分。

 ITSUKI; 覚えてない?知り合いなのは確かなんだ?

 HANA; 知り合い…だった。

 ITSUKI; だった?

 HANA; やっと見つけた。


不思議な会話は10分ほど続いた。


 HANA; あっ、ごめん、タイムリミット。また明日。この時間、いい? 

 ITSUKI; タイムリミット?なんで?

 ITSUKI; おい?あれ?

 ITSUKI; おーい。

 ︙

何の反応もなくなった。



 僕は、ベッドに寝転ぶと、HANAの言ったことを思い返していた。



 HANAと僕は、ずっとず〜っと仲が良くて一緒にいたんだけど、突然、離されてしまった。

 HANAはそこに残り、僕だけが、この星の、この国の、この場所に移動させられた。

 彼女はずっとずっと僕を探していた。少しだけ賢くなって、この星をみつけて、この星のことを調べて、アクセスできる手段をやっと見つけた。


 それで、僕のことを、やっとやっと見つけた。…と。



「なんだ、そのできそこないのSF。中二かよ。」

リアルに中二の僕のセリフでは説得力に欠けるが。


 でも、彼女は、僕のことを知っている誰かなんだろうな。まあ、彼か彼女かわかったもんではないが。

「変なストーカーじゃありませんように。」


 

 彼女は、その翌日も、そのまた翌日も、同じ時間にアクセスしてきては、10分で「タイムリミット」だと言って、落ちてしまう。一向に正体がつかめない。


 掴めないというより、彼女は自分の話をあまりしないのだ。僕のことばかり知りたがる。僕にはどんな家族がいるか?だとか、「いたか」だとか。どんなペットがいるか、「いたか」だとか。

 あとは、周りに小さい子や生まれたての小猫なんかがいたら、○○のことを知らないかきいてほしいだとか…変な質問やお願いばっかりだ。


 これは何なんだろう?僕のことを知りたいだけならストーカーなのかも知れないが、生まれたての小猫に何かのことを聞いてみてくれというのは何なんだ??話せば話すほどわけがわからなくなってくる。


 そして、10分経つと、「タイムリミットだ。じゃあね。」と、あっさりアクセスを切る。



 怪しい、こいつは何なんだ?と思いながら、この毎日の会話を続けていくうち、段々とその時間が来るのを楽しみに待つようになってきている自分がいた。



 ピコン


 RYO; イツキ、いる?

 ITSUKI; いるよ。何?

 RYO; いたんだ。最近見なくなったから、どうしたかと。

 ITSUKI; あ、ああ、ごめん。ちょっと忙しかった。

 RYO; ならいいんだ。邪魔してすまん。

 ITSUKI; ごめん、みんなにもごめんって言っといて。

 RYO; 了解。ってかさ、HANAって子はなんだったの?知り合い?

 ITSUKI; いや、人違いだったみたい。

 RYO; そうか、じゃ、またな。


 嘘をついたのは、説明が面倒だったのもあるが、彼女のことを知られたくない気持ちの方が大きかった。

 気がつけば、僕は、これまでの楽しかった仲間とのチャットより、HANAとの10分だけの時間の方が大事だと思うようになっていたのだった。


 これは、まさか、「恋」?

 いや、ないない。意味不明だ。

 このシチュエーションで、「恋」はないだろう?



 HANAが3分ほど遅刻した。この1ヶ月、今までなかったことだった。


 ITSUKI; どうした?何かあった?

 HANA; ゲートが…閉められそうなんだ。

 ITSUKI; ゲート?

 HANA; アクセスしてるのがバレたかもしれない。

 ITSUKI; どういうこと?

 HANA; 本当はダメだってことだよ。

 ITSUKI; えっ?ごめん、わからない、何が?

 HANA; 会いたくて…。イツキにどうしても会いたくて、やっと見つけたのに…

 ITSUKI; HANA?どういうこと?話して。

 HANA; もう時間がないよ。また会えなくなる…多分。

 ITSUKI; また?会えなくなる??何で?

 HANA; 明日、この時間。もう開かなかったらごめん。

 ITSUKI; 何?どういうこと?待って…

 ITSUKI; HANA、説明して。

 ITSUKI; HANA?

 ︙



 夢を見た。またいつもの夢だ。

 階段のおしまいまで来て、

「飛んでいこう!」

と僕が先に飛んだら、君は首を横に振った。

「私は落ちちゃうから。頑張って飛んでってね、ITSUKI」

そして階段ごと…



 バッ!!とベッドから飛び起きて、PCに向かう。


 ITSUKI; HANA!話せないか?

 ITSUKI; いないのか?

 ITSUKI; なんで出ない??

 ︙


 こっちからはアクセスできない仕組みなのか…。一番最初にプライベートトークにアクセスできたのは、「繋がっている」時間だったから、なのだろう。


 僕は、その時間まで待つことにした。


 僕にも考える時間が必要だったし。


 でも、何でなんだ。どうしてそこまでして僕を探そうと思ったんだ?タブーを犯してまで。君は、また暫く、階段を昇らせてはもらえなくなる。

 こっちに来ることが叶わなくなるんだぞ?早く行きたくて行きたくてたまらないと言っていた、こっちの世界に。


 僕は悔しくて泣いてしまった。



 22時。HANAからアクセスがあったのは5分後だった。


 ITSUKI; 思い出した。

 HANA; ホントに?!嬉しい!!

 ITSUKI; 何でだよ…何で、こんな馬鹿なことしたの?

 HANA; イツキに会いたかった。

 ITSUKI; 会えるわけないだろう?

 HANA; びっくりするかな?と思って。

 ITSUKI; ゲームじゃないんだぞ?お前、あとどれだけ待たないといけなくなるか、また、わかんなくなったんだぞ?!

 HANA; いいの。イツキを見失いたくなかっただけだから。

 ITSUKI; タマシイなんて、他に、お前の周りにゴロゴロいるだろうがよ…

 HANA; だって、イツキじゃなきゃ嫌だったんだもん。

 ITSUKI; 馬鹿じゃねえの…次会えるの、いつになるかわかんねえぞ…

 HANA; いいよ。待ってるから。


 涙と鼻水でグチャグチャだ。


 そうだよ、何でもっと早く思い出さなかったんだ、僕?!HANAは僕の最愛の人だ。何度、命がめぐっても、必ず出会う運命にある「たましい」だ…。

 僕たちは、この世界に一緒に生まれ出るはずだった。そして恋に落ち…一生を共にするはずだった。

 だけど、階段が壊れてたんだ。だから、彼女はこっちに来れなかった。



 HANA; ダメだ。最後みたい。ホントのタイムリミットだ。

 ITSUKI; 待てよ。待て、待てって!!俺たちまだ何も話してない!!

 HANA; 続きはこっちで話そう。

 ITSUKI; そっち…ったって

 HANA; あっ、ズルはダメだからね、暗闇に閉じ込められちゃうから。

 ITSUKI; わかってるよ、しないよ!だから、待って!!

 HANA; わかった。待ってるよ。約束ね。

 ITSUKI; 待って…違う、そういう意味じゃない

 ITSUKI; 待って、HANA!!

 ITSUKI; HANA!!

 ︙


 きっと、今頃、HANAは、あっち側で笑いながら叱られているんだろう。僕は、その光景が容易たやすく想像できて、泣きながら笑った。



 やれやれ、次の時まで、あと何百年、何千年待たされるかわからないぞ、HANA。

でも、待っててくれな。次は一緒に飛ぼうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

階段から飛べた僕、階段から落ちた君 緋雪 @hiyuki0714

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