ウメ

碧川亜理沙

ウメ


 試合のホイッスルが、高々と会場に鳴り響いた──。



 * * * * *



「魔法」という非科学的な能力が世界的に当たり前となり始めた2000年中期。

 日本の魔法士の人たちが暮らす魔法都市に唯一の学校、魔法教育機関 東京校高等部では、迫るイベントに向けて、皆が浮き足立っていた。


『──以上を持って、三高親善試合、結団式を終了します』


 講堂に集まっていた生徒が、順に外へと流れ出る。

 選手団の中に混じっていた暁人あきとは、緊張で詰めていた息を吐き出した。

「選手の皆さんもお疲れ様でした。明日は9時にバスが出るので、遅刻しないように気を付けてください」

 生徒会役員の声とともに、この場は解散となった。

 暁人はグラウンドの方へと1人向かう。これから、少しだけ体を動かして帰る予定だった。


篠原しのはらくん」

 名前を呼ばれふり向くと、同じ1年の東雲桐矢しののめきりや藍染翔太郎あいぜんしょうたろうが2人揃っていた。

茂木もぎ先輩が呼んでた。軽くミーティングしたいんだって」

「……分かった」

 そう言えば結団式の後ミーティングをするようなことを、昨日ちらと聞いた覚えがある。

 暁人は2人の後に着いて行った。


「前日にごめんね。手早く済ませるから」

 指定されていたという空き教室に入ると、3年の茂木はすでにいた。

「実はね、試合の組み合わせと日程が決まったらしいんだ。それを知らせたくて」


 2月に行われる親善試合は、主に1、2年生が主役の試合だ。3年生は主に裏方、サポート役として参加している。茂木も、暁人たちが出場するフィールドアタックのサポート役として参加していた。


「今年は運がいいかもね。1試合目と3試合目だよ」

 フィールドアタックについては、1年生チーム、2年生チーム、混合チームと3つに別れており、それぞれが被らないように、試合期間の5日の間で振り分けられる。

 1年生は例年、2~4日目で行われることが多い。

 試合のスケジュールを見せてもらうと、暁人たちは2日目の午前と4日目の午前の試合のようだ。


「間が空くから、ある程度休息は取れそうですね」

「先輩、地形はまだ決まってないっすか?」

 桐矢が問うも、そちらについてはまだだと茂木は言った。

「今年も多分、開始直前にならないと分からないんじゃないかな」


 親善試合は、魔法とともに体を動かす系の競技が多い。その中でもフィールドアタックとパルクールは、専門の人間がおり、舞台となる場の構造を構築するという途方もない仕事がある。

 無から有を生み出すこともできる魔法士だからこそ行える競技とも言える。


 日程の確認後、各々の体調を確認し、明日からの準備もあるだろうということでお開きとなった。

「翔ちゃんと暁人はどうする? 俺、ちょっとだけ走ろうと思うんだけど」

 桐矢が下駄箱で靴を履き替えながら言う。

「あ、僕も少しだけ走ろうかなって思ってた」

「あ、ほんと? 翔ちゃんは?」

「……帰る気だったが、少しだけなら付き合うぞ」


 翔太郎は言葉通り、30分ほど走り込みをして帰って行った。

 暁人はもう少し体を動かそうかと思ったが、通りすがりの先輩たちにそろそろ帰るようにと促され、2人もそのまま家路に着くこととなった。





 緊張して寝れない……なんて自体に陥ることも無く、暁人は翌日、予定通りバスに乗り込んだ。


 そして、約3時間半後──。

 一行は、長野の試合会場へと到着した。

 今日は開会式のみで、明日から5日間に渡り、親善試合が行われる。


 近くのホテルに荷物を置き、昼食を済ませた後は、開会式が行われるメイン会場へ向かう。

 暁人たちは15分前に会場に着いたが、そこには大阪校と仙台校の選手たちがすでに並んでいた。


 競技ごとに列に並び、しばらくすると親善試合の開会式を始めるアナウンスが鳴った。


 ──開会式は30分程度で終わった。

 試合は明日からとなるので、この後は各校、調整時間に充てられる。


 暁人もチームのメンバーと共に、軽い運動と作戦会議に費やした。



 そして、いよいよ幕は開かれる──。


 1日目に観戦した試合内容を、暁人はよく覚えていない。

 観て、応援した。それは覚えているが、どんな選手が出て、どんな技を披露したのか。まるっきり覚えてはいなかった。


 それよりも彼を支配していたのは、緊張と不安。

 暁人はここに来てようやく、その感情を感じ始めた。

 桐矢や翔太郎に何度も声をかけられたことは覚えているが、その時どんな返答をしたのかまでも思い出せなかった。




 そして、そんな暁人の心情とは別に、あっという間に2日目となった。


「森林フィールドか……」

 朝早くに公開されたフィールドをみて、茂木は唸っていた。


 森林フィールドはその名のごとく、木々に覆われた森が舞台となっている。お互いの姿が木々に隠れてよく見えない、また使う魔法によっては向き不向きが大いに反映されるフィールドでもある。

