異世界スーパーマーケット繁忙記

ぺぱーみんと/アッサムてー

異世界スーパーマーケット繁忙期

 放送が流れた。

 年季が入りつつあるスピーカーは音割れをして、そのメッセージを伝えてくる。

 

 『チェッカーチーフ! チェッカーチーフ!

 至急、サービスカウンターまでお願いします。

 チェッカーチーフ、ティアマトさん、至急サービスカウンターまでお願いします!』


 放送で名前が流れた彼女、チェッカーチーフのティアマトは事務作業をしていたパソコンの画面から顔を上げた。

 同時に、発注書を各業者に送ろうと事務室に入ってきたパートタイマーの女性が声を掛けてきた。


 「チーフ、呼ばれてますよ」


 その言葉に、ガックリと肩を落としてティアマトは返した。


 「うん、知ってる。て言うか、聴こえてる。

 またクレームだったら勘弁して欲しいな」


 ティアマトは、美しい魔族の女性である。

 その姿に女性は面白そうに笑いながら続けた。


 「元魔王でも、クレームって怖いものなんですか?」


 「怖いってのより、厄介でめんどくさい。いや、ご意見としてのクレームはありがたいけど、たまにあるじゃん? 理不尽なやつ」


 「あ~、ありましたね。この前はサンプルのしらす丼を食べてお腹壊した人のクレームでしたっけ?」


 あくまで調理例として、実際に作った食品サンプルをこのスーパーでは展示している。

 それは、あくまで調理例でありサンプルであり試食品ではないためその旨も注意書きして、さらにしらす丼にはラップを掛け、そこにもデカデカとサンプル表記をしたのにも関わらず盗み食いをされてしまったのだ。

