第40話  海・山・森

 入道雲がこれでもかと存在感をアピールする青空を仰ぎ、ジェノは黒々とした目を眩しげに細めた。


 「あっつー」

 四月に入ったばかりなのに、まるで夏みたい。

 滴り落ちる汗を拭いたいが、両手いっぱいに持った果物が邪魔をしてかなわない。


 「大丈夫ですかジェノ様?もう大分見えてきましたよ、あと少しの辛抱です」


 「平気ぃー、めっちゃとれたね!」


 生い茂る草をかき分け数歩先を歩くファストが、「そうですね」と優しく微笑む。二人きりだとよく笑ってくれるファストに、ジェノは少しどきどきしてしまった。

 歳はメロスと同じだと言っていたが、もっと若くみえる。 

 七三に分けている髪を崩せば18歳ぐらいで通るだろう。

 

 綺麗な顔してるよなぁ、まるで彫刻みたいだ。 

 太陽に反射し煌めく銀髪や、フレームの無い眼鏡越しにみえる濁りのない金色の瞳は、世の女性陣の心を鷲掴みにして放さない。

 まだ子供らしく天使の様に可愛いカルシェンツとは違い、大人の色気を湛えた『魅惑の美青年』といった感じのファストは、街で女性たちを虜にし破格の安値で買い物をしてくるらしい。 

 

 「あいつは血も涙もない男だ! 男は顔で選んじゃいけないぞー」

 と大げさにメロスが騒いで蹴られていたのを思い出す。


 そうこう考えているうちに別荘に到着する。 

 痛いほどの日差しから逃れる様に急いで別荘に駆け込むと、抱えていた水々しい果物をテーブルに無造作に置き、冷たいジュースを一気に飲みほした。一息ついて早速遊びに行こうとドアに向かうと、「お待ちを」と心地良い美声に呼び止められる。


 「日差しが強いので、ちゃんとコレ被ってくださいね。あと日焼け止めと、水分もコマメにとるように」

 世話を焼くファストに擽ったそうに返事をかえし、ジェノは窓の外に広がる海を眺める。



 白い砂浜   青い海   緑のジャングル   黒く深い谷底



 僕は今本当に・・・  無人島にいるんだ!


 ファストの持ち物である別荘がある時点で『無人島』ではないのかもしれないが、ジェノ達が来るまで人間が誰一人存在しない島だったのだから無人島でいいだろう。



 波打ち際に迷いなく突っ込み飛沫をあげてみると、砂浜で火照った足が瞬時に冷やされる。

 つめたー!水着でくればよかったかなぁ、泳いだら気持ち良さそう。

 振り返り全体が真っ白で塗られた建物を見て、更にその奥のジャングルに目を留めた。

 

 一人じゃ絶対帰って来れなかったぞアレ。

 無理やり食料探しに同行したものの、有能な執事の足を引っ張っただけの気がして、落ち込みながら少女は押し寄せる波を蹴り返す。

 

 密集したジャングルは昼でも薄暗く感じ、けたたましい鳥の鳴き声は平常心を奪っていく。

 迷いなくズンズン進んでいくファストは頼もしく、一切不安を覚えなかったジェノは改めて有能な執事に感謝した。

 


 

 この島にきて早一か月半。

 大自然のあまりの雄大差に、ジェノはただただ圧倒される毎日である。

 『約束したろ? 旅行に連れてくって』

 レミアーヌ嬢とのお見合いの際に要求した願い。


 すっかり忘れてたな、そういえば言った気がする。こんな綺麗な島でのびのび過ごせるなんて思わなかった。メロスも結構やるじゃん、見直したよ!

 まあ、この島の持ち主はファストらしいけどね。  

 ただの執事のはずだが、何故こんな島を所有しているのか?とても不思議だが詮索はしない。


 うちの使用人は変わっているからな、まぁいいや。 

 せっかくの海・山・森、全力で楽しもーっと!


 うきうきと波打ち際を裸足で駆け回り、島生活を満喫し楽しむ。

 ただひとつ、この島に来てから『一度もカルシェンツと会っていない』という事だけが、心に引っ掛かっていた――

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親友の距離感って僕には面倒臭い。 殿と殿 @tonototono

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