 しかも1試合目は仙台校との対戦。この森林フィールドを最も得意とする学校である。


「まぁ、何はともあれ。みんな、いつも通り、落ち着いて試合に臨もう」

「うす!」

 桐矢の元気な声に、翔太郎も深く頷く。遅れて暁人も返事を返した。


 試合は10時から。

 準備時間になるまで、4人は頭を揃えて作戦会議に費やした。


 1時間前になり、試合会場の各校陣営位置へと移動を始めようかとしたところに来客があった。

「試合前にごめんなさいね。みんな、調子はどうかしら?」

新橋あらばし生徒会長!?」

「あら、元・生徒会長よ。今はただの生徒です」

 新橋はクスクスと笑いながら暁人たちの驚きに返答した。


「何かあった? 新橋が来るなんて」

「特に何も。ただ、生徒会長の代わりに、激励の言葉を言いに来ただけよ」

 どうやら他の競技と時間が微妙に被り、代わりに新橋がやってきたと言うのだった。


「どう? 初めての試合だと思うけど、緊張してる?」

「あ、はい……。そうですね、やはり緊張はしてます」

 3人を代表して翔太郎が答えた。

「それはそうよね。……茂木くん、あなたから見て、彼らはどうかしら?」

「うん、みんなそれぞれ対応能力が高いと思うよ。落ち着いていけば、勝てると思う」

 練習中、今までそのようなことは言われていなかったため、純粋に驚くと同時に、少し嬉しい気持ちも交じる。

「茂木くんがそういうなら、安心ね。なんたって、3年連続フィールドアタック優勝してるんだもの」

 先輩たちの言葉は、試合を前に落ちかけていた気持ちを軽くしてくれた。ただ、暁人は、それでも不安を覚えずにはいられない。


「……そろそろ移動しないといけないわよね。最後に。私が今まで伝えてきた言葉を送るわね」

 そう言って新橋は、自身の制服のエンブレムを優しく包む。


「ここから先は、あなたたちの戦いです。窮地に立つこともあるでしょう。仲間の助けがないこともあるでしょう。

 そんな時だからこそ、私たちは立ち向かうのです。乗り越えていくのです。倒すのは、敵ではありません。己自身です。

 我が校の校章には、『不屈の精神』という意味も込められています。何事にも屈しぬその精神を、この試合で見せてください」


「……っ、ありがとうございます」

 少しの間、その言葉の意を噛み締める時間を要した。桐矢の声にハッと我に返り、暁人もお礼を述べた。

「それじゃ、観客席で観てるわね。頑張って」

 そう言い残し、新橋は去っていった。

「新橋の激励を受けた1年は君たちだけじゃないかな。追い詰められた時、この言葉を思い出すといいよ。

 ……さぁ、そろそろ移動しよう」





 フィールドアタックのルールは、実にシンプルだ。

 各チーム、敵陣エリアにあるフラッグを手にするか、もしくは、1人3回ペイント弾を打つことができ、制限時間1時間内に3人全員に当て全滅させるか、時間内によりペイント弾を当てられていないか。

 他の競技に比べ魔法制限も少なく、直接相手に致命的な魔法を撃たないこと、自分自身に対して魔法をかけないこと。

 実にシンプルとも言える競技だからこそ、各チームの戦略や個々の技術が目立ってくる。


「……やっべ、今さらになって緊張してきた」

 開始10分前。彼らは自陣となる場所で試合開始を待っていた。

「いつも通りやるだけだ。お互い、情報共有だけは欠かさず」

 緊張したとは言いながらも楽しそうな桐矢に、翔太郎は変わらずの態度で返す。

 暁人に関しては、不安や緊張を通り越して、もはや気持ち悪ささえ感じてきた。

「……暁人くん、大丈夫? さっきから静かだけど」

 さすがに変だと思ったのだろう。桐矢が心配そうに顔をのぞきこんできた。

「あ、だ、大丈夫……き、緊張……して……」

「顔が青いぞ。本当に平気か?」

 翔太郎までもが心配するほど、よほど酷い顔をしていたのだろう。大丈夫、とは口で言うものの、内心、全然大丈夫ではなかった。


「暁人くん、はい、息吸って! ……はい、吐いて!」

 唐突に桐矢がそういうもので、暁人は無意識に桐矢の掛け声とともに呼吸をする。

 何度かそれを繰り返したことで、先程よりは少し気持ちが落ち着いていた。

「……ど? 少しはマシになった?」

「……うん。さっきよりは、だいぶ」

「顔色と少しは良くなってきたな」

「ありがとう、東雲くん」

「緊張した時は、とりあえず深呼吸すれば落ち着くとこはできるからさ。効いたようでなにより」

 ニカッと笑う桐矢につられ、笑みをこぼすことができるくらいには回復したようだ。


『間もなく、フィールドアタック1試合目、東京校対仙台校の試合を始めます』


 どこかに設置されているスピーカーから、試合を始めるアナウンスが聞こえてきた。

「もうすぐだな!」

「そうだな。……いつも通りやろう」

「う、うん。特別なことは、何もないもんね」

「そうそう。それに、来年もまた出れる保証なんてないんだからさ。楽しもーぜ」

 誰からともなく、お互いの拳を突き出す。

 ぶつかりあった拳に、それぞれの決意が込められているようだった。


「それじゃ、思いっきり楽しもうぜ!」

「「おうっ!」」


 その言葉を合図とするように、試合開始のホイッスルが高々と鳴り響いた──。



 -完-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウメ 碧川亜理沙 @blackboy2607

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