 それも、少し日が経過していたのと、蒸し暑い季節柄傷んでいた。

 だが、見た目には問題は無く、もう一度書くがあくまでサンプルだったためそのまま展示しておいたものを食べられて、腹を壊され、クレームに繋がってしまったのだ。

 完全なる客の自業自得だったが、謝罪を要求され、慰謝料を払えと店先で喚かれたのだ。



 「そうそう、その前はアレルギー表示のクレームだったし」


 言いながら、ティアマトは立ち上がる。

 そして、見るからに重そうな足取りで、サービスカウンターに向かったのだった。


 ちなみに、アレルギー表示のクレームというのはしらす丼から数日前のクレームである。

 そのクレームを言ってきた客の家族の中に、タコのアレルギーを持つ人がいたのだ。

 家族がタコのアレルギー持ちということは、買い物をしにきたその客も承知していたのだ。

 承知しているにも関わらず、商品名【タコの唐揚げ】を購入し、食べて症状が出たのだ。

 そして、店側にクレームをつけた。アレルギー表示をしっかりしろ、と。

 そんなクレームが来たのだ。

 あの時は惣菜の担当責任者と、店長とでその客の家に行き平謝りして終わった。

 謝りに言ったのには、返金を求められたのとキーキーと喚く電話口で頭を下げに来るのが礼儀と言われたからだ。

 電話口でもそうだったが、現地でもこちらが何か言う暇を与えず、とにかくヒステリックに喚き散らかされては話も出来なかった。

 もう少し長引けば、あの気が弱そうに見える店長ですら伝家の宝刀【営業妨害として訴える】を繰り出すところだった。


 何しろ、四時間である。

 謝り、頭を下げ続け、罵倒を浴びせられること四時間。

 拘束され続ければ、それだけ他の仕事に支障が出る。

 ましてやこの場合、客側のミスは明らかであり、単なるイチャモンである。

 そして、日々のストレスをスーパーの店員で発散しているのは明らかだった。

 成分表示に関係のない人格の否定だけで、四時間のうちの三時間を消費させられたのだから。

 この話を店長が笑いながら言った時、ティアマトはただ黙ることしか出来なかった。

 彼女ならどこかしらで、手か口が出ていたに違いない。


 チェッカーチーフーーレジ対応者でありサービスカウンターの主任である彼女の仕事は、そのクレーム対応も含まれている。

 他所の店のチェッカーチーフはどうか知らないが、少なくともティアマトはこうやって呼び出されることに憂鬱を覚えはじめている。

 少なくとも、放送の声の段階で良からぬことが起こっているのは察せられたからだ。


 そして、バックヤードにある事務室を出て、売り場へと足を踏み入れるとそれは予想とは違っていたが、トラブルはたしかに起こっていた。


 「この客を死なせたくなかったら、金を出せ!」


 と、本来なら買い物籠を置いて精算していく台に土足で乗り怒鳴り散らしているならず者達がいたのだ。

 無事だった客を他の店員が遠のかせている。


 ならず者達の格好からして、冒険者崩れだろうか。


 と、そこで肩を叩かれた。

 店長だった。


 「ティアマト、危ないから念の為これ被って!」


 そう言って渡されたのは、災害時に被るヘルメットだった。


 「これは、なんの騒ぎだ?」


 「また、【ですます口調】忘れてる!」


 ヘルメットを受け取りながらそう尋ねると、全く別の答えが返ってきた。

 立場的に現在一番上なのは、この気の弱そうな青年店長である。

 

 「まぁ、それは、また後でお説教な。

 とりあえず、見ての通り強盗だよ。

 今から俺があの人達の気を逸らすから、君はーー」


 出された指示に目を丸くする。


 「あの子が私の言うこと聞くとは思え、ないんですけど」


 「店長命令って言えば大丈夫だから、あと肉屋からもこの前入った新人を連れてきて対処させて、その人もと槍兵だったみたいだからさ」


 「わかっ、りました」


 指示に、直ぐにティアマトは動き始めた。

 まずは惣菜コーナーで、この騒ぎに動じずに出来上がりパック詰めされたコロッケを並べている、ティアマト最大のライバルであり天敵でもあった元勇者であり、現在はこのスーパーで、アルバイトをしている少女へ店長の指示を伝える。

 ティアマトが声を掛けた時、それはそれは嫌そうな顔をしたが元々は国家元首の命令で動いていただけあり、店長命令と伝えると面白いほど素直に動き始めた。

 そして、次は肉屋こと精肉のコーナーに行って中で作業をしていた現場責任者に話を通して、新人である4、50代のオジサンを引き連れて、バックヤードに戻る。


 その間にも、店長と強盗のやり取りが聞こえてきていて。

 声の感じから、店長はどうやら災害時に使うメガホンで強盗達と会話を成立させているようだ。


 『お客様、お客様!

 店内で暴れるのはおやめ下さい!

 他のお客様のご迷惑になります!』


 「うっせー!良いから金を出せ!」


 『お客様、お客様!

 大変恐縮ですが、暴れても商品は手に入りませんよ!』


 「商品じゃなくて金を寄越せーー!!」


 『お客様、お客様!

 働けばお金は手に入りますよ!』


 「うるせー!俺達は誰の指図も受けない!偉そうにしてる奴らに頭を下げて、見下されるのはもうごめんだ!」


 「お客様、お客様!

 もしかしなくてもニートでしょうか?!

 ならウチのスーパーで働いてください!

 サービス業は万年人手不足でいつでも求人を出しています!」


 「バカにすんなぁ!」


 『お客様、お客様!

 大変言いにくいのですが、その突きつけていらっしゃる刃物、かなりの安物ですよ。

 先程、お客様は大変価値のあるものと仰っていましたが、本物は柄の所に龍が彫られているんです!

 それは、お土産用か何かで作られた贋作ですよ!』


 その叫びの応酬を聞きながら、元勇者の少女は苦笑を浮かべて呟いた。


 「いまだに、あの店長の本性がわからない」


 それにはティアマトも激しく同意である。

 バックヤードに置いてある刺股を三つそれぞれ手に取り、三人はならず者達の後方へ回り込む。

 

