第2話 私たちの円

 お父さんは私と話すとき自分のことを「僕」と呼ぶ。

 普通、小学生の子供に対して父親は「お父さんはね」とか「パパは」とかそう言うんじゃないか。

 幼稚園のころの記憶は朧げで思い出せないところも多いが父の日の記憶だけは鮮明に思い出せる。

 娘に対して自分のことを「僕」と言っているお父さんが周りに一人もいなかった。

 小学生に上がった今でも。

 メダカの飼育授業が始まってから自分のロッカーを開けるとき上に乗っている彼らの様子を必ず確認するようになってしまった。

 ペットボトルの一部を切り取って作ったちゃちな作りの水槽のその中を挙動不審に動く小さな魚。

 各各の部屋を与えられたこいつらはこの中で生まれ、この中で死ぬのだ。

 人間の子供に観察されながら。

 私はお父さんに「僕はね」と言わないでほしい。

 だって、それは私とお父さんの間に壁があるように思うから。

 「お父さんはね」と言ってくれたらお父さんは紛れもなく私のお父さんで、私はお父さんの娘になれるのに。

 初めてのキスはレモンの味ではなく魚の味だった。

 5年3組の田口 由佳里ちゃんはあのとき私のパパになってくれたのだ。

 友達もクラスメイトも全員帰るまで教室に残っていて良かった、担任の先生をパパにしようと思っていたけれど勇気がでなくて良かった、いつもと逆の階段を使って良かった。

 だって私はパパに会えたのだから。


 アルキメデスは背骨を折って死んでしまったらしい。

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