SIG-P226(不動の焔 番外編)

桜坂詠恋

SIG-P226(不動の焔 番外編)

「はーあ」

 柴田は銃器保管庫から取り出したニューナンブM60の手入れをしながら、盛大な溜息をついた。

 こんな筈ではなかった。

 シティーハンターのように、銃身の長い、大きな銃をカッコよく構えたかったのに。

 ドウッ! なんて重い音を立てる銃を巧みに操り、主人公みたいな渋い声で「お前はもう心電図」とか言ってみたかったのに。

「うー。カッチョ悪い」

 そう言ってぷうっと頬を膨らませた柴田の頭に、突然拳骨が落ちた。

「いでっ!」

「なーに言ってんだ。お前は」

 高瀬だった。

 頭を抱える柴田の鼻に指を引っ掛け、ぐいぐいと持ち上げる。痛みと共に羞恥を与える、高瀬の得意技だ。

「はがはがはが!!」

「おーおー。ブッサイク」

「止めてくださいよう!」

 拳銃を机の上に放り出すと、柴田は高瀬の手を払い、ヒリヒリする鼻を押さえた。

「お前が日本の警察の拳銃をバカにするからだろ」

「でも、高瀬さんはコレじゃないじゃないですか」

 柴田は口を尖らせた。

 高瀬の銃はSIG-P226だ。マンガやドラマの刑事が使っているものよりは見劣りするが、自分があてがわれているニューナンブより数段カッコイイ。

「刑事になったら、もっとこうカッチョイイのを持てると思ったのにィ」

「お前が言うようなの持ってたら、リアルに危ない刑事じゃねえかよ。つか、大体携帯許可が滅多に下りねえんだから、カンケーねえだろ」

「そうですけどー」

「だろ?」

 言いながら、高瀬は事務椅子を引き寄せ、柴田の隣に腰を下ろした。

 ネクタイの結び目に指を突っ込んで緩めると、浅く腰掛けた椅子の背に腕を引っ掛けて寄りかかり、長い足を投げ出す。

 ふてぶてしく、非常にだらしのない格好なのに、高瀬にはそれがよく似合う。

「高瀬さんには似合いそうですよねェ」

「何が」

「リアルに危ない刑事が持ちそうな銃」

 大きな銃を構える高瀬。きっとカッコイイに違いない。

 それに、以前一課長に聞いたことがある。高瀬の射撃の腕は確かだと。

 だが、高瀬はふと右掌を見ると、苦い顔をした。

「俺は、キライだ」

 ぼそりと呟くと、広げた掌を握り締め、スラックスのポケットに突っ込む。

「怖ぇんだよなぁ。当てると、マジ死んじまうし」

「そりゃそうでしょ」

 何を当たり前のことを。そういいかけた時、高瀬はちらりと目だけで柴田を見た。

「お前、撃った事あるか?」

「一応、射撃は必須科目ですから」

 警察学校で何度も撃ったし、現在も上から訓練の要請があった時はきちんと受ける。

「そうじゃなくて。人を撃った事あるかって聞いてんだ」

「あああああある訳ないじゃないですか!」

 あまりに衝撃的な質問に、柴田の声は上擦った。

「だろうな」

「当たり前ですッ!」

「でも、人を撃ったら、理屈じゃなく、怖ぇんだってわかる。銃じゃないぜ? 銃を扱える自分がだ」

 それっきり高瀬は黙ってしまった。

 ポケットの中で手を握り締め、ぼんやりと窓の外を眺める高瀬の横顔を黙って見詰めていた柴田は、はっとした。

 高瀬はよく喋る。だが、高瀬は過去を話さない。

 その理由が、保管庫から出される事の無い高瀬の拳銃にあるような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SIG-P226(不動の焔 番外編) 桜坂詠恋 @e_ousaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