 いまだ店長は不毛とも思える会話をならず者達と続けていた。

 悪質クレーマーに比べて会話が成立するだけ、あのならず者達は常識を備えているのかもしれない。


 店長は音もなく近づく三人に気づいて、頷く動作をした。

 同時に三人はならず者達に飛びかかった。


 一番華麗にならず者を仕留めたのは、元魔王でも元勇者でもなく新人の肉屋の男性だった。

 まず、刺股の柄の先で脇腹を突き痛みに悶えてる所に刺股を華麗に操り、拘束してしまったのだ。

 ほかの二人に比べて、動きに無駄が無かったのだ。

 彼が何故、スーパーの肉屋のパートタイマーになったのかは疑問でしかないが。


 程なくして、店長が通報した警察が駆けつけてならず者達は御用となったのだった。

 人質となった客のために救急車も呼んで、店長も改めて警察署で説明をすることになったため、そのまま店を出ていってしまった。



 「お疲れ様、今日はありがとう、二人とも。

 夕飯は、いつものように冷蔵庫に入ってるから。

 それと、洗濯物は忘れずに出しておくように」


 夜、警察から戻ってきた青年店長は見るからに力なくそう言ってきた。

 ちょうどティアマトと元勇者が帰ろうと裏出入り口から出たところだった。

 どうやら、これから残っている仕事を片付けるようだ。

 フラフラと店の中に入っていくその背を見送って、二人は同じ道を歩いて帰る。


 店長の家で世話になって、数ヶ月。

 この数ヶ月は、大昔の存在である二人にしてみると驚きの日々であった。


 今から千年以上前の時代。

 伝説として語り継がれ、現代では時代劇にマンガ、アニメに小説、絵本と様々なメディア展開を見せ続ける【勇者物語】、【英雄譚】。

 魔王と勇者の一騎打ちは、特に人気で子供なら1度はごっこ遊びで真似する程だ。

 二人はその登場人物、その者達だった。

 数ヶ月前、二人はまさに決戦の最中だった。

 力と力のぶつかり合いが起こり、そのためなのか他に原因があるのかは分からないが、ティアマトと元勇者であるフェリシエルはこの未来の世界に、もっと言えば今働かせて貰っているスーパーのレジ台と、商品を袋詰めする台の上に飛ばされてしまったのだ。

 

 その際二人は、店の備品と商品に損害を与え、従業員達からマーカーボール爆撃を含め、様々な手痛い目にあった。

 サービス業、それもスーパーマーケットのような接客業の現場は男より女の方が多い。

 女は同性に対して遠慮をしないし、なによりもいざと言う時パートのおばさんはとても強い。

 少なくとも、このスーパーのパートタイマーのおばさん達は知らなかったとはいえ、伝説上の勇者と魔王に徒党を組んで挑み、買ってしまったのだから。

 そうして、何とか店側と二人は話をつけた。

 その結果が壊した物の弁償のためにこの店で働くと言うものだった。

 二人の給料からは毎月決まった額が、弁償のために天引きされている。

 

 「体で返せって言われた時はどうなることかと思ったけど」


 入浴を終えて浴室から出てきたフェリシエルに、リビングでテレビを見ながら優雅に紅茶を飲んでいるティアマトは呟くように言った。


 「この生活も悪くないだろ、勇者?」


 「お前はくつろぎすぎだ、魔王」


 「貴様は余裕が無さすぎるんだ。平和な、特別なことなど何も無い平凡な日々こそ宝だよ」


 店長の言葉を借りるなら、『なんでもない日、バンザイ!』といった所だろう。

 今日は強盗以外、悪質なクレームも来なければ盗み食いをするクソジジイやババア、万引き騒動も無かった。

 比較的平和だったのだ。


 「そう睨むな。元の時代に帰る手段が無いとなれば、この時代で生きていくことも考え無ければならないだろう?

 この時代は、とてもいい。争いが無いからな。

 そうは思わないか、勇者?」


 「お前が、お前達魔族が、世界を征服しようとさえしなければ争いは起こらなかった。

 私をバカにするのもいい加減にしろ」


 「バカにしたことなどないさ。一度もな。

 さて、私も汗を流そう。


 あ、そうだ、勇者。お前は新聞を読むかい?」


 「なんだ、急に」


 「どうなんだ?」


 「まぁ、あの店長さんがチラシのチェックをしろって言うから」


 「そっちもたしかに大切だが、そうじゃない、新聞じゃなくてもいい、テレビのニュースを見たりは?

 連絡用のために無理やり持たされた通信端末でも日々様々な事件や事故、ゴシップが更新され続けチェックできる」


 「それが?」


 だからなんだ?

 そう言いたげにイライラと返す勇者に、魔王は嗤った。


 「君は、まだ子供なんだな。その純粋さが羨ましいよ」



 

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